第五投 冒険者?御忍び?御姫様じゃないの!

「ま、魔術だよ、おねぇちゃん。 魔術は魔法と違って、EXCエクスコを引き換えにして魔術具ASICと簡単な呪文で発動させるんだ」

 

 その言い方だと、魔法もあるみたいだけど、まずはEXCエクスコだっ!

 

「こっちの、せ……」


 イケナイ、世界って言いそうになった。まだ、私が異世界人だとばれていいのか判断が付かない。ここの所は濁しておかなければ。

 

EXCエクスコって何?」


「魔術通貨だよ。そういえば、おねぇちゃんさっき『えくすこ』って呼んでって言っておいて、知らないの?」

 

 早速まずった、一般常識っぽい……。オークの事で少しわかった。こっちの世界は危険で溢れてる。少し何かを間違えば簡単に命を落とすんだ。

 

「うん。知らないの。そういえば、何であそこにいたのかもよくわからない……。気が付いたらあそこにいて、あまりにも景色が綺麗だからスケッチしてたら、オーク? が出てきたの」


 記憶喪失を装ってしまったー。他にもっとマシな口実なかったんか私っ! 私の危険がピンチで、命がヤバイ!

 

「記憶があやふやなんだ? 何か、きっと大変なことがあったんだね……」


 っしゃ! 勝手に勘違いしてくれた!

 

「ここが何処だかもわからないし……」


 くくく、困り顔でさらに悪乗り。

 

「ここはね、アルカディア大陸のほぼ真ん中のアルカディア大湿原だよ。これからちょっと遠いけど、エクシア王国の王都エクセリアまで戻るの」


 アルカディアってあれね、転移させられた時に、『異世界』に振られたルビにあったやつだ。それより、エクシア王国?

 

「私の名前と一緒……」


「そうだね。最近王国の名前にあやかって、『エクシア』って名前の子が増えたから、珍しくはないよ。でもスコールズは……。王国では貴族でもない限り家名は名乗らないから、スコールズは隠した方がいいかもしれない」


 でも私はあっちの世界から来たわけで……これって偶然?

 にしても貴族制度があるんだ。不敬罪にでもなったら大変だから、ファミリーネームは伏せよう。


「そっかぁ、わかったよ。それで話戻すけど、魔術通貨って?」


「それは、ここ何年かの間で、金貨とか銀貨とかのお金代わりに、EXCエクスコって言うお金が新しくできたんだ。EXCエクスコ魔術具ASICを使うと、簡単にやり取りできるの。しかも一度登録すれば離れたところにいる人へもね! 凄いでしょ! お金をジャラジャラ持っている必要が無くなってきてるんだ。左腕にしているブレスレットが魔術具ASICだよ」


 あの魔術使った時に光ってたあれね。そしてそれ、完全に仮想通貨だよね。


「それで、そのEXCエクスコで魔術も使えるんだ?」


「そう、魔術。本当はなんだかすっごく長い名前があるんだけど、誰も覚えてなくて。EXCエクスコを燃やしていろいろな魔術が使えるよ。薪に火をつけたり、そよ風を起こしたり、掃除をしたり。他にも新しい魔術が開発中なんだって」


 しょぼいな、魔術……。

 そんなこんなでとぼとぼ歩く。

 だんだん、リジェネレーションの効果か平衡感覚が戻ってきた。前言撤回。ごめん魔術。ちゃんと効いてたよ。

 

「あーちゃん、そろそろ一人で大丈夫そう。肩貸してくれてありがとうね」


 うん、ゆっくりだけど何とか一人で歩ける。

 ちょっとほっとしたような、名残惜しいようなそんな表情をしてあーちゃんが離れていく。 ずっと顔が真っ赤だったあーちゃん。もう少し見てても良かったかな。


 

「姫ーーーー!」


 遠くで呼びかける声が聴こえた。

 

「ランス……達か」


 見渡せば3人ほどの冒険者風? の恰好した男の人達が駆け寄ってくる。

 程なく、あーちゃんの前まで来て臣下の礼を取った。


「ご無事で何よりでございます。しかし、姫様! 護衛を振り切っての単独行動はお慎みください。姫様に何かあっては、何の為の護衛か分かりません!」


「悪かった。けれど今回は時間が無かったんだ。今後は気を付けるよ」


 あーちゃんに小言を言った、ランスさんと思われる金髪の長髪イケメンお兄さんが今度は私を見た。


「姫様、後ろのお嬢様は?」


「オークに襲われていたところを僕が助けたんだ。エクセリア迄保護する。オークは2匹いて、一匹は仕留めたがもう一匹は逃げた。すぐに結晶化したから上位種のハイ・オークとみて間違いない」


「上位種ですか? それを単独で仕留めるとはさすが姫様です」


「お世辞はいいよ。僕はエクセリアに戻る。ランスは他の者と合流し、逃げたハイ・オークの討伐を頼むよ。僕らの足跡をたどっていけば見つけられると思う。群れがあるようなら偵察任務に切り替える。上位種がいるって事は、かなり高い確率で群れがあると思うから、気を付けて。残りの二人は僕らの護衛をお願い。それでは出発するぞ」


