第十二投 魔術デビューしたです~
皆さま、おはようございます。
爽やかな朝ですね。
私はエクシア・スコールズこと、通称えくすこたん。
16歳の誕生日に異世界へ飛ばされるというビッグサプライズから一夜明けまして、私も昨夜の涙を最後に心機一転、素敵な朝を迎えようと思ったのですが……
わーーーん! まぶたが腫れすぎてるよー!
エクシア史上最高の盛り上がりっぷり。
ガチャ○ンじゃん!
それかあれだ、漫画で目が「3」って書かれてるキャラ!
いずれにせよ、乙女の危機だよぅ。
まぶた冷やしたい。けどこの部屋、水が出ない。冷蔵庫もない。
お母さーんって一瞬助けを呼ぼうとした自分に気が付いてちょっと涙目。だから悪化するから泣いたらダメだっつの。
絶望してドレッサールームの鏡に顔をゴッてしたんだけど、鏡が一番この部屋で冷えてるっていう。しばらくまぶたを押し付けて冷やすことにした。
コンコン。
「おはようございますです! もうすぐ朝食の用意ができますです!」
受付のミーナちゃんだ!
迷ってる暇はない。藁にもすがりたいんだから。
そっと扉を開けて、隙間から顔の半分を出してみる。
ぬっ。
ビクーーーーッ!!
ミーナちゃんのちょい垂れ耳が真上に逆立った。
「そんな……ア、アーシャ様の大事なお客様に誰がこんなひどいことを……」
あれ?みるみる涙目に?
「申し訳ございませんでした! こんなアンデットみたいな目になるまで……。支配人を呼んできますー!!」
ちょまーーーっ! は、速いっ! 行かないでーーーっ!
見られたくないの! 誰にもっ! ってかアンデットって、ヒドッ!
さすが犬っぽいミーナちゃん。走るスピードが速すぎて、追いついて部屋に入れるのが至難の業だったよ。
「見てて下さいです。とても簡単です」
ミーナちゃんは、バスルームの壁から突き出ている竜の頭を模したオブジェに手をのせて言った。
「お水出るです~」
竜の口から冷たいお水が勢いよく出てきたっ!
「止まるです~」
ピタッと止まった。すごい! すごい!
これでやっと冷やせそう。ありがとう。
「それは魔術なの?」
「そうなのです。ここ『刻の部屋』だけですが、魔術風呂が付いてますです! お湯出るです~」
温タオルも用意してくれるみたい。
冷と温、交互に当てるとまぶたの腫れが引くんだそうな。ミーナちゃん小さいのに物知りで女子力が高いわぁ。
「あの腕輪……、えっと、
「
お湯を止めたミーナちゃんは、もう一枚の温タオルを私の寝癖に当ててくれた。
ホントにいい子だよ、ぐすん。
ひと段落するとミーナちゃんは「食堂に来てくださいねです~」と片耳でおいでおいでして行ってしまった。可愛らしい笑顔から八重歯を覗かせて。
あんまり可愛らしいので、脳内トレースをしてしまったよ。
ミーナちゃんの絵をFantasfic《ファンタスフィック》に投稿できたら投げ錢いっぱいもらえ……じゃなくて、可愛くて絶対みんなびっくりするのになぁ。残念。
「お水出るですー」
一人見よう見まねで竜の口に手をかざして唱えると、わぉ、本当に出た。
なるほど。据置型
開くですーっ!
窓に手をかざして呪文を唱えてみたよ。他にも隠れ据置型
動くですーっ! 返事がない。ただのソファのようだ。
書くですーっ! 返事がない。ただのペンのようだ。
回るですーっ! 返事がない。ただのベッドのようだ。
はぁ、はぁ。目についたものをひと通りやってみたけど、全然反応なし。
「なぁんだ、バスルームだけかぁ。みんな全然動いてくれない」
叫んでたら喉乾いちゃったよ。
ソファにゴロゴロしながら、目の前にあるティーセットに手をかざしてみる。
「ポットさんや、ひとつ私にお茶でも入れてくれんかね」
なーんてね。
さてと、朝ごはん食べに行こうか……んん!?
ポ、ポットがカタカタ言い出してる。まさか、沸騰してる!?
