第十九投 昼時のピザ屋は死ぬほど忙しい
フ・フ~ン♪
寮の廊下を軽やかにスキップ移動。聞いて~、朝からいいことあったんだ~。自分のカード型
『74,580
ってイメージが流れて来たの! 一晩でむっちゃ
お金の余裕は心の余裕。これで新しいスケッチブック買うぞ~。ったく、アイツが変な文字書いたりするから……、勿体ない。
「ん、入る」
あ、衣裳部屋ここ? ツンのシエラちゃんは本当に省エネだな。朝ごはん食べないからだぞ?
実はシエラちゃんも
衣裳部屋にはメイド服が季節別・年齢別・サイズ別、一目で分かるようタグ分けされ、寸分のズレもなく綺麗にビシッと並んでいた。この狂気的収納法に頬が引きつり、同時にパパのにんまりした顔が脳裏に浮かんだ。
私の着るのは確実にこれだ。黒を基調としたミニスカートのワンピース。ファスナーなんて物は無いから背中は紐なのね。エプロンドレスを頭から被って、これも後ろでリボン結びっと。
手首にはカフス。動きやすさ重視のシンプルな黒パンプス。靴下は太ももでリボンを結ぶタイプの白ニーハイソックス。最後にはヘッドドレスを髪に止めてっと。うんうん、秋葉メイドっぽい。全体的に、生地に伸縮性が欠けるのはご愛敬。十分可愛いね。えへへ。
ニーハイソックスのリボンを結んでいる時、リボンにクリーム色で刺繍が施されているのに気が付いた。これ、文字? 目を凝らさないと読めないし、遠くからだとおしゃれな模様に見えそうだ。
「R&R?」
「そ。全部リッキーレイチェルブランド。普通に買うとこの人達の服めっちゃ高い」
この人達? へぇ、売れっ子デザイナーグループなんだ? 私はメイドカフェで見たことあるからいいけど、ここの人達には驚愕のデザインだったろうね。ワンピースの袖のところにもさりげなく紺色でR&Rって刺繍されてる。
リッキーとレイチェル……、リッキー……、どこかで、うーんうーん。
はっ。
私のお父さんの名前、リチャード・スコールズ。お母さんはリッキーって呼んでた。
まさかね。仕事の準備しよっと。
パイセン、パイセン。自分、こんなの持ってるんスよ。取り出しましたのは、フィガロ市場にて無料でゲットした綺麗な柄の薄手の布だよん。
仕事中はチャームポイントのあの帽子外さなきゃでしょ? みんなと同じヘッドドレスだけじゃ個性が無いから、ハサミでちょきちょきーの……。
「じゃじゃーん♪ どう? リボンで~す、似合うかな」
両サイドの髪留めにリボンを付けたよ。シエラちゃんが目をキラキラさせてガン見してる。お耳が高速パタパタしてるぞ。
「べ、別に超かわいいとか思ってないし」
「お揃いで付ける?」
「はぁ!? 私はそんなかわいいの恥ずかしい……」
「だって、可愛くしたらお客さんからたくさんオヤツもらえるかもよ?」
シエラちゃんは光の速さで両サイドにリボンを結んだ。
「ぜぇ、ぜぇ、働いたら負けだ……」
「エクシアさん何か言いましたか?」
「い、いえ何も!」
「女性は笑顔が一番素敵です。慣れるまでは大変ですが頑張ってくださいね。リボンもよくお似合いですよ」
釣られてにんまり。よりによってパパに励まされてしまった。そんなに酷い顔してたかな。
労働というものがこれほどに大変な事だったとは、トホホ。掃除から始まる開店準備をこなしただけで、疲労困憊。制服の可愛さにつられた罰なんだろうか。
「開店します!」
ベテランのレベッカさんが声を上げると従業員達が緊張感で引き締まる。程なく店の玄関扉が開けられた。
「「「「いらっしゃいませ! ようこそ、パパ・エクセリアへ!」」」」
従業員斉唱。毎日一番のお客様には、パパ自らが対応するのが流儀だそうで。
「本日はご来店ありがとうございます。メニューをどうぞ。お決まりになりましたらお声かけください。それではどうぞ良いひと時を」
うわー、最高に胡散臭いー。これぞ完璧な張り付いた笑顔! 一切の感情を読み取ることを許さないっ! それでも、お客様は超ハイテンション。
シエラちゃんとのガールズトークで聞いたところによると、建国王のサトシ・ナカモトの仲間だったパパは今でも独身らしく、女性の憧れの的となっているらしい。現代で言うところのイケメン・イタリアンシェフか。そりゃモテるわ。
おっと、私も働かなきゃ。どしどしと洪水のように来店するお客様の対応が私の使命なのだから。
