第三投 天使が私に微笑んだ

 まさに一閃!

 

 稲妻のごとき光刃が私の真横を走り抜けた!

 

「グガァオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!」


 耳をつんざく至近距離での咆哮ほうこう

 

 私を捕まえようと伸びたオークの腕は虚空を掴んで千切れ、空へ飛ばされた。

 

 その墳血は容赦なく私に降り注ぎ、スケッチブックをも染める。

 

 一瞬、私の目と頭がぐわんとして気を失いかけた。

 

 けど、どうやら耐えてしまったらしい。

 

 そのまま気絶できれば良かったのに。

 

 

「…………わず、………………………其は」

 

 

 遠くから呪文が響く。


 その隙に、もう一匹のオークが狂ったように雄叫びを上げ、私の方へ泥を蹴り上げながら突進して来る。


「グウオオ「真命捧ぐ聖域サンクチュアリ!!」」


 突如、オークの絶叫が途絶え、世界から音が消えた!

 っ!耳が静寂で痛い!

 混乱と血生臭さと恐怖で、凄まじい吐き気に襲われる。

 

 

 頭を草にこすりつけ、吐き気にもだえながら、目だけがを認識した。

 無音のオークは突っ込む勢いそのままにに弾かれ、弧を描き彼方へ吹き飛んでいく。

 

 はぁ、はぁ。

 

 私……光のドームの中に……いる?

 

 

 

 光まとう剣を下段に構え疾走する白い影は、迷いなく片手のオークをその間合いに入れた。

 

 すれ違い様の振り抜き。

 

 脚の腱を断たれたオークは、後ろへかしいでいく。

 

 白い影は、オークの背が地に落ちる前に一転、無慈悲に剣を頸元くびもとへ当てる。

 

 たおれる怪物は、剣に自からくびを沈めていった。


 ほとばしる赤。

 

 脈動する巨体。

 

 次第にその動きは弱くなっていった。

 

 一方、彼方にはなりふり構わず走り去るもう1匹の背中がある。 

 

 

 

 油断なく血濡れの剣を構え、肩で激しく呼吸を繰り返す白い人影。

 

 その足元で、完全に動かくなったと湿原を塗りつぶした赤が淡く発光しだし、徐々にその存在を薄く世界に拡散させていった。

 

 刹那の攻防が残したのは、陽光に輝く宝石のような一粒。

 

 光刃の剣士は辺りを見回し、やっと構えを解いて剣を手から離す。

 

 瞬間光となって消える剣。

 

 私の世界に音が戻ってくる。

 

 小鳥のさえずり。

 草花が風にこすれ合う音。

 戦いを終え緊張が解けた吐息。

 

 まるで天使が舞い降りてきたみたい。

 背まで伸びた逆光に映えるシルクのような銀髪が、高原の風に揺れ小さな羽に見えた。

 多分私よりも背が小さい、小顔の……女の子。


 現実離れしすぎて、まるで無声映画の中のような錯覚に陥る。

 

 銀髪の少女は手が届くほどの距離まで近づいて来て膝をつき、蒼く透き通った目を合わせてくれた。

 

「んっ、……はぁ、遅くなって……、ごめんなさい。お怪我は……、ありませんか?」

 


 心配と申し訳なさと労わりと、そんな感情を顔一杯に載せて途切れ途切れだけど声をかけてくれた。

  

 うあぁぁぁぁ!

 

 ドラゴンでも妖精でもオークでもない!

 人間だよぉぉぉ!

 

 気が付けば、返事をする代わりに震える体を無理やり動かしてしがみついてた。

 まだ肩で息してて、呼吸が速くて、……人の温りを感じる。

 

 

 怖かった。

 泣いて、絶望した。

 喰われるかと、本当に死ぬかと思った。

 

 

 震えがなかなか収まらない。耳の奥がまだ痛い。

 だって私、生きてるから!

 

 

「あっ、あのっ! ちか、いっ…………」

 

 

 何か言ってるけど構わずそのままホールド。ガチホだっ。

 私、大泣きしてるんだけどね、声が出ないの。

 高い声の息だけ吐いて泣いてる。

 絶対に顔もヒドイに決まってるよね!

 ドラマみたいに綺麗に泣くのって難しいんだなぁ。

 

 

「………………、もう、大丈夫ですよ」

 

 

 とっても澄んだ鈴の音のような声で優しく抱き返してくれた。

 

 背中をトントンしてくれる。

 え~ん、涙が止まらない。

 ヒドイ顔がよけい復旧不可能になっちゃうよ……。

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