第七投 中継点
しばらく沢から離れて鬱蒼と木の茂る山中の道無き道を下る。
幸いにもオーク以降、危険な魔物の類には出会っていないけど、森には野生動物も出没するので決して警戒は解けないそう。時折スヴェンさんが視線を鋭く動かして辺りを警戒しているような……、
「だー! しんどっ! 休みてぇし、腹減ったーっ! 酒クレー」
気がしたけど、ダメ人間になっちゃってる。
たしかに私も足には自信があったけど、さすがにヘトヘト。16歳JKには辛いものがある。
ブルーノさんにも疲労が見えるのに、あーちゃんったら元気そう。私より背が小さい上に、見た目重視のブーツでこの悪路を軽快に駆け下りる。森の妖精に手招きされてるんじゃないかな。
「落ち着けスヴェン。もう中継地点だ」
ブルーノさんの指さす方を見ると、柵に囲まれたこじんまりとした建物が見えてきた。遠目に物見櫓と
到着して簡素な門をくぐると、小屋の近くには炊事場と思わしき
ちょっと座って休みたいな。
丸太椅子に……、
「さぁ、エクシア嬢も一緒に食事の準備をしようか」
……、はい分かりました。働きますぅ。けど、私になにができるんだろう?
「文明の始まりし音は安寧を
唐突に聞こえる呪文。あーちゃんが、いつの間にか薪を竈に組んでいた。
リジェネレーションの時と同様、魔法陣が浮かび上がり、時計回りに輝きだす。違うのは、リジェネレーションの時よりも大分早いのと、あーちゃんから少々熱を感じる。ほんのりあったかい程度の。
10秒もしない内に全周に到達した魔法陣は赤熱の光に変わり薪に吸い込まれ、瞬間、薪から火が爆ぜる音がしたかと思うと炎が噴き出した。
「わぁ……、あーちゃんそれも魔術?」
自然と声が漏れちゃた。人って、なぜか火を見ると安心するよね~。
「そう、着火の魔術だよ。乾燥させた薪に火がつけられるんだ」
「便利だね~、あーちゃん私に手伝える事って何かない?」
……。
首をコテンと30度傾けしばしフリーズ。
「それじゃあ、おねぇちゃんは……、えっっと、火の番しながら休んでて?」
あーちゃんは、我ながらいい案思いついた、フ~みたいな顔をしてる。最後にはあーちゃん得意のニッコリ。ありがとう、気を使ってくれたんだね。ええ、その御役目全力で果たしましょう。
「それでは、火の番をお願いしますね」
そういってブルーノさんが、大人の笑顔で火箸を渡してくれる。
ま、火箸なんて渡されても何もできないんだけどね! 笑顔で受け取っておいたよ。ニコッ☆
ちょっと焦ったよ~。食事の準備って、一応ね、私、お料理は多少できるんでございますのよ。
でもさ、もしも異世界と私の味覚がすっごく違くて、料理という名の最終兵器を作ってしまったら、処刑されちゃうかもしれないじゃない!
だから、あーちゃんが起こした火の番に救われました。
火をボーッと眺めて、訂正、守っていたらスヴェンさんが水の入った大きな鍋を持ってきた。
「早くエクセリアでえくすこたんとお祭り楽しみてぇな~♪」
口は軽いけど重そうな鍋を火にかける。火の粉がぶわっと鍋底と、じと眼のあーちゃんを包む。
「お祭りって何ですか?」
「えっ? お祭りを知らない? こう、みんなでパァーッとはしゃいで飲んで……」
「馬鹿者。そういうことを聞いてはいるのではないだろう」
ブルーノさんが小屋から硬そうなパンとチーズを持ってきた。
「今日はエクシア王国の十六回目の建国記念日で、国を挙げた祭典が行われているのですよ。エクシア嬢」
マジでか。転校初日に文化祭みたいな。
しかも十六回目……。
沈黙してしまった私を見たあーちゃんが、パンとチーズをスライスして手を止めてポンッと打つと、
「おねえちゃんはエクシア王国のことをあまり知らないんだよね?」
スヴェンさんが私の肩をトントンたたく。
「コホン。おねえちゃん。エクシア王国はね……」
耳を塞げって? なんで?
