第十七投 はじめてのおつかい
面接が無事に終わった。採用決定の後にみんなで食べるビザは格別♪ チーズも私も伸び伸び~ん。
「おねえちゃん。とりあえず落ち着く場所決まって良かったね」
ブルーノさんやスヴェンさんも喜んでくれてる。ありがとう! 頑張るね、モグモグ。
これからここで働くんだと思うと自然にウェイトレスさん達に目が行っちゃう。やっぱりチョーカーしてる人多いなぁ。シエラちゃんだってそうだもんね。シエラちゃんはさっきのお客さんとの大食い勝負に勝ってやっと仕事再開と思いきや、また食べてる!
「ピーマン嫌いだから食べて」という子供からの
ブルーノさんがウェイトレスさんにお会計の合図を送る。あら、伝票はパパが持ってきた。あーちゃん達はVIPだから支配人直々なのかも。
「ご利用ありがとうございました。お代はこちらです」
「ご馳走様でした。
あーちゃんが腕輪を差し出したその時、パパがピアノの鍵盤を一つ押すように指一本であーちゃんの腕を押さえた。
「お支払いはエクシアさんですよ? 体でお支払い頂きましょうかね。ささっ、こちらへ」
パパにんまり。えぇっ、ここって、そういうお店だったっけ!? あっという間にパパに連れていかれる私。気分はもうドナドナ……。
ふぅ、焦ったぜ。蓋を開けてみれば、体の支払いとは、フィガロ市場で自分に必要な日用品とお店のおしぼり用タオルを二十枚買ってくること。お店の備品買い出しも大事な仕事の一つらしい。
刻の宿とは反対方向にあるフィガロ市場はエクシア王国の台所兼ホームセンターらしく、食料品から大工用品まで各種幅広く取り揃えているそう。ぜひ皆様もお気軽にお立ち寄り下さいませ。
私の付き添いをしてくれるのはシエラちゃん。昼勤務と夜勤務の間の休憩時間は部屋にいたいとパパに言ってたけど、今日の日給+ボーナスで魂を売った。
心なしかパパが悪魔に見えたんだ……。
「シエラちゃん、エクシアです。これからよろしくお願いします」
歩きながら話しかけてみるも華麗なスル―を決められる。だんだん市場に近くなるにつれて人や馬車、リヤカーで道はごった返してきた。スタスタ、スタスタ。待ってよぉ。
「シ、シエラちゃん。とりあえず日用品って洗面用具くらいでいいかなっ。タオルとか歯ブラシとかっ」
スルー。お~い、ブルーノさんの時みたいにとは言わないけど、可愛い狐耳くらい動かしてくれよ~。
ところでいつの間にかもう市場に入ってる? 露店がちらほら出てきたし、その中の一つには、魔術具を用意しつつ荷物を持った人達が長蛇の列を作ってる。あっちのお店はクンクン……、はぁ、いい匂い。あれ、なぁに?
「ぎゃーーーーーっ!!」
「うるさい」
返事した! まさかこれがシエラちゃんと私の初会話だなんて切ない。
「ゴキーブリアン、今日特売日なんだ……じゅるっ」
私が叫んだものを見つめて涎を垂らすシエラちゃんは、まるっと太った黒いアレからえぃっと目を逸らし、市場の中心にある噴水の周りに座った。足を組み、膝にひじを付いて頬杖を付き「はぁっ」と立派なため息。ムスッとして向こうの方を指差した。
「ん。タオル、歯ブラシ。あと石鹸。くしは私の貸してあげるから買わなくていい」
向こうのお店に行けば買えるってこと? 不機嫌オーラが「そうだよ早くして」と返事をする。じ、じゃぁ一人で行って参りま~す……。
はぁ、裏表ある子だったのか。二人部屋のルームメイトになったのに、上手くやっていけるのかな……。
シエラちゃんが指さした方の露店には謎めいた野菜から現実世界でお馴染みの果物までたくさん並んでいた。ここって青空市場ではあるけれど近くで見ると意外としっかりした露店なんだね。移動式ではないみたい。
しばらく歩くと生鮮食品から雑貨系の露店に変わってきて、あった! タオルとか! 本当にこっちで合ってたんだ!
