真実の本論(2)人間基準点

 信用できないのは、わかる、わかるってば。いきなりそんなこと言われても、って感じだろ。俺はこれでも、常識があるからな。ちゃあんと、説得するために、持ってきたってば、データ、ねえ、そうですよねえ先生、にゃんっ。……いまから見せてやるからそれ見て、納得しろ。理解できねえ鈍いやつにも俺が特別に説明してやるから、理解したら、受け入れろ。

 俺の発想がどんだけいまの社会にいや、いままでの世界に必要とされていたのか――わかるはずだから。


 ……はいはい、先生。配り終わったか。

 それじゃあ、説明してやるから。



 有意なデータは取ってきたし、仮定の想定も繰り返したけど、本質となるのは単純な理論だよ。

 他人の権利を侵害していないか。他人に貢献しているか。

 人間と認められるのに必須なふたつの要素の基準を、それぞれ示したんだ――他人の権利の侵害をしていない程度の一定基準、つまり他人の権利を侵害している程度の一定基準と言い換えてもいいけど、その点を仮にXとする。そして他人に貢献している程度の一定基準を仮にYとする。

 XとYの交わる点Z――僕はこの点Zを、人間基準点、と名付けた。

 基準と同等程度もしくは基準より他人の権利を侵害していない、かつ、基準と同等程度もしくは基準より他人に貢献している、つまり人間だと認めるに値する存在の基準点だ――この人間基準点をベースに、僕は、人間であるか否かを決定していくことを社会に、世界に提案する。



 ……馬鹿にしてるやつらってさあ、人間未満にされたいのかな。

 そうだよ。そうだよな。笑うなよ。笑うのもわかる。そうだよな。おい、笑うんじゃねえよ。グラフって概念を習ったばかりの小学生でも思いつきそうだろ? ……だから笑うなよ、そういう態度なら、人間未満決定だから。あらざんねん、また人間未満が増えちゃいましたね。

 僕だって、どうしてこんな単純な理論をいままでだれも思いつかなかったのか、率直なところ不思議でならないんだよ。ねえ、先生。どうして、こんな、単純なこと、いままで人類は思いつかなかったんですかねえ――冗談だって済ませてしまっていたのかもしれない、……僕はこんなに本気なのに、アハハハハッ。



 本質をわかっているやつら。

 採用だよなあ、なあ、俺のこんな考え採用に決まってるよなあ。そうすると問題となるのはわかってる、基準をどこに置くか、だろ。

 そこにかんしてこそ、有意なデータを取ってきて、仮定の想定も繰り返したんだ。わかるやつらはいますぐ資料の十ページから百十一ページを参照してほしい。社会的に、人間と認めるべきではなかったはずの、――これまでの時代だから人間だと認められてきた人間未満たちのデータだ。

 彼らは社会からも、ろくでもない、とても人とは信じられないと思われながらも、人権を侵害されることは最後までなかった。彼ら自身がしばしば、他人の人権を侵しているにもかかわらず、あるいは、他人の生産する価値を食い潰しながら生きているとしても――だよ。


 そういった人間未満たちのサンプルを数千集めて、ふたつの観点でデータをまとめていった。ひとつには、彼らがいかに他人の権利を侵害していて、その権利の侵害がなければ社会にいかに有益だったかという仮定の想定。ふたつには、彼らがいかに他人に貢献していなかったか、彼らの生存のためのコストがなければ社会にいかに有益だったかという仮定の想定。

 彼らの害悪性が、経済的観点、歴史的観点、倫理的観点など――あらゆる観点から見て、社会にとって看過できないほどマイナスだと認められる基準。それが、点Xと点Yの基準の根拠となっている。


 人間未満には判明している時点でも二種類あるんだ。社会の権利を侵害する人間未満と、社会になんら貢献しない人間未満と。どちらも害悪に変わりない――僕にとっては個人的に感情的に前者のほうがゆるしがたいけれど、……研究を進めていくうちにわかった、後者も前者と同様に深刻だってことが。


 人間基準点はいまはまだ、僕の仮説でしかない。今後、まだまだ研究を進めて改善していくつもりだ。

 けれどベースとなるのは人間基準点のはずなんだ。



 新しい世界の社会の価値観のベースは――これまでだれか本気で考えていそうで考えていなかった、この、人間基準点という考えかたに、なる、なるはずなんだよ。



 ……みんなが、もやっとしていたはずだ。

 言い表せない、言ってはいけない思いを抱えていたはずだ。


 こいつは人間じゃないのに、って。

 人間と呼ぶのにとてもとても値しないのに、って――。




 ……僕はね。

 わかるよ、その気持ちが、すごく。




 僕を犯したあいつらはだって、人間じゃないだろう。あいつらが人間だなんて、そもそもがおかしい。あんなやつらを人間と認定している社会はおかしいだろう。

 こいつは人間じゃないのに、って叫びは僕はすごく、すごくわかるよ。



 僕はそういうひとたちの――人間たちの、味方でいたい。



 人間に値しない存在を、科学的手法で炙り出す。客観的かつ論理的に、筋道を立てて、公正に。その結果、人間に値しない存在はかならず、ほんとうに人間ではなかったと証明できるはずなんだ。



 そうだこれは証明だ、証明への試みなんだ。

 こいつは人間じゃないのに、どうして、ってもう独りでは悩ませない。

 けっして。


 みんな、みんなで認定してやるんだ――おまえは人間じゃない、って。

 ……俺がここにいるあいだ、人間未満って認定したやつら。

 俺はな、ただいっときの衝動や感情でおまえらを指さしたわけじゃ、ないんだよ、わかるか。


 そういう振る舞いをすることじたいが――人間未満ですって看板背負って歩いてるようなもんだって、ことなんだよ。おまえらな。……俺の考える社会が実現したら、もう人間未満、まっしぐらなはずだから。よかった、よかったなあ、――自分たちの本来あるべき立場にもどれて!




 あは、あはっ、……あははははっ。

 俺の、……僕の考えた人間基準点理論で、助けてみせるよ。

 証明してみせる。



 人間に、値しない存在はたしかに実在するんだって、突きつけてやる――そしておまえが、……おまえらがそうなんだ、と。

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