「伝説の建国王サトシ・ヤマモトが霊峰マクスウェルにいるドラゴンに聖剣エクスカリバーをもってして勝ったことによってできた国なんだ。それまではこのあたり一帯がドラゴンの狩場で人があまり近づけなかったんだよ。今ではエクシア王国の象徴でもあり守護神でもあって、えくすこぴょんって敬愛を込めて呼ばれることもある。エクシア王国は今もドラゴンの守護地っていう安心感と地の利を生かして、交易路の中心地として経済発展が著しいんだ。そこへ来て近年開発された魔術通貨の
わーーーー!
ハカータ?チトゥセ?
耳慣れた言葉があったけど、あーちゃんが壊れた!?
早すぎて聞き取れない!?
「サトシ・ヤマモトと仲間達の逸話は絵本になったりしていて、子供達にも大人気なんだ。人気が高いのはやっぱりドラゴンと戦う話かな。でも、仲間の料理人と夏野菜で『ピザ』なる未知の料理を創造するっていう話が意外と面白くてさ、隠れた名作。そこに出てきた『おい、ピザ食わねぇか』はエクセリアでピザ屋さんに行くときの決まり文句になってるんだよ、はは。今じゃ、『ピザ』はエクシアの名物料理さ。あと、ボクが好きなのは魔力時計を作る話かな。みんなにはあまり人気が無いけれど。魔力時計はね、朝と、昼と、夕方の決まった時間に鐘を鳴らしてエクシアの国中に時間を知らせるすごい時計だよ。鐘が鳴る時に集中して聴こうと思えば、大陸中どこにいても聴けるって逸話もあるくらい。ホントにすごいでしょ!」
止まらない。あーちゃんの愛国心が止まってくれない。
スヴェンさんは能面顔で鍋に干し肉を入れてスープを作ってる。馬耳東風を地でいってる顔だ。
ブルーノさんはうんうんと相槌しながらパンにチーズを挟み、炙っている
竈の火でカリバー君が体を乾かしてる。
ん!? カリバー君!?
「ひーめー、えくすこたんはー、誰の馬にー、乗せるんですかー」
スヴェンさんがスープを取り分けながら大声で聞くと、あーちゃんが語りをングッと呑み込んで、大きな瞳で勢いよく私の方を向いた。
「エクシア嬢、馬に乗った経験はあるか?」
「いえ、全然……」
さすがファンタジーな異世界。移動手段はお馬さんですか。……ため息。
「では、私の後ろに……」
「ぼ、ボクと!」
声が大きく森に響いて、シーンと静まり返った。
鳥が空へバサバサッと飛んでいく。
みんなの視線があーちゃんに集まるとあーちゃんはハッと我に返り、またもやフリーズ。
「さ、いただこうね……」
小さく呟いて先にスープを食べ始めちゃった。また顔と耳を赤くして。
どうしてこんなに赤くなるんだろうね、カリバー君。君なら分かる?
スヴェンさんとブルーノさんは声を押し殺して笑ってる。
カリバー君はご主人様より干し肉の方がいいんだね。ガジガジ食べてさ。
私も食べようっと。
いただきまーす!
ガブッ!!
何これ! チーズとろんとろん。あー、これ燻製してあるやつだ。ハード系っぽいなと思ったけど炙ったおかげでしっとりまろやか。パンは黒パンじゃなくて、多分自然酵母で膨らませた小麦全粒粉のパン。
美味しくて震えるぅ! 異世界でも料理は美味しい!
必殺☆ほっぺパンパン食べ! ガブッ!
お腹が美味しいもので満たされてゆく。幸せ~~。
口の中の熱々のチーズの処理に奮闘してると、ブルーノさんとあーちゃんが目を丸くして私を見てる。
ん、見世物じゃねぇよ?