「いらっしゃいませ! メニューをどうぞ! お決まりになりましたらお呼びくださいね!」
「おっ、見ない顔だね。新人さん?」
「はい! エクシアと申します。皆からは『えくすこ』って呼ばれています。よろしくお願いしますね!」
「魔術通貨の
おい、一言余計だぞ。可愛い顔までで止めておけよ。
§
「エクシアさん、今日はお疲れ様でした」
夕方の酒場モードにシフトチェンジしてから数時間。気力だけで動いていた私にパパが声をかけてくる。パパだって今日だけで何百枚ピザを焼いたんだろう。
「今日はお客様も少ないですから、もう上がっても良いですよ」
「いいんですか?」
「ええ、初めてでお疲れでしょう。今日はゆっくり休んで、明日に備えてください」
「あ、ありがとうございます!」
相変わらず張り付いた笑顔だけど、今だけは優しく見えるよ! お会計用のカード型魔術具を返して、みんなに挨拶をして引き上げる。
「エクシアさん忘れ物です。魔術具を出してもらえますか?」
私のってこと? 言われるがままカード型
キィンと甲高い音が響く。
『16,000EXCガトドキマシタ』
お給料!! 生まれて初めてのお給料だよっ! これが労働の対価! マイニング分より全然少ないけど、それでもなんだかとっても嬉しいのは何故だろう。うん、働いてもいいんだ! 負けじゃない! 自然と、カードを掲げてクルクル回ってしまうほどに嬉しい。
「ありがとうございま~す♪」
クルクルからのエクストリームお辞儀をしましたら、周りの同僚の皆さんに「ぷくくっ」と笑われちゃったけど、そこはご愛嬌。こっちでは、お辞儀する文化は無いのかも。
「エクシアさんは面白いですね。それではまた明日」
「お疲れ様でした!」
この日はいい気分でお風呂に入って、今日の出来事をスケッチしたい欲求もあったけど、疲れが先に来てすぐに眠くなっちゃった。お仕事って大変だけど、悪くないね。
§
お昼のパパ・エクセリアは死ぬほど忙しい。ピザなのかピッツァなのか、どっちが正解だっけ。
「えくすこちゃん! 三番テーブル、オーダー行って!」
「はーい、ただ今―」
初日から数日経って、随分仕事には慣れた。けど、相変わらず夜はお風呂に入ってシエラちゃんとガールズトークする気力も無くバタンキュー。
「エクセリア・ピザ2、トマト水2ですね。かしこまりましたー」
今日はついにシエラちゃんに顔が死んでるって心配されちゃった。誤魔化すためにメイクしてたらシエラちゃんが興味津々で見てたけど、構ってあげる余裕が私には無い。ごめんね、体が怠いの。
「お待たせしました。エクセリアピザ、おみまいしちゃうぞ☆ それではどうぞごゆっくり」
なんだか今日はお客さんと自分の声が頭に響いてぐわんぐわんする。言葉に力が入らない。気力でカバーしなくちゃ。
「えくすこちゃん、三番テーブルお会計だよー」
「はーい。現金ですか?
お会計にフラフラ行こうとすると、シエラちゃんとすれ違った。大丈夫? って心配そうな顔してくれたけど、ほっぺぱんぱん。リボン効果で最近のシエラちゃんはオヤツを飲み込む暇もないくらいご指名が入るらしい。薄っすら目が赤いかな。うん、良かった。
「
お会計用に持たされている受取り専用カード型
冴えない営業スマイルでお客様をお見送り。困ったなぁ、パパがこっち見てるよ。もう満席だから弱音を吐いてはいられない。
「五番テーブル! エクセリアピザお願い!」
厨房から声がかかる。ピザ皿を持つ手が重い。
「お待たせしました。エクセリアピザ、お見舞い……あ」
スヴェンさんだ。この人、実は毎日ランチに来てるんだよね。よっぽどピザが好きなのかな。でも今月は金欠なんじゃ?
「よっ、えくすこたん元気にやって……、おい大丈夫か?」
この人に心配されるようなら本当に私、具合悪い顔してるんだろうなぁ。そういえばここ数日、スケッチしてなかった。息抜きに描こう。お昼の部が終わったらフィガロ市場行って、新しいスケッチブックを……。
「ごゆっくりれ、どうぞだぞぉ~」
あれぇ? 手から滑り落ちるピザを目にしたのを最後に、私の意識は途切れた。
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