あ! これは昨日、ブルーノさんがお茶を入れてくれたポットだ!
『……
そっか、あーちゃんが言ってたことはこういうことだったのね!
魔術はこの国の人々の生活に根差したものなんだ。
まさに生活インフラ。リアルに需要がある仮想通貨、強い!
じゃぁ、『隷属の首輪』は魔法具だっていうのはどういうことだろう。
魔術と魔法の違いって?
ぐ~~。
お腹が空いてこれ以上まとまらないや。とりあえず朝ごはん、朝ごはん。
「おはー、ミーナたん。今日も可愛いね」
忙しなく各テーブルを立ち回るミーナちゃんに、朝から笑顔で軽口を叩く人がいる。
ミーナちゃんは給仕しながら器用に笑顔と片耳ウィンクを返した。
「えくすこたんも、おはすこー」
彼の名はスヴェン。別名『黙ってればイケメン男』。
食堂で案内された私のテーブルになぜスヴェンさんがいるのか!
でも良かった。
もし4階にあがって来られてたら、全力で魔法少女気取ってる声を聞かれるところだった。
「どうした、えくすこたん。脂汗かいて。寝不足? 具合悪いの?」
「あ、いえ。何でもないです。ところであーちゃんも来てるんですか?」
朝の清涼剤、本物の魔法少女が見たい。
「いや、俺だけ。朝飯食いにきたのよ。ついでに君のお迎えー」
残念。そして私のお迎えはついでかいっ!
でも確かに次々と運ばれてくる朝食プレート、すっごく美味しそう。
厚切りベーコンのステーキに、太めのソーセージ。ジャガイモとコーンも添えられてる。
あとは焼き立てパンと新鮮サラダ、トマト水付きね。私の世界とほぼ一緒。十分です☆
まずはベーコン、いっただっきま~す!
ぱくぅ。
……あぅ、ショック……冷たい。
「待ちなって。ちゃんとこれやらないと」
スヴェンさんが私の耳にゴニョゴニュと小声で呟く。
「え? それホントですか?」
「ホント。本気でやってみ」
深呼吸をして、手に「気」が集まるイメージをする。
そしてその手をベーコンとソーセージが乗ったプレートの上にかざし、気を放出するするつもりで! 本気で! 気高く! 私は魔法少女!
「朝食、冷たくて、超ショックーーーッ!!」
しんしんと雪が降り積もるとき、外を特別静かに感じるのは、複雑な形をした雪の結晶に音が吸収されるからだってお母さんが教えてくれたっけ。
さっきまで賑わっていた食堂に冷気が漂い、静まり返り、食事中の方々の視線が氷柱のごとく私に刺さってきた。
ゴゴゴゴゴゴ……。
……やりやがったな、スヴェン。笑ってないで答えろ。返答次第では戦争になるぞ。
「怖っ。ごめんって。いやまさか、寒いダジャレ言うと皿の方が赤面して熱くなる、なんて信じると思わないじゃん?」
スヴェンさんは自分のプレートに手をかざして、普通にいただきま~すとか言ってる。それだけでプレートがジュージュー言い出した。
でも実際、私のプレートからもジューシーな香りが立ち上ってきてる。
要するに呪文はなんでも良かったわけ!?
「刻の宿は、プレートそのものを
「ピザ大会で盛大に
傷口をえぐる。
「言うねぇ、えくすこたん。どうぞ冷めないうちにお食べ、オーク肉。美味しいですよ」
「オーク肉ではありません~。メニューに仔羊ベーコンと書いてありました。字も読めないなんて可哀想ですね、フフフフ」
「それは失礼。慣れない子守に必死で見逃してしまいました。ハハハハハ」
険悪なオーラを醸し出すテーブルに、ウェイターさんが誰も料理の続きを運んでこない。
そこに1人の勇者が現れて、私とスヴェンさんの口にソーセージを捻じり込んだ!
「デザートお持ちしましたです! お食事は美味しく召し上がって下さいですぅ!」
勇者はしっぽを立てて、ぷんすこ仕事に戻って行く。
す、すみませんでした……。
「……ほぃひぃへふへ」(……おいしいですね)
「ほぃほんではら、はへりなはいよ」(飲み込んでから、喋りなさいよ)
「ひふんはっへ」(自分だって)
あれ?なんでスヴェンさん、私のハヒフヘ語を理解できるの?
