第二十投 あーちゃんとトリスタン

今回はあーちゃん視点でお送りします。

それでは異世界サイコロ旅行第二十投、お楽しみください。



 ぽかぽかと暖かい陽の光が、薄いカーテンをすり抜けベッドに差し込む。おねえちゃんの呼吸はまだ荒いままだ。


「よく眠ってる。命に別状はなさそうだし、また後で様子を見に来るわね。最近魔物の被害が多くって患者さんがひっきりなしなの」


 彼女はフローラ。ここ、ヴァレリア教会付属診療所で働いているスヴェンの義妹さんだ。小さい頃、「お義兄にいちゃんが喧嘩した相手を手当てしなきゃ」と看護士になったしっかり者。もうお義兄にいちゃんは喧嘩けんかはしないよ、いたずらが過ぎるけど。


 おねえちゃんがパパ・エクセリアで倒れたと、伝令から聞いた時にはかなり動揺した。まだ具合悪そうだけど、この寝顔を見ていると確かに大丈夫な気がする。顔や首に少し発疹ができちゃったね。慣れない環境で頑張ってるストレスかな。


「私も戻らないと。えくたんをよろしくお願いします」


「うん、任せて」


 付き添いで来たパパ・エクセリアのシエラも名残惜しげに病室を出て行った。おねえちゃんを「えくたん」と親しげに呼んで、髪にお揃いのリボンを付けている。

 ……奴隷ともすぐ仲良くなっちゃうんだね。

 おねえちゃんには身分の差なんて関係ないらしい。あの頃、僕もそうだった。トリスタン、出会った時は君も隷属れいぞくの首輪をしていたね……。

 

 

 

§




 うぅ、ここどこ?


 もうすぐ完成するボクのお城を見に来たらお母様とはぐれちゃった。だって知らないネコちゃんがおいでおいでって。

 えっと、迷子になったら動かないこと。お母様とのお約束。ぐすんぐすん。さむいよぅ。あそこの小屋まで十歩くらいだし、そのぐらいなら動いていい?


「あんた誰?」


「わっ! こ、こんにちは、はじめまして。ボクはア、……アリシア」


「ふ~ん。お嬢様がこんなところで何してるの?」

 

「……まいご」


「じゃあ、一緒に探してあげる。おいで、えーっと。あーちゃん!」


 ボクと同じ髪の色したおねえちゃんはトリスって名前だって。あちこちお洋服が破けてるけど、さむくないのかな。首に付けてるベルトも冷たそうだよ。


 トリスとあちこち歩きまわる。なんだか君、鳥みたいだね。どうしてこんなに広いお城のお庭をぜんぶ知ってるの? お空から見たことあるの?

 あ! いたよトリス! あれが僕のお母様。アリシアーって呼ぶ声が聞こえるでしょ? お母様―、ここだよー。


「アリシア! 心配し……何てこと、奴隷の子と遊んではいけません!」


 お母様はトリスを見ると叫ぶように言った。

 ひくっ! ご、ごめんなさい……。でも親切にしてもらったら、ありがとうって言うんじゃないの? お母様はトリスに背を向け、ボクを抱っこして早足で帰った。




 ふふふ、うまくいった。

 お城ができ上がるまでボクたちは刻の宿に住んでるの。お父様のお知り合いのサトシなんとかさんが言うには、ここがエクセリアで二番目に安全なんだって。

 お昼寝の時間だったけど、布団の中に枕を入れて、窓からこっそり抜け出してきた。だって遊びたいんだもん、トリスと。またあの小屋に行くんだ。


 トリスはお昼の鐘の頃、必ず小屋にいる。

 トリスって物知りなんだよ。猫のじゃらし方、湖で泳ぎ方も教えてくれた。お庭にあるガラクタでお城を作っちゃうし、弓矢を作って工事の人のお尻に矢を当てた。もちろんオモチャだからケガしたりはしないよ? あー楽しい♪ 夕方になると明日は何をしようかって決めてバイバイした。




 はあ。いつからだろう。小屋に行ってもトリスがいない。工事の人も見かけないって。どうしたんだろう。トリスもお母さんに怒られちゃったのかな。ボクも毎日怒られるけど頑張って抜け出して来てるのに……。


 今日も来なかったらどうしよう。もう遊びに来るのやめようかな。もうすぐ夕方の鐘が鳴っちゃうよ……。ん? この足音は……。


「いたいた。久しぶりだね」


「トリス!」


 何してたの!? 毎日待ってたんだよぉ……、わぁ、どうしたの? 凄くカッコいい服だね。おてんばなトリスにはズボンがぴったりだし。あはは、なんだかボクにそっくり。似てない? 鏡見てるみたいだよ。

 

「あの冷たそうな首輪、もうしなくていいの? ない方がいいね」


「そ。もう奴隷じゃないから首輪しないの。これで一緒に遊んでも怒られないのかな?……けどやる事が一杯できて遊ぶ時間がないの。だから……、もう一緒には遊べない。ごめん、あーちゃん。もう、ここには来ないで」


 突然のお別れだった。

 うそでしょ!? せっかくお友達になれたのに。


「トリス! 待ってよ! トリスーー!」


 その日は泣きながら帰った。あんまり泣くからお母様も怒るの忘れちゃったみたい。ボクの初めての友達、トリス。さよならなんて嫌だよ。

 

 

 

§




 あれから一年くらい経って、まだ工事はおわってないけどお城に引っ越すことになった。記念式典に出席するためひかえ室で待たされていると、お姉様とお兄様が入ってきた。


 ボクはお兄様がよく分からない。だってコロコロ変わるんだもん。みんなよく似てるんだけどちょっと違う。ボクにはわかる。新しいお兄様が来るたびお母様が言うには、遠くに旅に出たとか、親せきの家で暮らすことになったとか。ほとんど話したことないから、ふぅんって感じ。お姉様は生まれた時からずっとボクを着せ替え人形にして遊んでるけどね。


 パーティ直前になって入ってきたお兄様は……、あれ? どこかで……、トリス! トリスじゃないか! ボクは走って行ってギューッと抱きついた。会いたかった、会いたかったんだよ、トリス!


