絶望論(3)かなえ

『……なにがよ』



 そのとき僕は、のしかかってくる親友、……すくなくともあのときはそう思ってた相手に向けて、ハハッ、ほんと、……笑っちまうよな、そんなふうに優しく、そうだよ、はーあ、……やさしーくな、声をかけてやったんだよ。両手さえ、回してな。あのとき、あいつの勃起がもっと硬くなったことに、俺は気づきゃよかったんだ。そんなことさえ気づかねえくらい、……あんときの俺は、ほんとうにお目出度かったんだな。まるで人間だと思えなかったくらいだよ……あのときの俺の目出度さといったらな!


 なにがよ、って言って、ふにゃふにゃのオンナの手を回すの。そんで、やさしーく、包み込んでやったのよ。なあそんなんアイツが興奮しかしないわけの立派な根拠にしかならねえだろ? なにがよとか言ってさ、僕はそんなん女言葉の気なんてまったくもってして、ないわけ。ないない、そんなのあるわけない。男性諸君、そのくらいのこと言うだろう、下手なサブカル文化じゃねえんだよ、なにがだよ、とか言うやつばっかじゃねえだろが。どうしたのよ、なによ、なにがよ……おら、そう言ったりすんだろ男? 僕だってそのつもりで言ってんだよ。そのつもりで言ったんだよ。

 それなのにほんとう、悔しかった。だって、俺のその言葉っていうのはたしかにさあ、――女の声で言えばさあ、なよなよとしなだれかかる女の言葉に聞こえんだろ?




 男が女がとかそんなんいまどき古いとか僕に向かってだけは頼むから言うなよな。わかってる、わかってんだよ。でもそれは僕の悩みの解決にはならない。なんにも。なーんにも、だよ! これからは男でも女でも真に平等な時代がくるんだろ、ってかその言い方だって古いような時代がくんだろ、知ってるよ、んなこと! 女の身体でも心が男と認められたら男の制服を着ていいんだと。だったら、だったらさあ、……無理やりセーラー服なんか着させられて女のコスプレされていた時代の俺にもそうしてくれよ。なあ、いますぐタイムマシンを開発してさあ、そういう技術を俺にくれよ、僕の役に立ててよ、そんなえらっそうな先進的価値観をつくれるゆーしゅーなみなさまがたならさあ、そんくらいできるだろ、できるんだろっ、なあ、だったらいますぐ俺のためにタイムマシンをつくれよ! 俺の過去をぜんっぶ男のものに変えてくれ! 本来の、あるべきすがたに、戻してくれよ、だって、……だってな、あいつら、ゆったんだよ、……言ったんだ、……俺のむかしの写真なあ、無理やりなあ、漁られてなあ、あんとき、……あんときだよ、あの地獄の沖縄んときだよ、そんでさあ、言ったんだよ、――おまえ、セーラー服似合ってたんじゃん、かわいい、とかゆって、殺す、……殺す、ぜったいに殺してやるあんなやつら!


 ……あー、はーい、センセ。なんですか、さっきから、興奮しすぎだよって? ……じゃあセンセが僕のためにタイムマシン開発してくれます? あるいは、時空を冒険してさあ、僕の恥辱の過去を書き換えてくださいよ。あ? できないって? だったら口出しすんなよ馬鹿かよ。あ、んーん、……すみませえん、ネコ、興奮するとお言葉遣いが悪くなられてらっしゃっちゃうの。きゃはっ。




 ……ねえ俺ってさあ、かわいいでしょ? かわいいよな。

 こんなピンクのフリフリ着たって似合っちゃうんだ。すんげえ美少女だよ。なんせアイドルネコちゃんさまだぜ? ――世界のやつらが嫉妬だ、嫉妬!

 だから俺はね死にたくなるんだよ。わかるう?




 ……その嫉妬、何百倍でもくれてやるよ。

 俺のこんな間違ったからっぽな容器がほしいならいくらでももってけ。

 その代わり、俺の願いをかなえてくれよ。




 単純なんだ。シンプルなんだよ。

 ほんらいのすがたのまま生まれつきたかった。

 セーラー服が似合ってかわいいんだなんて、言われたくなかった。




 友人を心配しただけのつもりが、その欲情を煽りたくなかった――どうしてそれだけのことを、カミサマホトケサマは、かなえてくれない?

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