第十五投 その共有はまだ早い

 一人、脳内ラジオ遊びが終わってしまった。

 沈黙の始まりだ。

 

 実は私、現在時間を無駄に消費中です。

 個人面談をした個室で、ブルーノさん達が戻ってくるのをただただジッと待っています。

 

 ヘレナさんはカード型魔術具ASICをくれたら仕事に戻ってしまったし、あーちゃんは元に戻ったものの、難しい顔をしてソファで考え事をしています。

 あくび一つにも気を使う有様です。

 

 はぁ、この空気を何とかしたい。

 

「あ、あのさ、あーちゃん。私、働こうと思うんだ」

 

 唐突か!?

 この話題を選んだ自分にびっくり。

 あーちゃんの反応は鈍いけど、こちらに顔を向けてくれた。

 

「ほ、ほら、共有財布に私もお金入れたいしさ! でね、エクシア王国では一ヶ月にどの位生活費いるんだろう?」

 

 私の全財産は今のところ銀貨九枚、九万シリングと、さっきあーちゃんに送金してもらった五十万EXCエクスコ

 一体、何がどのくらい買えるのか。

 

「独り身なら、十五万シリングもあれば十分だよ。EXCエクスコで言えば三十万EXCエクスコかな。ブルーノ達と合流したら1階の求人案内を見てみようか」

 

「うん。よろしくね」

 

 どうやら、あーちゃんのお蔭で当座の生活資金には困らないみたい。

 本当にありがとう、お金大事に使うね。

 というか、大食い大会にそんな大金賭けていたんかい! スヴェンさんの生活費がヤバイ発言は本気だったのか?

 

 ……そして、話題終了。

 また沈黙だよ~。

 こういうときは、やっぱり……。

 リュックから静かにスケッチブックを取り出し、今朝見た街並みを描き始めた。

 

「……上手だね。……時計塔のあるフィガロ大通りかな?」

 

 うぉっ! びっくりしたぁ。

 そ、そうだよ。石と木が調和してすごくいいなと思って。

 

「あーちゃんも何か描く?」

 

「……え?……ボク?」

 

 さっきから会話のチョイスがおかしいぃぃ。

 緊張しちゃって、空回ってる気がする。

 こういうとき、スヴェンさんがいてくれたら場が落ち着くんだろうなぁ。

 

「……いいね。ボクも描こうかな。……でも、何を描こう」

 

 ほらぁ。もう知らない。乗り掛かった舟だ。

 

「あーちゃん、お絵描きしりとりって知ってる?」


 声ではなくて、相手が描いた絵を推理しながら進めるしりとり。お母さんと最長十日間やったことがあるんだよ。

 ブルーノさん達が戻るまで続けよう。

 

「よ~し、私からね。……はい! 次、あーちゃん」

 

「あは、サイコロだ。上手だね。じゃぁ"ロ"かぁ。ロ……ロ……」

 

 一生懸命お絵かきしてる。

 別なことに集中し始めて、少しは気が紛れてるのかな。

 あーちゃんの顔がさっきとは別人になってきた!


「できた。 はい、おねぇちゃん」


「どれどれぇ?」


 うぐぅっ!

 い……いきなり上級者向けが来た。有機物か無機物か、その判断すら付かない!

 

「ロ、ロバ! 上手だね、あーちゃん!」


「ぶー。正解はローズでした~」


 なにーっ!?

 私は薔薇をロバと間違えたのか!

 気を取り直して、ズ……ズ……、はい! あーちゃん!

 

「ズッキーニだね。胡瓜と描き分けられるなんてすごいや。じゃぁ、ニ……ニ……」

 

 次は当てる。絵に関しては少しのミスも自分が許せない。

 

「はい。なんでしょ~か♪」

 

「ニンジン!」


 "ン"が付くけどそれ意外ない!

 

「ぶっぶー。正解はニンフでした~♪」


 よっ……妖精!?

 このニンジンをニンフにするのはフォトショ○プを使わないと無理だよ!

 キィィ、悔しい。

 次は"フ"ね! フ……フ……ファイヤーッだ!