「ったく、えくすこたんは俺の妹と同じ喋り方するな。女の子が行儀悪いぞ?」
スヴェンさんはため息をついてから、今度は大事な人を包み込むような微笑みを見せた。
なんか……、みとれた。
ド、ドキドキなんてしてないんだからね! あんなことされて、許したわけじゃないんだから! でも、さっきとのギャップ? 大人の男の人って感じの笑顔? に、ちょっとびっくりしただけだよ……。
「俺、予言できる。えくすこたんは服を汚す」
突然胸のあたりをビシッと指をさされて、またまたびっくり。
ちょうどまだ心臓バクバクしてたところだったから。
その拍子にのけ反って膝がテーブルにぶつかってトマト水が倒れて、う、うわぁぁ! キュロットがぁぁぁ!
ミーナちゃんがおしぼり持ってきてくれたけど、やっぱりトマト系は異世界になっても手強い。シミになっちゃったよぅ。
「んもぅ、エクシア。今日は魔術ギルドに行くのよ? 綺麗になさい」
急にお母さん!?
裏声でしゃべってくるあたり絶対バカにしてるし! 誰のせいでこぼれたと!?
悔しがってる私の服にスヴェンさんは手をかざす。
「今月
スヴェンさんの腕輪が光り出して、魔法陣が腕輪を中心にして現れる。
時間にして数秒。時計回りに光が満ちて、パッと光が手の周りで瞬いて消えた。
あ、あれ? 光と一緒にトマト水のシミも消えてる。
「ご気分もピュリファイできたようで」
スヴェンさんはそう言うと、「ふぅ、任務完了」と呟いた。
部屋に戻って荷物をまとめ、いよいよチェックアウトの準備をする。
今日は魔術ギルドに連れてってもらうみたい。異世界テンプレのあれが起きたりして。いや、冒険者ギルドではないから大丈夫かな。
心なしか気持ちが朝起きた時より落ち着いている。
もう大丈夫だと思ってたけど、私、まだまだ緊張してたんだね。
朝食の大騒ぎで大分心がほぐれたみたい。スヴェンさん、ありがとう。あーちゃんが傍に置くのも分かる気がするよ。
あぁ、そうだ。ミーナちゃんにもいろいろお世話になったなぁ。迷惑ばかりかけちゃったし。何かお詫びしないと……。
ロビーに降りるとスヴェンさんが待っていた。
「あの、ちょっと待っててもらえますか?」
受付に行ってミーナちゃんを呼んでもらう。
ミーナちゃんはしょんぼりした表情に耳をペタンと倒して、受付の奥から出てきた。
「先ほどは申し訳ありませんでしたです。出過ぎた真似を……」
あら、怒られると思ってるの?
「うぅん、こちらこそ迷惑かけてごめんね。それと朝、タオルありがとう。お礼になるか分からないんだけど、もらってくれるかな」
私のお礼はこれしかできない。
スケッチブックを1ページ破って絵を渡した。
とっても可愛いミーナちゃん。できれば『隷属の首輪』が外れてほしい。この世界の現実は厳しいみたいだけど、せめて……。
スケッチブックには八重歯を見せて大きく笑うミーナちゃん。両手いっぱいの花束を抱えてる絵を描いたよ。首輪は綺麗な花々で隠した。
気に入ってくれるかな?
「これ……」
ミーナちゃんがそのつぶらな瞳から大粒の涙をポタポタ落とした。
「お部屋に……、お部屋に飾るです~」
ニッコリと大輪の華のように笑うミーナちゃん。
一瞬、ミーナちゃんの持つ絵が花束ように見えたのは気のせいだろうか?
うん、可愛い子の泣き笑いに勝てるものなんてこの世にないね。
「いい仕事するじゃねぇか、えくすこたん」
私の肩にスヴェンさんがポンと手を、えぇぇぇ、泣いてんの!? もらい泣き!?
スヴェンさんは道を歩きながらもまだグシグシ泣いた。
宿の外まで見送りに来て、手を振るミーナちゃんがだんだん小さくなる。
空は快晴、魔術ギルド日和。私の足取りは軽い。
さぁ、今日から異世界生活、いよいよスタートだよ!
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