「はっ」


 ……。

 さっきまでとはまるで別人やん。

 しかも『姫』って。絶対にやんごとなき身分のお方じゃないですか。ランスさん達だって一見冒険者風に見せてるけど、挙動も滲み出る雰囲気も中世の騎士みたい。

 ヤバイ、そんな人にあーちゃんなんてあだ名付けてしまった上に、回し蹴……。いやーこわい、こわい、こわい、こわい。

 これって冒険者装っての御忍びってやつ? でもあーちゃん、その恰好は絶対お忍ぶ気ゼロだよね。全体的に白だもの。ランスさん達も姫様呼びだし。も~異世界わかんね~。

 

「お、おねぇちゃんは、僕のすぐ後ろをついてきてね。その方が安全だからね。うん」


 瞬間、ランスさんたちがぎょっとして、私と、あーちゃんを交互に見る。また真っ赤になるあーちゃん。

 何か納得したような、不憫なものを見るような眼を残して、護衛の方たちは持ち場につき、一人は元来た方へ戻って行った。

 

「う、うん。わかったよ」


 ランスさんたちの視線は見なかった事にして、程なくまた歩き出した。護衛の2人は、あーちゃんと私を前後に挟むような隊形を取る。

 

「おねぇちゃん、紹介するね。前を歩いてるのが、スヴェン。後ろを見てくれてるのが、ブルーノだよ」


 さっき話していた人が、ランスさんで正解らしい。


「俺は、スヴェン。お嬢ちゃんよろしくな!」


「私が、ブルーノだ。お嬢さん短い間だが、御伴しましょう」


 スヴェンさんは軽い挨拶を投げてくれた、茶の短髪で爽やか系の兄さん。それに対して、ブルーノさんはなんて言うか、真面目だ。黒髪を肩まで伸ばして切りそろえた雰囲気にも、真面目さが出ている。

 

「私は、エクシアといいます。親しい人は『えくすこ』って呼びます。よろしくお願いします」


「エクシアちゃんか。いい名前だけど、最近ちょっと多いよなー」


「それだけ、この国が民に好かれているという事だ。喜ばしいことだぞ」


 やっぱり、エクシアちゃん多いらしい。そしてブルーノさんやっぱり真面目だ。そしてさらっと民とか言っちゃう辺り、やんごとなき身分確定だ。本格的にヤバイノデハ?

 

「ところで、エクシアちゃん、えくすこって、魔術通貨のEXCエクスコと一緒だね?」


「そうみたいです。偶然ってすごいですね?」


「偶然なんだ? まぁ、いいか。じゃ、これからはえくすこたんって呼んでいい?」


 異世界来てまでハンドルで呼ばれることになるとは思わなかった。うん、やっぱり軽いなスヴェンさん。


「ええ、いいですよ」


 なぜかあーちゃんがスヴェンさんをジト目で睨んでいる。

 

「よし。じゃあ、お兄さん頑張ってエクセリア迄えくすこたんをお連れしますよー! ブルーノ、ここをまっすぐだよなー?」

 

「スヴェン、前を見て歩け」


 安定のブルーノさんと、猫一匹。うわっ、いつの間にかカリバー君が足元にいた。ちゃんとついてきてたの? 踏みそうになったのはナイショにしておこうっと。

 そんなスヴェンさんがムードメーカー役でたわいもないけど、会話が途切れることなく湿原の小川沿いを歩く。

 

「おねぇちゃん、湿原を抜けたら中継地点があるから、そこまで頑張って歩いて一休みしよう」


「うん。がんばるね」


 足にはそこそこ自信があるんだ。普段から、スケッチポイント探して歩き回ってるから。リジェネレーションも本領発揮したのか、ずいぶんと体も軽くなってきたおかげで道が悪くても遅れることなくついて行けたよ。

 もう2時間くらい歩いたかな。ペンダント時計を見るともうすぐ11時になりそう。


「おねぇちゃん、それって時計?」


「うん、そうだよ。お父さんの形見なの」


「あ、悪い事聞いちゃったね……」


「ううん、大丈夫だよ」


「そっか。それにしても、そんな小さい時計初めて見たよ。とても貴重なものじゃないかな?」


「う~ん、貴重かどうかはよくわからないけどとても精確なんだって、お母さんが言ってたよ」


「そんなに小さのに! 時計なんて貴族くらいしか個人ではもっていないから、それは大切に仕舞っておいて普段は見せない方がいいよ」


 そう、言われて胸に下げていたペンダント時計をリュックサックに仕舞おうとしたら、紐がちょうどカリバー君を刺激したみたいで、すっごいじゃれてくる。猫は世界が変わっても猫らしい。


 さらに黙々と歩く。


 気が付けば、湿原の小川だと思っていた川は太くなって水量も増えていた。先を見れば、森の奥で川が途中で切れている。

 滝だ。


「もうすぐ、グレート・アルカディアが見えてくるよ」

 

「グレート・アルカディア?」


「この先から見える、王都エクセリアのある湖でね、その景色をモチーフにした有名な絵が王城にあって、一般公開の時にはスケッチブックを持った人の長蛇の列ができるよ……、あっ」


 あーちゃんは何かを思い出してほっぺをさすったけど、私の目を見てニコッと優しく笑った。

 

 私はその完璧な笑顔が逆にちょっと怖くて、笑顔が引きつったよぉ……。



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