「おや、可愛子ちゃん。いらっしゃい。何が欲しいんだい?」
まずはお使いを片付けよう。
「こんにちは。まずはおしぼり用のタオルを二十枚ください」
「買い出しかい? それなら、これだな。あいよ、二万シリングな」
値札を見るとハンドタオルサイズで、一枚一銅貨。パパから預かった銀貨二枚を渡す。おぉ、ピッタリ。
「あと、自分用にもフェイスタオルと、バスタオル、歯ブラシ。あ、石鹸もください」
小さい石鹸二個セットで一銅貨。フェイスタオルサイズで一枚二銅貨。バスタオルサイズだと、一枚五銅貨。歯ブラシっぽいのは一本一銅貨。
一銅貨=千シリングだから……高くない!? あーちゃんから聞いた生活費だと1シリング≒1円なのに。それぞれ一個づつで締めて九千シリング。高ぇー……。
「毎度! お嬢ちゃん可愛いから石鹸二個とタオルもう一枚おまけしちゃう。全部で一万シリングでどうだい!」
定価から若干割引になってるけど、総額は増やしてきた。おっちゃん商売上手。この世界、雑貨類って基本手作りなんだろうね。はぁ、電気って偉大だわ。化学繊維、合成物質の塊でいいからお財布に優しい方がいいな。大事に使わなきゃ。……ん? これ綺麗だなぁ……、そうだっ!!
「おじさんこれも……、ダメ?」
くらえ! あーちゃん直伝必殺上目遣い!
「なっ、そんな目をされたらおじさん、断れない! もってけーっ!」
やった! 大成功! 綺麗な柄の薄手の布ゲット。何に使うかはまだ秘密☆ さ、お会計は
カード型
噴水に戻ったらシエラちゃんがリングコーナーでうなだれるボクサーみたいになってる!
しかもスタンドが出そうな禍々しい気を発しているぞ!?
負けない! 私だって魔力多めだし、固有魔法(用途不明)があるんだからー!
傍に寄るとシエラちゃんの体の奥深くから魔物の唸り声が聞こえた。こ、これはまさか……。
「……ポテトフライ、ステーキ、ゴキーブリアン、チーズ……、チーズ……、チーズ!?」
シエラちゃんがガバッと顔を上げた。私が最寄りの屋台で買ってきたピザとお好み焼きの合いの子みたいな食べ物を、顔の傍でパタパタしたのが効いたようだ。
これは私が編み出した、相手を強制的に振り向かせる魔術です。ぜひ皆(以下略)。
ピザもどきを持った私の手をガシッとシエラちゃんが掴む。耳がピコピコ、ピコピコ。
「えくたん、これくれるの?」
――えくたん……。
「ありがとーっ!!」
お耳ピーン!! しっぽパタパタ。
そこからは早かった。あんぐり空いたお口は小さかったものの、小動物がハグハグと餌を食べてくようにお好み焼きもどきは瞬殺された。後に残ったのは、この世の終わりみたいな顔でじっと手を見るシエラちゃんと、「足りない……」という一言。全私が涙した。
私はダッシュでシエラちゃんに課金しまくった。食べるときの小動物感と笑顔をトレースメモリーしようにも、食べるスピードが速くてトレースし切れなかったからだ。
噴水の周りの絵描きvs大食い女王の静かな戦いはやがて買い物客を巻き込み、いろんな人がそっとシエラちゃんに食べ物(餌)を買い与え始めた。屋台の人々は作る手を止められず、汗だくになっている。その日、屋台の売上は通常の倍になったとかならなかったとか……。
帰り道、シエラちゃんはしっぽの先の先まで喜びを溢れさせていた。
「えくたん、ありがと。お腹空いて倒れそうだったんだ」
ヘェ、ソウナンダー。確かお昼の賄いも食べてるはずだよね。今、まだおやつの時間だよ?
