第二投 スケッチポイントでこんにちは

「コォーン、コォーン」


 心地よい、不思議な音。

 教会の鐘の音が聴こえる。本物は聞いたことないけど。

 

 霧雨かな? 水滴が肌に纏わりつく湿った感触。

 私、大の字で仰向けになって倒れております。

 全身を意識してみる。痛めたところはなさそう。ほっ。

 

 目……開ける?

 アニメだとガバッ起きて「ここはどこ!?」ってやるけどさ、実際自分がなってみるとなかなか開けられないものだよ。

 どこに飛ばされたか、現実を知るのが怖いっていうかさ。

 でも開けないわけにはいかないので、そーっと……。


「知らない天井だ」

 

 すみません。

 人生で言ってみたかったセリフのかなり上位にあったので、ここぞとばかりに口にしてしまいました。

 ちなみに数分前から用意してました。

 

 ぶっちゃけ天井なんて無くてね、空が見えるんだ。

 雲に手が届きそう。それにしても凄い速さで流れていくね。

 雲の切れ間から朝陽がさしてとても眩しい。

 

 異世界、なのかな? ここ。

 それにしても……、飛ばして地べたにポイッて、16歳の女の子相手に扱い酷くない!?

 レディの扱い勉強して下さい!

 

 ふぅ。とにかく、ここは紛うことなき異世界だわ。

 だって今、太陽の近くを音もなく高く飛んでるアレ、ドラゴンだよね……。

 人間を食べるんだっけ? 食べないんだっけ?

 身を隠したいけど、何もない。

 私ができることは緑の草原と一体化して、『高原植物えくすこたん』になることだけだった。

 

 

 

 あぁ、モタモタしないで早く起き上がればよかったよぅ!

Fantasficファンタスフィックのトップイラストレーターが描く絵画のような湿原にいたなんて!

 

 後ろを見れば、遠く高い所に滝が見えるんだけど、滝壺が無いの! エンジェルフォール!

 その奥の山々が、これまた高い! エンジェルフォールを見下ろすほどに。

 

 新緑の山、高みより落ちる滝、水面に映える高くて青い空、春色の絵の具を撒いたような湿原、鼻をくすぐる草と花の甘い香り……。

 全部全部、今まで私が感動してきた景色の美しさを超えた。

 

 花が揺れてる……。

 うそ! ほんのり光る半透明のふわふわしたもの……あれって妖精よね?

 瞳がついていかない。どこを見ればいいの? 幸福感でパニックだよ!! 宝石箱をひっくり返したみたい!!

 

 思わず近くに落ちていたリュックから、愛用のスケッチブックとペンを取り出す。

 しばらく我も忘れて、ここが異世界だって事も、ドラゴン飛んでたのすらも忘れて必死にペンを動かした。

 

 

 

 どのくらいスケッチブックに向かっていたかな? 集中すると時間を忘れるのは悪い癖ねー。

 一息ついてスケッチブックから顔をあげると、あれだけいた妖精達の姿がない。

 

 ……ビチャ。

 

 後ろを振り向く。

 

 「ひっ」

 

 目が合った。


 ……オークさん、こんにちは。

 お、お、お邪魔してます。


 10mくらい先にいた。

 沼を潜ってきたのね。

 

 背丈は優に私の倍以上。

 腕の太さは私の胴回りくらい。棍棒とか武器は持ってないけどそんなもの必要なさそうね。

 体中、泥に濡れた剛毛に覆われている。

 体重は何トンかな。でも走って逃げ切れる気なんてこれっぽっちも湧いてこない。


 下顎から上に向かって生える鋭い牙が2本。

 私、多分あれに喰われて死ぬの。


 お母さん……、お母さん……ごめんなさい。


 喰われてすぐに死ねるならまだマシなのかな? そんな考えができるうちは、まだ余裕があるのかな……。

 

 

 ……ビチャ。

 

 

 一匹だけじゃない! 少し離れた沼から這い上がってきた。

 

 二匹のオークがゆっくりと、確実に、獲物を逃がさないように、二足歩行でジリジリと包囲網を狭めてくる。

 

 もうダメ。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!!」

 

 

 咆哮。


 息が止まる。


 体が一瞬で硬直して、耳の奥には激痛が走る。

 

 平衡感覚が無くなり、世界が揺れる。

 

 目からは涙が溢れて、瞬きすらできない。けれども、目が離せない。

 

 結局オークさん的に私まであと一歩というところに来るまで、指一本動かせなかった。

 

 かろうじて魂が悲鳴を上げる。

 

 「あ、あぁぁ、た、た、たす……」

 

 

 タスケテ……。

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