「いぃねぇ、えくすこたん。やっぱりメシは気持ちよく食べなくちゃ」
スヴェンさんが嬉しそうにチーズサンドにかぶりつく。ブルーノさんに悪戯そうな視線を向けながら。
ブルーノさんは視線をよけて、ちぎって食べる。
あーちゃんはちぎるのを止め、えぃっという声が聞こえそうな勢いでチーズサンドにかぶりついた。
そして今度はチーズの熱さに顔を真っ赤にする。
「えくすこたん、初めての乗馬にしちゃちょっとキツイかもしれないけど頑張れよ!」
いよいよ王都へ出発だね。
まずはあーちゃんが颯爽とひと際美しい白馬に飛び乗った。わぁ、まさしく姫騎士だよ。すごく絵になる。
スヴェンさんがシーツみたいな布で馬上のあーちゃんと、何とか助けを借りてお馬さんによじ登った私をしっかり結ぶと、ひょいっと自分の馬に跨る。
あーちゃんも格好良かったけれど、馬には中世騎士っぽい男の人がやっぱり合うね。ふふ。
にしても、乗馬って意外と高くて怖い。お馬さんの背中がこんなに上下するなんて。そうだよね、お馬さんだって呼吸をしてるもんね。バランス上手く自分で取らないと落ちちゃう。
ブルーノさんは手綱を取りながら器用に地図を見たりしてるけど、やっぱり乗り慣れてるんだなぁ。
「おねぇちゃん、ボクにしっかり掴まっていてね。なるべくゆっくり行くけど、夕方前までには王都に着きたいから。日が落ちると危ないからね。傷つき者に癒しあれ。憂いある者に安らぎあれ。リジェネレーション!」
なぜこのタイミングでリジェネレーション? あーちゃんの手首の腕輪を中心にして魔法陣が現れる。
馬の腹を優しく蹴るあーちゃん。ゆっくり歩きだすお馬さん。腕輪を中心に魔法陣を出現させながら中継点を出ていく。あーちゃんと私が乗った馬を少し後ろから左右でブルーノさんたちが固めた。護衛隊形かな?
「おねぇちゃん、少し早くなるからボクに掴まって」
だんだんお馬さんの脚が早くなっていって……、乗馬初体験中なわけなんだけど、ゆ、揺れるぅ。
腹の底から振動が来る。太もも攣りそう。掴まるどころではなくてあーちゃんの背中にしがみつく。あーちゃんがまたスキンシップ耐性の無さを発揮しているみたいだけど、そんなことを気にしている余裕は無いッ。布で固定されたのは、安全措置なのね。
走り始めてからほどなくして、ゆっくりだった魔法陣が全周に到達して光が溢れ、私を包む。
「あ、あーちゃん、このスピードで、どのくらいの、時間で、王都に、着くの?」
「二時間はかからないと思うよ」
うがぁ、こんなのを二時間も……。だからスヴェンさんが頑張れよと。
……。
……。
……。
言葉もなくしばし走る。お馬さんが。
……。
あれ? 酔ったかな?
いやいやいや、酔ったと思ったら負け。遠くを見よう。リジェネレーションはこのためだったんだ。振動に負けずに景色を見よう。スーハー、スーハー。
おや、カリバー君。シーツから顔出して。スーハー。ちゃんと掴まってないとさすがの君も落ちますよ?
私あまり余裕が、ないからさ、スーハー、落ちそうになっても、君のこと助けられないよ。
こらこら、スーハー、そんなに身を外に乗り出したら、落ちちゃ……
「ニ"ャーぉろろろろろろ」
ぎゃーーーーーーっ!
カリバー君が! カリバー君がぁぁぁ。
「うゎっ! カリバー! お前何やってんだよ!」
「こらっ! こちらではなく、スヴェンの方に吐け! 私の馬にかかる!」
並走するブルーノさんが、あーちゃんと私の馬から器用にカリバー君をむんずと掴み取り、スヴェンさんにぶん投げた。
スヴェンさんもギャーギャー怒って投げ返して、カリバー君がキャッチボールされてる。まだ口からキラキラが出てるのに。
「おねえちゃん、汚れなかった?」
お気遣いありがとう。
でも今、もらいキラキラを我慢することで精一杯なの。
まさか味方からこんな精神攻撃を受けるなんて。
私はヒロイン、私はヒロイン。耐えろ、耐えるのよーーっ!
あーちゃんが後ろの二人に何か話してる。
もう私に聞き取る余裕はない。
そして哀れカリバー君は、その後もしばらく醜い大人の間を移動し続けたのでした。
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