食料品は雑貨とは違ってまともな値段だった。でも、パパから貰った買い出しのお小遣いがぁ……くぅ。先行投資だと思おう。職場の人間関係は大事。
「えくたん、最後の忘れちゃダメだよ。もったいない」
シエラちゃんは入口で見た露店の行列に並んだ。ん? よく見ると、ここお店じゃない。列の先には黒板に数字を書いて必死で計算している人がいる。あ、立て看板に『本日
「
カード型
「はい、1,400
『1,400
うん、なんか不思議な感覚だけど1,400
「帰ったらもうすぐ夕方の賄いだから、隣で一緒に食べよ? にこりっ」
――ズギュゥゥゥン!
あの不愛想さはこの笑顔の盛大な前振りだったと言うの!? ボクっ娘にケモミミ・ツンデレ娘……こっちの世界はどうかしてる! エクシアは『大きいお兄さん達の気持ちLv.1』を手に入れた。
パパ・エクセリアの夕方の賄いは、建国当初からある老舗のピザ屋さんなだけあってとても美味しかった。ブッフェ形式、別名食べ放題。市場帰りのシエラちゃんはまだまだ食べる。ほっぺたが高揚して、目も大食い大会ほどではないけど若干赤い。満腹信号なのかな。
も~無理。私はお腹いっぱい。部屋に戻って二段ベッドに倒れて背伸びをした。んんんー、下の段でよかった~。
「いいなぁ、えくたんは明日からで」
仕事前のブラッシングをしながら羨ましそうに口を尖らせるけど、あれだけ食べてお腹が出ないシエラちゃんの方が羨ましいよ。
「シエラちゃん、ご飯足りた?」
「足らしたらみんなの分なくなる」
納得。これから働きながらオヤツもらうんだよね。目がもう黒いもん。
「なんでそんなに食べられるの?」
「……。」
ご、ごめ……失礼なこと聞いちゃったかな。
「…対だから」
え?
「食べることは“絶対”だから。辿り着くために」
――パタン
行っちゃった……。
辿り着く? 目標にするフードファイターに? じゃないんだろうな、あの真剣な表情は。ここは日本と違って政治もまだまだ未熟な発展途上の若い国。いろいろな事情の人が集まってるんだろうね。迂闊に内側に入りこんじゃいけなんだ。後でちょっと謝ろう。
部屋の一番奥の窓を開けて外の空気を入れた。夕焼け色に染まった街に酒場の明かりが灯る。ここは三階だから街の喧騒はあまり届いて来ないけど、カーテンを揺らす風にはあちこちの家の夕飯の匂いが乗ってきた。
――お母さん。ご飯、食べてるかな……。
あかん。泣かないって決めたんだから。うん。こういう時はスケッチしよう。トレースメモリーを吐き出そう。
今日会ったこと。街の様子。ギルド。お絵描きしりとり。ふふ、あーちゃんは絵がアレだけど、ブルーノさんは上手だったな。 使い方違うけど“達筆”っていうのがしっくりくる絵。性格が出る~。そういえば私の固有魔法どうやって使うんだろう。聖夜の告白は何か描くのかな。じゃぁ、もう一つ、えっとー、
「神の遊……」
いけない! 軽々しく口にするなってあーちゃんに言われてたんだった! 何か起こったら大変だもんね。
「ンナーゥ」
言わんこっちゃない。早速出窓に猫が……、猫!?
異常事態というのは前触れなく起こる。
昨日、しばらく一緒に旅をしたおっちょこちょいな猫は今、怪しさに身を包み、恐怖からドアの方へ後ずさった私と対峙している。その瞳に宿す赤い光は不気味に揺れ、口にくわえているのは……棒付きキャンディ?
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