第17話 月の巫女からの試練
「それで…この街から出る方法なんだけどぉ…。旅の人ならともかく、わたしに関してはちょーっとめんどくさいのよね」
ハティは鼻の横を指先で掻きながら視線を泳がせた。
「…この街に入るときに記帳したでしょ?この街はそうやって壁の内側にいるニンゲンを把握して管理してるんだけど…そのぉ…わたしは長生きしてる分適当な身寄りのないニンゲンに成り代わってるので…」
言いにくいことなのか、ハティは目の前にいる
「ここに住みたい旅人の女の人と入れ替われたらいいんだけどね?いないなら…サクッとそこら辺にいるのをこう…殺すとかもあるんだけどぉ…ダメよね?」
「サクッと…」
「ダメに決まってるだろ…。一応オイラたちはニンゲンを守る神の使者だぞ?」
真剣な顔で口元に手を当てて考え始めた信の袖を引っ張ってそういうナビネは、ハティとスコルを見て腕組みをして胸を張ってみせた。
「…わかってるってば。はぁ、めんどくさいもんだな正義の味方ってやつは」
スコルが頭をガシガシと掻きながら乱暴に椅子に腰を下ろすと、ヒヤッとした冷たい四人の間を通りぬけた。
何事かと四人は部屋の中をキョロキョロと見回した後、顔を見合わせて首をかしげる。
「月喰らいと見事出会えたのですね」
「見事な手腕というしかありません」
鈴が転がるような可憐な声がした方を四人が慌てて見ると、先程まではいなかったはずなのに、どこからともなく現れた二人の少女―フギンとムニンが信の後ろで微笑みを浮かべて立っていた。
「その者が外へ出る手筈は」
「月の巫女である我々が整えましょう」
「本当か?」
先程まで難しい顔をしていたスコルがパァっと顔を輝かせると、フギンとムニンはコクリと頷いて綺麗に切りそろえられた髪の毛を揺らす。
「しかし」
「ただというわけにはいきません」
二人の言葉に、スコルは眉間に皺を寄せ、ハティは小さな溜め息をついた。
ナビネと信は、緊張した面持ちでフギンとムニンを見つめている。
「ヴァプトンの領主に話を通すのです」
「ただでとはあちらも言わないでしょう」
「そこでわたしたちから勇者への試練を与えます」
「試練を乗り越えヴァプトンへの幸をもたらせば」
「単純で臆病な領主殿は勇者一味を」
「贅を尽くして見送るでしょう」
「はぁ。相変わらず大層な言い方しやがって…。要するに口利きしてやるから用事を頼まれろってことだろ?」
「わたしはニンゲンを殺してもいいんだけど…
椅子に座ってのけぞったり、頬杖を付きながら毛先をイジって文句を言っている明らかにやる気のない様子の二人を見てフギンとムニンは顔をしかめたが、すぐにいつも通りの静かな微笑みを讃えた顔に戻ると信とナビネの方へ歩み寄った。
「勇者よわたしたちからの試練を受けますか?」
「そうだな。それしか道はないみたいだし…試練を受けよう」
「それでは早速お願いします。とても簡単なお使いです」
「蜘蛛の巣からいくらかの蜘蛛の糸を回収してきてほしいのです」
「蜘蛛って?」
「この先の針葉樹の森に住む
「蜘蛛たちを殺す必要はありません。糸を持ち帰ってくれるだけで良いのです」
「思ったより簡単そうで安心したぜ」
ナビネはドラゴンの姿に戻りながら飛び回ると、空中で一回転をして信の肩に飛び乗った。
信が頷いたのを見てフギンとムニンは顔を見合わせて笑う。
「そうと決まれば話は早い」
「みなさんのご武運を赤い月に祈りましょう」
二人がそう言ってお互いの右手を触れ合わせると、一瞬で部屋に赤い光が満ちた。
あまりの眩しさに目を閉じた信たちが目を開くと、辺り一面には針葉樹が所狭しと生えている森が広がっていた。
雪混じりの赤茶けた土が、その森の真っ暗に口を開いている入り口らしき場所へと続いている。
「あれ?これって、もしかしてぇ…」
信とナビネはいつのまにか手にしていた金色の袋を開いたり閉じたり中を覗き込んだりしている。
そんな二人を余所に、ここがヴァプトンの外であることにいち早く気が付いたハティが嬉しそうな顔をした途端、急に真っ黒になった空から光が一直線に彼女の足元に降り注ぐ。
バチンッと音を立てて地面を焦がしたそれは、まごうことなき雷だった。
ハティは、落ちて足元を焦がした雷に驚いて片足を持ち上げたまま固まっている。
「その金色の羊の毛で編まれた袋にいっぱいの糸を集めるとガーディナに戻れるようになっています」
「くれぐれもこのまま逃げ出そうとは思わぬように…。我らが真の主より承りし雷が約束を違えたものの心臓を撃ち抜きます」
フギンとムニンはそれだけいうと、四人を針葉樹の森の前に残したまま煙が散っていくように姿を消してしまった。
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