「ははは、でっかくなったな。今日から私がお兄様だ。名前もトリスじゃなくて、トリスタン。でも間違っても人前でその名を呼ぶなよ?」


「トリス……タン!」


 喋り方も名前もすっかり男の子だね。でもボクだってスカート履いてるからおあいこだ。


「こら、トリスタンじゃなくてお兄様」


 コツンと軽くげんこつされた。はぁい、気を付けるよ、お兄様。





 一年間、さみしいのを我慢したご褒美かな。トリスタンがボクのお兄様になった。うれしくて仕方ない。お勉強やおけいこを一緒にすることも多くなって、離れてた時間を取り戻すほどにおしゃべりした。

 トリスタンは相変わらず物知りで、丘に登ればあっちにはイスハン帝国、こっちには世界樹イグドラシルがあるなんて世界を教えてくれるようになった。いない間、本当は鳥になって世界を見下ろしてたんじゃない?

 

 でも楽しそうなボクとは反対に、お母様は沈んだ声で言う。


「あまり仲良くしてはいけませんよ」


 奴隷じゃなくなったのに、いつまで言ってるんだろう。ボクは知ってるんだよ、お母様がトリスタンにお裁縫を教えてあげてること。自分より器用だって楽しそうにお父様に話してたじゃないか。お母様だって仲良しでしょう? だってほら、今日ボクが付けているリボンはトリスタンが作ったものだよ。


 そうそう、ボクの秘密の楽しみ教えてあげる。それはベッドタイムにこっそりトリスタンの部屋へ行くこと。

 トリスタンはボクをベッドに入れてくれて、いろんなお話を聞かせてくれる。理想の国って何だろうとか、幸せってなんだろうとか。

 人はジンケンというのを持ってて、それはすごくソンチョーされなくちゃいけない。それがうまくいけば、奴隷も幸せに暮らせるようになるかもしれないって。

 難しいなぁ。ボクはすぐ眠くなっちゃうけど、トリスタンは真剣な表情でずっと話すんだ。ボクはこの子守歌が聞きたくてこの部屋に来ているのかもしれないな。ふわぁぁぁ。





 待ちに待った建国祭が来た。

 ボクはトリスタンと建国祭を回れることを心待ちにしていた。護衛付きだけどね。最近新しく付いたブルーノって人が厳しいんだよな。護衛をまく、なんてことはできなくなった。

 ピザ大食い大会は例年になく盛り上がり、えくすこぴょんは今年も無事に来てくれた。あぁ、ボクはこの国が好きだ。まだまだ若い国だけど、こんな美しい国どこにもない。


 建国祭が終わるとなんとなくみんな気が緩んでる気がする。国を挙げた一大イベントだからね。特にお父様お母様は各国のヨージンとのお付き合いの疲れで、少し顔色がすぐれない日が続いたから。


 そんなある日、ボクの大好きなトマトスープが夕食に出された。ベーコンの味が出てとっても美味しいんだよ。

 一番はじめに口に運ぼうとスプーンですくったら、隣の席にいたトリスタンがボクのドレスにトマトスープを弾き飛ばした。ちょうど白いドレスを着ていたので、ボクは「ああっ」って大げさに声を出してしまったの。だってシミを作ると、ボクのドレスをデザインしてるお姉様がすっごく怖く怒るんだもん。


 みんながボクとトリスタンに目を向けた。


 トリスタンは力なくスプーンを落とし、座った姿勢のまま床に倒れ込んだ。


「お兄様……? お兄様!!」


 ボクが近づこうとするとトリスタンは来るなと言わんばかりに力の抜けた手でボクを押し返そうとする。

 

 ゴフッ。

 

 床に広がる真っ赤な血。

 トリスタンの手が力なく血の海に沈んでいく。

 

「お兄様!!!」

 

 ゆっくりと黒い煙みたいなのがトリスタンからわき出てきて形になった。大きな鎌を持って黒いボロ布をかぶってた。

 みんながボクをトリスタンから引き離そうとする! やめろ、離せ! トリスタンが死んじゃう、トリスタン!!


 煙はだんだん薄くなってもう消えそう。ふわっと護衛の手が離れた。ブルーノ? 行っていいの? ボクはトリスタンに駆け寄った。


 トリスタンが最後の力を振り絞って口を動かした言葉は声にはならなかったけど、ボクにはこう聴こえたんだ。


 『みんな、しあわせ、にして』




 それがトリスタンの最期の言葉になった。

 今なら分かるよ。なぜ突然、隷属の首輪が取れたのか。なぜお母様が仲良くするなと僕に言ったのか。

 君は今、どこにいるんだろう。首輪も外れて鳥になって、世界中を飛び回ってるのかな。自由に生きていると思いたい。

 僕は今でもずっと探してるよ。君が生きた意味を……。

 

 

 

§

 

 

 

 あーちゃん。

 

 あ~~~ちゃん。

 

 僕を呼ぶ声がする。

 

 いつの間にか暖かな陽気にあてられて、ベットに突っ伏して寝てしまってた。

 目を開けると……、っ!!!

 上気したおねえちゃんの顔があった。

 もともと大胆なパパ・エクセリアの制服が大分乱れて大変な事になってるよ! おねえちゃん!!

 

「なんだか体が火照って熱いの、あーちゃん、助けて……」


 ■〇☆×△?!

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