本論(6)高柱猫の懐旧「そんなあたたかな気持ちが自分のなかに生まれたのが歯がゆくて、だから僕はもう救われたんだって思ったのに――」
ウノもトランプも酒盛りも。
楽しかった。とても、楽しかった。めっちゃ、楽しかった。
げらげら笑ってさ。口汚い言葉で、仲よくしてさ。
アオハルだねこんなん、って笑い合った。青春、と口に出して言うのはどっかはばったかったんだ。
男だけのつきあいだ、って思った。
私は――僕は――俺は――、
自分の身体の性別が女だ、なんてこと、もうすっかり忘れてたよ。
わかんなくなってた。
酔っていたのは、酒だけじゃねえ。――雰囲気や、アオハルとかいうしょうもねえ毒素にもだよ。
……僕が、愚かだったことは、認めるけれど。
たぶんアイツらあのときフザけてババ抜きのときとか僕の指にふれたり、肩を組む勢いで身体を触ってきたり、ちっこいなあー、猫! なんて言って揺さぶってみたり、……信じてたんだ、というか疑う余地さえないだろあんなん、友達、なんだ、友達だって思ったんだ、男どうしの、僕の生まれてはじめての友達だ、僕はここでは女じゃないんだ、みんなとおなじ、同質なんだ、――ああこれからはやっていける、だなんてそんなふうに――複雑に言語化しなくたって、僕は真っ赤な顔で大口開けて、……実際には甲高い声で笑いながらあきらかに、そう、感じていたんだと思うよ、……ハッ、やなオンナ。
じっさいにはアイツらはそんときからモノをカタくさせて待ってたんだろなあ、ああ、ああ、――くだらねえよ、
でもな。
でも、俺は――。
……ああ。うん。いいや。
過去のことですね。そうですね。そうですよね先生。猫、ときどきわかんなくなっちゃうの、にゃあーん。いまさらね。あんなね。人間未満どもに対するね。むかしむかし、の感情をね。言ったところでね。にゃーん。そうですよっ、意味も価値もなーんもないんですよっ!
にゃんにゃん。にゃーん。……猫、がんばりますっ。
……アイツらが人間未満だということを暴くためなら。
そして、人間は、人間に生まれついただけで人間であるわけねえって証明してやるためなら――。
語ってやるよ。あの、地獄を。――人間よ俺サマに感謝しろよな。
十二時も回ってやっとこさ寝ようかってことになったんだ。と言ってもだれひとりとして寝る気なんかねーじゃねえかって俺は思ったし、じっさいにそのときそう発言した。するとほかのヤツら……けっきょくアイツらあと六人いたんだけどな、ソイツら目配せしてなあ、うん、そりゃまあそうだよなあ猫! ってみんなでニヤニヤしてやがったんだ。
はてな、って俺はなったよそりゃ。クエスチョンマークだ。でもそんなこと気にしてられるほど俺はシラフじゃなかったんだ。酒が入るとな、どうでもよくなる。細かいこととか、人間の心の機微とか。わかんなくなんだ。雑な自分のフレームでのみ世界を捉えようとしやがる。ありゃ、たしかに、麻薬だな。もしくはメンタルドーピングとでも言ってやろうか。
――じゃあそろそろなーって片づけをはじめて布団を敷きはじめて、
ああ、猫はいいよ、いいよ、めっちゃ酔ってんじゃんいまは休んでて、とか声をかけられてさあ、ははっ、すまんなあー、って右手を上げて笑った僕の笑顔はたいそうへなへなしてたんだろ、――気持ちわりぃ、
ボロの和室。
ほかにだれも、ひとのいない無人島の。小さな小屋の。――俺たちだけの。
酔って、壁に、座り込んでもたれながらな。
俺は俺のほんらい望んでいた牧歌的なフレームでヤツらを見てたよ。
平和。世界平和。
国立学府の、優秀な学生としてさ。
未来を担う、若者として。
そんなモノのために、人生を捧げるのも。
悪くねえかな、って。思ってさ。そんときには。……ホントにさ。
ちょっとだけさ、こう、ニコッとしちゃったの。
自然に、だよ。
そんなあたたかな気持ちが自分のなかに生まれたのが歯がゆくて、だから僕はもう救われたんだって思ったのに――。
……アイツが、な。
僕をグループに引き込んだ、あいつが。
……シロ、とでも呼ぼうか。
もう、人間だったころの名前では呼んでやらねえ。
そんな僕と、目が合って。
……シロは。
ニッカリ笑って僕に手を振った――まるで、これから生涯、いっしょに平和を世界平和を構築するためよろしくな、とでもい言うかのように。
僕は、くたびれた身体と充実した気持ちでひらひらと右手を振り返した、――思えばあのときシロはとっくに俺を犯そうとしていた、いや、後のことを考えりゃアイツはあんな爽やかな笑顔の下ですでに俺を犯しはじめていたんだ――。
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