第六投 王都エクセリアを眺む

 歩きにくい道無き湿原にさすがに疲れ気味ではあったけど、まだ見ぬ景色を思えば心も体も軽くなる。

 私は河原の大きな岩の上に気合いを入れてよじ昇ってみた。


 なんと真下に落ちていると思われた滝は、段々畑よろしく階段状の地形を流れ落ちていた。

 想像より穏やかに優しく落ちる滝は岩肌に薄く広がり、まるでレースカーテンのよう。地に集まるとそのまま川となって再び流れ、両脇に豊かで広大な森を従えている。

 その川は緩くカーブを描きながら、蒼く、僅かにエメラルドグリーンの差す澄んだ湖へ流れ込んでいる。グレートの冠詞が付くのも納得の大きさ。その湖を背にして奥に広がるは王都エクセリア。湖にその姿を朧げに映し、真っ白な王城を中心に広がる城塞都市だ。

 王城はあちこちが工事中で未完成だが、完成すればさぞ美しいものになりそう。城壁は二重で外側は王城と同じく未だ工事中なのか、所々繋がっていない。

 船がいくつも停泊している港もあって、町に活気があふれているのが遠目にも良くわかる。

 外側の城壁内にあるひと際大きな広場から三方へ延びる街道は都市を突き抜け、遠く彼方まで続いていており、人や馬車等の往来がその街道を埋め尽くしている。城塞の外は森を開いたのであろう、一面の黄金色に輝く麦畑が広がり、所々風車が風を受けて回っていた。

 そんな街中や、城壁、城の尖塔、往来の馬車の上まで、いたるところに掲揚され誇らしげにたなびく旗達が、慶事がある事を思わせる。

 麦畑、湖、森、全てを包んだ風が下から吹き上げて、私の帽子をふわりと浮かせた。

 

 こっちに飛ばされてきた時の手つかずの自然もいいけど、人工物と大自然の織りなす奇跡のような景色に、自然とスケッチブックとペンを……

 

「おねえちゃん、絵を描きたいのは解るけど、ここじゃまだちょっと危ないから移動しよう」


 スケッチブックを出そうとしてたのが分かったのか。鋭いなあーちゃん。仕方ない、トレース・オン。風景を脳内に刻み込み、取り出しかけたスケッチブックを仕舞う。

 

「うん、わかったよ」


 あれ、登ったはいいけど降りるのはなんとやらだ。私は猫か……。

 何とか腹這いになって、足から降りようとするも、足が地に着かない。あっ、滑る……


「おねぇちゃん、危ないっ!」


 目を瞑って体が落ちる感覚の後に、柔らかいものにぶつかる感触。

 

 ドサッ。

 

 目を開けてみれば、鼻がくっつきそうな距離にあーちゃんの顔がある。あー、これはあれだ、俗に言う床ドンってやつだ。私が上だけど。

 

「また、助けられちゃったね。あーちゃん、怪我はない?」


「ボ、ボクは大丈夫。お、おねぇちゃんこそ、だ、大丈夫?」


 あーちゃんが、耳まで真っ赤にして横を向きながら聞いてくる。

 私、重かったよね。ごめんね、あーちゃん。

 最近、食欲止まらなくて太っちゃってたの。

 しかしあーちゃんの横顔を間近で見たけど、まつ毛が長ぇな。


「私は大丈夫だよぉあわわわわ!」


 スヴェンさんがリュックごと片手でひょいと私を持ち上げる。

 ばか力!

 だって私、宙に浮いてるもん!


「うちの姫様をこんなに茹ダコにできるのはえくすこたんくらいだな。はははは!」


 面白れぇとか言って笑いながらリュックを左右に振り回して、私は振り子みたいにブランブラン。すごい遠心力が来るんですけどぉぉお、下ろせ~~。

 お前は、お怪我はありませんかと姫様を労わってるブルーノさんを見習えっ!




 バシャーン!


 

 ここは魔物の徘徊する地。


 

 ブルーノさんが剣を構え、スヴェンさんは私を自分の背中へ回し、あーちゃんの手元が光出す。

 全員が瞬時に音源を探る……。

 









「ニ"ャーーーーッ!」



 カリバー君だ……。

 あーちゃんも、スヴェンさんも、ブルーノさんも、哀れな生き物を見るような冷たい眼で見てる。誰も助けようとはしない。

 

「魚を取ろうとして、滑って川に落ちたみたいですね」


 狙ってた魚は悠々と泳いでいる。


「あっ、えぇっ!」


「一応あれでも妖精らしいから大丈夫だよ。おねえちゃん」


 もうすぐ滝だ。


「またな! カリバー!」


 あ、落ちた。


 みんな……。


 なんて残念な生き物なんだろう、カリバー君。そんな君が何故か愛しいよ。

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