 

 あ。

 

「今度は絵じゃなくてね。あーちゃん、見てて? "フ"から始まるものだよ~。文明の始まりし音は安寧を齎すものなり、イグニ……、フガァッ!!」


 あーちゃんが、凄い勢いで私の口を塞ぎに来た。

 スケッチブックがバサッと床に落ち、私たちは勢い余ってソファに倒れ込んだ。


「こんなところで着火魔術を使ったら大惨事だよ! おねぇちゃん何考えてるの!?」


「もがもが……、ぷはっ、ご、ごめんなさい。魔術って呪文言うだけで発動しちゃうの?」


 あーちゃんの顔に怒気が滲む。


「なんで……こんなに無邪気なおねぇちゃんが……」

 

 お絵描きしりとり効果は終了。

 あーちゃんは歯を食いしばって、怒りを誰かに向けて震えてる。

 こんなに苦しそうなのに分かってあげられなくて、ごめん……。

 ブルーノさんといいあーちゃんといい、一体どうしたんだろう。


「聞いて。おねぇちゃん。大事なこと」

 

 私を押さえつけてる手に力がこもる。

 

「魔法はEXCエクスコで買えない」

「魔力が……意味を持った言葉、強い願いや意志が魔法に変わるんだ。おねぇちゃんは多分、とてつもない魔力を持ってる」


 こくこく。

 

「魔法は奇跡を起こしてくれるかもしれない。でもきっとそれには傷みが伴う。ボクは、分を過ぎた魔法を手にしたせいで過酷な人生を送っている人を……よく知ってる」


 こくこく


「約束してくれないかな、おねぇちゃん。自分を大切にするって」

 

 こくん。

 

 あーちゃんの真剣な言葉、受け取ったよ。

 ヘレナさんもきっと私を心配してくれたんだ。

 みんな『識別の宝珠』の結果……のせいだろうね、きっと。

 

「じゃぁ、あーちゃん。これからも私にいろいろ教えてね?」


 思いっきり笑顔で言ってやった。場にそぐわないなんて百も承知。

 自分で自分を鼓舞するしかない。

 私は絶対ここで生き抜いて、現実へ帰るんだから。

 

「……え、あ、あぁ。ボク、ちょっと深刻になりすぎたかな」


 あーちゃんがだんだん落ち着き始めた。

 これは私が編み出した、相手を強制的に冷静にするスマイル魔術です。

 魔術具はいらないので、ぜひ皆さ(以下略)。


「私、ホントに何も知らなくて」


「大丈夫、ボクが教えてあげるから」


「ちょっと怖いかも……」


「優しくするよ」


「あーちゃんも初めては怖かった?」


「少しね。それよりもドキドキ、したかな……」




「……何が……初めて……なんだ」


 !?

 

 不動明王が仁王立ちして私達を睨む。

 いや、スヴェンさんだっ!?

 

「くぉら、ガキどもぉ! 大人になろうったって十年早いわぁぁ!」

 

 何のことーーーっ!?

 私の上に被さってたあーちゃんが、グワーッとスヴェンさんに持ち上げられた。

 これ、私もされたやつ!

 

「スヴェン、誤解だ! 僕は何もぉぉわわわわ」

 

 そうそう、振り子にされんのよね。

 

「姫。私は前にも言いましたが、愛し合うのに時も場所も年齢も関係ありませんよ」

 

「初耳だよ! ブルーノ!」

 

 ぶんぶん振り回されて、あーちゃんがとうとうキレた。

 

「さっきはよくも勝手に共有財布なんて作ったな! スヴェン!」


「体まで共有しろとは言ってない」


「刻の宿を予約いたしましょうか、姫」


「しない!」


 みんなは何の話をしてるんだろう。誰か翻訳して。

 あらら。あーちゃん、スヴェンさんを殴りたくてもリーチが足りなくて、ただの駄々っ子パンチの空振りになってるよ。

 

「エクシア嬢。先ほどは突然の退室、失礼いたしました。その後なにか変わったことはありませんでしたか?」


 騒ぐあーちゃんとスヴェンさんを横に、ブルーノさんが尋ねてきた。

 

「いえ、特に。あーちゃんが私にこれから魔術とかいろいろ教えてくれることになりました」


「そうですか。では我々もエクシア嬢の成長をお傍でお手伝いするとしましょう。よろしくお願いしますね」


 ブルーノさんのニコリ顔。おぉ、初めて見た!

 

 その後、あーちゃんとスヴェンさんの喧嘩が終わるまで、私はブルーノさんと魔術具を登録し合い、お絵描きしりとりをして有意義な時間を過ごしたのでした。

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