本論(4)高柱猫の屈辱『こんなきれいな海なんだから、ここで食べりゃいいじゃん!』

 ……まあ、そんな感じでさあ、全員アホみたいにばじゃばじゃ海ではしゃぎまくってさ。

 おつむの足りない集団みたいだったなあ、なんかそーゆーその手の施設のレクリエーションだったのかよってくらいにさ、あ、……ああ、でもそうなのか本気でそうなんだもんなあ、そうか、……アイツらもともとおつむが足りないんだから保護者なり監督者なり、引率者いなきゃ駄目だったんだよ。ってなレベルで、はは、……いまさら言ってもなんにもどうにもなんねーんだけどさ。


 ただ、あそこにただひとりでもそういうさ、なんか最低限マトモな倫理観をもつヤツがいたらさ、……すくなくともあのときの僕の味方になってくれたんじゃないかと思うワケ、

 ……止めてくれたり……そうじゃなくてもさ、こう、あとで訴えるときに手伝ってくれたりとかさ。

 クズ。あいつらは、そのあとでだって人間じゃなかったんだよ。ああ。腹立たしい。――早いとこ、人間未満にしてやるよ。なあ……? 会場のみなみなさまがたよ。ここでだって、ほら、……十九人も、人間に足らない人間のふりしてた人間未満がいまーす。



 僕はそういう人間未満たちにだれにも助けられずブチ犯されたわけでーす。




 日が、暮れてさ。

 まあ海での青春ごっこは、終わって。


 でも、日暮れはみんなで見た。こう、さ、キレーな夕日がこれまたキレーな沖縄の、無人島の海に、吸い込まれるように落ちていくんだよ。すごかったなあ。アイツらの本性をまだ知らなかったし、俺、あのときはほんとうに感動してたんだと思う。ただただ、デカかった。壮大だった。太陽のサイズも、海の輝きも。デカくて、デカくて、……友人だと思ってたヤツらもそばにいて、言葉はいらない気がしたし、だから、俺は自分が女の身体をもってることなんか――ホントはささいなことなんじゃないか、って一瞬錯覚しかけたもんな。




 ああ。よかったよ。もちろん。――そんなセンチメンタリズムな勘違いに自分が汚染されてしまわれなくて。




 じゃあまあ晩メシにすっかって、アイツ、……大学でもいちばん最初に僕に話しかけてきたヤツが言った、

 俺さ、でもあんとき言ったんだよ。




『こんなきれいな海なんだから、ここで食べりゃいいじゃん!』




 ってさ――俺、あのとき間違いなく笑っていたと思う。あんまりにも、楽しくってさ。だってそんなん、はじめてだったからさ。だからさ。

 満面の笑みで。……アタマのおぼつかないバカ女みたいに。夕日の海なんか背景にさ。ああ。みたいにって。……ちげえよ、だからアイツらにはそう見えてたんだ。僕のこと。俺のこと。



 ……海がきれいだからここでごはんを食べたいわとかいう、劣等人種、女のもつ、女性器の臭いがむわっとしそうなどうしようもねえくっせえセンチメンタリズム、僕が、ほかでもない僕自身がさ、……そんな女に、アイツらにとっては、映ってたんだよなあ……。……ははっ。





 でもな。僕は、――僕は悪くない。

 いけないのは、いつだって、……あいつらだ……。





 ――だってどうしろっつんだよ。それがよ。俺がかりに女の身体で生まれついたことが悪かったって、いうならよ。

 そんなら俺なんも悪くねえじゃんか。

 それなのに、俺がぜんぶ悪いことになるじゃねえか。





 俺だって、俺だって、――俺だってさ。





 もし、自然な身体で生まれついたらさ。

 あるべきすがたで、生まれついたらさ。

 そうじゃなくってもさ、――技術が、もっともっと追いついていてくれて、ほんらいの男の身体になれるなら。そのためにカネが必要だってんなら、――俺は資本主義の奴隷になったっていいさ、ああ、ホントだよ、どころかなんの奴隷になってもいい――そんな技術をもつヤツがいたら、喜んでひざまずいて靴をお舐め差し上げてやる。なんなら人権さえ奪われてもかまわないね。ああ。そりゃ、嫌だよ? 俺にマゾヒズム性癖はねえもん。靴を舐めるのだって人権を奪われるのだって、ああ、ああ、あいにくそんな趣味はない。ふつうにきもちわりーし、屈辱ってモンを俺は知ってる。




 でも、でも、――でもな。






 ……それでも、女の身体でいるよりは、マシ。

 女として人間でいるよりは、俺は、奴隷でいいからちゃんと男になりたい。ホントなんだよ。考えすぎとか言うなよな。思われるのすらほんとうに嫌だ。思い詰めすぎって言うならよお、――その想像力のなさを根拠に僕はおまえを人間未満認定してやる。






 ……そうだよ。

 つらいんだ。いまも。

 ……勘弁してほしいんだ。

 胸。穴。声。背丈。……性別的身体特徴の、あらゆるすべて。

 自分の身体を意識するたび、あいつらにされたこと、

 ――のみならずそのとき自分がどんな声を上げたこととか、僕が痛くて苦しくてつらくて表情を変えたときにあいつらがオスの表情をもっとぎらつかせて俺に欲情しやがったりとか、きもちわりい、きもちわるくて、……やめてほしくて、それなのに、それなのに、――俺の身体はちゃんと受け容れやがった、受けつけたんだ、僕の身体は、あいつらの、……あんな男性器をさ、ちゃんと、きちんと、まるでホントの女みたいに、






 そんなこと。思い続けるの。生活レベルで、毎日毎日。

 ――地獄なんだって、わかります?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る