第37話 死のカーテンと光の繭

「さて、綺麗なカーテンを下ろしておくれ。頼むよ光の妖精たち」


 光の球は、しのぶの声に反応してチラチラと明滅を繰り返すと、上方に集まり光の雲のようになった球から雫のようなきらめきがゆっくりと当たり一面におりてきた。

 一面が光の雫で満ちている中、一直線に突進してきた吼える獣ブルレーンたちは、当たり一面を覆い始めたキラキラとした雫のようなものに触れると急に前に進むのをやめ、身体にまとわりついた何かを避けたいかのように身体をくねらせてもがき始める。


「動きを鈍くする仕掛けかい?助かるよ」


 藻掻いているブルレーンの身体を一刀両断したルリジオは、自分の後方にいる信を振り向いて大きく手を振ってみせた。


「なるほど…これは糸か」


 一刀両断にされたブルレーンから吹き出した血の雫が薄っすらと細い糸を浮き上がらせていた。

 オノールも驚きの声を上げて、糸に絡み取られて動けなくなっているブルレーンを槍で突き刺した。


「さすがに動けないとはいえあのブルレーンを、俺様の槍が一撃で貫く…だと?」


「鎧の女、俺は身体を動かすのは嫌いなんだ。強化してやるから思いっきり暴れろ」


「さっきから鎧の女鎧の女と不敬だぞ。…だが許す!俺様は己の役割をまっとうするだけだ」


 オノールは、自分の後方で腕組みをしているアビスモを一瞬振り返ってそういうと、すぐに前を見据え鉄の馬と共にルリジオと共に巨大な魔物たちに向かって駆けていく。

 先程まで怯えて立ちすくんでいたとは思えないその快進撃にアビスモは目を丸くした後、満足そうに笑うと、ゆっくりと彼らの後を追うように歩いていった。


「シノブ、すごいな」


「君に褒めてもらえるのが一番うれしいよ、スコル」


 見上げた信に頭を撫でられた黒い狼の姿のスコルは、心地よさそうに目を閉じて鼻を鳴らす。

 クゥンという甘えた声を聞いてニコニコと顔をほころばせながら、信は「もう一仕事」と言いながら手を再び大きく振り上げた。

 光の球が集まって出来た雲はゆっくりと位置を後退させると、光り輝きながら意識を集中するために目を閉じてナビネを胸に抱いている龍族の母の周囲にうずまき始める。


「繭…」


 スコルが言ったとおり、龍族の母の周りには繭のような少しふわふわとした糸の壁があっというまにできあがりつつあった。

 龍族の母の巨大な体の半分を覆うだけの高さがあるそれは、万が一ルリジオやオノールたちの間を敵がかいくぐってきても簡単には壊されそうもない。


「さて、アラクネたちから貰った糸もさすがに無くなったし後は頼むよスコル」


「ああ。任せてくれ」


 大きく伸びをした後、自分の頭を再び優しく撫でた信を見て、スコルはフサフサとした尾をブンブンと振り回した。

 首元にしっかりと腕を回してしがみついた信を確認したスコルが前足を伸ばし状態を反らせながら上を向く。

 オォォーンと勇ましい遠吠えをあげたかと思うと、体勢を低くしながら走りだしたスコルは、まるで黒い疾風のようだった。

 信の作り出した魔法の糸のカーテンで動きの鈍くなっている魔物たちを次々と一撃で屠っているルリジオとオノールの元へすぐに辿り着いたスコルは、たった今糸に触れてもがき出した魔物の首を軽々と噛みちぎる。


「やっとあたしもいいところが見せられる」


 スコルは噛みちぎった魔物の頭を無造作に放って次の獲物を探すために辺りを見渡すと、門から出てくる魔物たちの後ろに、巨人より頭一つ分大きい何かがいるのがめについた。


「なんだ…アレ…」


 先程まで楽しそうだったスコルの声に含まれた不穏な気配に、魔物を倒しながらルリジオたちも門の方へと目を向ける。

 彼らの視線の先には他の魔物たちをなぎ倒しながらこちらへ向かってくる大きな異形の魔物の姿が目に写った。

 誰よりも早く、信が作った糸のカーテンから抜け出し異形の魔物へと走りだしたのはルリジオだった。

 ルリジオの姿が魔物の群れの中へと消えたが、まだ全貌が見えないほど遠くにいる異形の魔物が手を横に凪いだのと同時に彼は信たちがいるすぐ横の岩に叩きつけられるのが見えた。

 異形の魔物がルリジオの動きに反応し、彼を手で振り払ったのだろう。


「は…」


 ぶつかった衝撃で粉々に砕け散った岩だったものの上に横たわっているルリジオを見て、一同は顔を真っ青にした。

 そして、徐々に近づいてくる異形の魔物の方へ再び目を向ける。


 それは、顔らしきものの周りをおびただしい量の触手で覆われたヘドロ色の巨人だった。

 地面を引きずるほど長い両手の爪は捻じくれた爪が伸びており、その先には無造作に絶命した魔物が突き刺さったまま引きずられている。

 そして、ズルズルと粘着質な音を立てているのは特徴的な足から出ているようだった。タコのように八股にわかれている下肢から生えた触手の根本からはどす黒い粘液が滴っている。


 異形の魔物は、目の前に広がっているキラキラとした糸を見て立ち止まると、触手に覆われている顔から割かれた肉の間に縦に嵌め込まれた球のような目をギョロギョロと動かすと、顔の端から端まである大きな口を開けた。

 大きな口には人間のような歯が並んでいる。そこから南国の鳥たちがけたたましく鳴いているような奇っ怪な音を立てたかと思うと、引きずっている腕の片方をゆっくりを動かし始める。


「いたたた…。これは君たちが触れたら危ないかも知れないね」


 信達は、異形の魔物のおぞましさに立ち竦んでいたが、いつのまにか起き上がっていたルリジオの声ではっと我に返る。

 ハティとスコルは地面を蹴って空高く跳び上がった。

 次の瞬間、先程までゆっくり動いていたはずの異形の魔物の長い長い腕が自分のすぐ下をものすごい速さで凪いでいくのを見て二人はゾッとせずにはいられないようだ。


「危なかった…」


「マーナガルムの趣味って感じの魔物ねぇ」


 高台に陣取った二人が顔を見合わせていると、左右をキョロキョロしていた信の顔がどんどん青ざめていく。


「アビスモさんとオノール殿がいない…」


「まさか…あのキモチワルいやつの攻撃に巻き込まれた?」


 スコルとハティと信は、高台の下を覗き込みながら絶望に満ちた声を上げた。

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