第10話 花を喰らうもの

「見た目だけはご立派なお花の女王様!

 探しものはこっちだよ」


 蜂を放って油断したのか、そろそろと蔦を引きずりながら神殿の奥へと戻ろうとしたマグノリアの頭上から唐突に降りてきたスコルが大きく口を開けた。

 そのままスコルによって頭を噛みちぎられたマグノリアだったが、噛みちぎられた箇所からは細い蔦が伸びてきてあっという間に無くなったはずの頭が元通りになる。

 しかし、彼女を怒らせるには充分だったのか、蜂を呼び戻したマグノリアは瞳孔を見開いた目でスコルを睨みつけると最初とは比べ物にならない速さで太い木の幹のような蔦を彼女に向かって伸ばした…が、スコルはひらり、ひらりとその巨大な体躯に見合わない素早い動きで自分を目指して真っ直ぐに向かってくる蔦を躱していく。


「たかが獣風情が調子に乗っちゃって!」


 蔦での攻撃をやめて頬を膨らませて唇を前に突き出したような顔をしてみせるマグノリアは、自分の方へ歩いて向かってくる人影を見つめてニヤリと真っ赤な薄い唇を歪めて笑うと、その人影を指しながら欠伸をしているスコルを挑発的な目で見下ろす。


「あら?貴女が逃がそうとしていた人間がのこのこ殺されに来たみたいよ?

 でも…貴女きっとこの男が好きなのよね。どうしようかしら…魅惑チャームの魔法でもかけてやった方が貴女は悔しがるのかしら」


「や…やめろ。

 あたしのことはいいからさっさと逃げろシノブ」


 マグノリアに背中を向け、自分の方へ湾曲した片刃の大剣を携えながら歩いてきたしのぶへスコルは駆け寄ろうとするも、信はマグノリアが放った柔らかい蔦に絡み取られ、スコルの目の前に持っていた大剣を落とし、マグノリアの目の前に逆さ向きに吊るされるように連れてこられた。


「わたしの言うことを聞いたらぁ…この身体を好きにしていいのよ?」


 マグノリアが両手を広げて信の瞳を見つめる。

 魅了の魔法は少しでも相手が自分の言葉に動揺すれば相手を隷属させることが出来る恐ろしい魔法だ。

 彼女は一糸纏わぬ上半身を晒すと、緑がかった林檎の表面のような美しく滑らかな肌が大きく隆起している2つの山の間に逆さ吊りにした信の顔を埋めるように蔦を操った。

 自分を見て唸り声を上げるスコルを満足そうな…勝ち誇ったような目で見たマグノリアは、谷間に押し付けていた信を引き剥がし、魅惑チャームの魔法の餌食になったであろう哀れな人間の男の瞳を見つめてを見て、スコルを倒せとでも命令をしようとしてこう言った。


「ねぇ…あの汚い犬を処分してくれないかしら?」


 コクリと頷いた信を、マグノリアは満足そうな顔をすると、彼を自分の足元へと下ろし、スコルが自分に向かって駆け出してくる信に対して後退りするのを口元を邪悪に歪めて勝ち誇ったような表情を浮かべる。

 

「ねぇ!好きな人に殺されそうになるのはどんな気分?」


「そうだな…最高さ」


 予想外の答えに目を丸くしたマグノリアに対してピースをして見せる信の襟首を、スコルは噛んで背中へ乗せるとサッと後ろへ下がった。

 

「他人を騙したつもりになってるやつが驚く顔を見るのはなぁ!っははー」

「ソフィー!ナビネ!頼む」


 魅惑チャームの魔法に失敗したことを理解したマグノリアは、下唇を噛みながら悔しそうな表情を浮かべ、急いで蔦を伸ばしスコルと信を捕らえようと、蔦を伸ばすために腕を前に掲げた。

 しかし、それとほぼ同時に自分の頭上に橙色に光る魔法陣が浮かびあがったことに気付き、視線を魔法陣の方へと向ける。


「きゃああ!なにこれ」


 悲鳴を上げながら髪の毛の上に落ちてきた手のひら大の鮮やかな橙色の芋虫を振り落とそうと手や頭をめちゃくちゃに動かしている間に、更に一つ、もう一つと奥に聳え立つ巨大な樹の上方に橙色の魔法陣が浮かび上がり、そこからは同じように鮮やかな色をした大小の芋虫が落ちて行くのが見えた。

 腰元に咲いた花の中に戻り、蕾となったマグノリアが女神降臨の間の奥へと蔦を縮ませて去っていくのを見て、スコルの鼻先を信は軽く撫で、そのままマグノリアの後を追った。

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