真実の本論(1)逆説的に、間違っているのは社会である

 ……ああ先生。わかったよ。わかってるよ。落ち着くよ、落ち着きゃいいんだろ。まったく、どいつもこいつも俺のこと、落ち着けだとか冷静になれとか言いやがって――おかしいのはどっちだってんだ。俺じゃないだろ。ほんとのほんとにマジでおかしいほうの、やつらだろ?


 ……ああ、はい、先生、進める。進めるから。

 ……ともかく。

 ともかくだよ。

 俺のされたことなんて、ともかく、って言うことができるなら、だよ、……そうさせてもらいますけどさ、先生。



 俺はだれにも救ってもらえなかった。

 間違ってるのは社会なんかじゃない。

 あいつらだ、絶対的に、あいつらだ。

 社会のせいになんかできないよ。どんな社会だってあいつらはきっと、僕を犯したに決まっているんだ。言い逃れしようがない。社会のせいになんかするべきじゃない。


 じゃあそうなればなにが間違っている?

 そうだよ。賢明な、聴衆諸君はもうわかったと思うけど。



 社会が、いまの社会構造が、間違ってるんだよ。



 人間じゃない存在を人間として扱っているから、人間じゃない存在にも権利が、人権が発生するし、人間かどうかを問うシステムさえ、ないんだ。そうなればすべての人間は――いや生物学的に言えばヒトは、出生した時点で人間ってことになる。

 俺を一方的に犯した上で恵まれた環境の暴力で殴るようなやつらであってもだよ。

 おかしくないか? おかしいだろ? せめて――そいつがほんとうに人間に値するのか審査するシステムくらい、あったっていいはずだ。


 みんなふつうに使うはずだ。人間以下とか、クズとか、ゴミとかいった表現を。みんなも心のどっかでは気づいてるんだ。人間に値しないヒトはいるんだって。でもうまく表現できないだけなんだ。なぜなら、現状、すべてのヒトはイコール人間だから。


 でもほんとは違うんだよ。人間、未満のヒトというのは存在する。

 そんなやつらのために、本来的に人間である、人間として認められるべき、本当の意味での人間が、本来もつ権利を侵害されるなんて――あってはならないはずなんだよ。



 ……なんですか、そこのひと。

 なにか言いたいことがありそうですね、にゃん?

 なんでも言っていいんですよ。猫に、なんでも言ってくださいね、にゃんにゃんっ。


 ……ああ。

 そんなこと。

 ……当たり前のことをお聞きになるんですねえ。

 まあいいや。答えてやるよ。そのために、先生にこんな場まで用意してもらったんだしな。


 ……俺はさ?

 そりゃ、ろくでもないよ。貧乏人だし。

 たいしたこともできねえしさ。貧乏根性のまま、ここまできちまったし。

 たぶんアンタみたいに裕福でも精神的に余裕があるわけでも、ないんだろうよ。


 でも、人を犯したことはないよ。

 人が人である尊厳を犯すまで、……人を傷つけたことも、ない。


 だから俺は人間だよ。

 他人の権利を、人間のもつ人権を、犯さない、……しょぼいけども当たり前に人間だよ。

 それどころかたまには良いことだってする。俺のきょうだいはだれが育てたと思ってる? 俺が育てたようなもんだよ。俺のバイト代は、あいつらの生活費にそのまんま吸収されていったさ。それに、私ね、これでもアイドルの真似事みたいなこと、やってるんですよ? みんなに癒しを与えています、感謝もします、これでけっこう人気だったり、するんですよっ?


 疑問があるなら俺のまわりにいる人間に判断してもらえばいい。

 高柱猫は人間ですか? 人間じゃないですか? って。

 きょうだいたちはきょとんとして言うだろうな、人間に決まってる、って。私のファンも言うと思いますよ? 人間に決まってるでしょう、って!



 ……それがふつうなんだよ。

 ふつうで、当たり前のこと。人間だったら。



 ……コイツは、人間以下、クズ、ゴミ。

 そんな表現を向けられてしまう時点で――そいつはすでに、人間に値しない可能性があるよな。



 だよな?



 だからね。僕はね。

 ほんとうにそのヒトが人間かどうか、客観的に確かに、確かめるシステムを開発したんだ。……ああもちろんわかってる、わかってますよ、言われなくたって言うから安心しろよ、先生がいたから成功したんですよねこのシステムの開発は。


 これから詳細なデータや根拠を見せますけれど。

 先に要点を言っておきます。人間であるかどうかのポイントは、おもにふたつに集約される。



 他人の権利を侵害していないか。他人に貢献しているか。

 このふたつを満たしていないと駄目だ。どちらかだけでも崩壊すれば、もうそいつは社会的な人間という基準に値しない。



 どんなに他人の権利を侵害しないお人好しであったって、他人に貢献していなきゃそいつはただの無能、社会のお荷物、クズだ。

 ……なあ、これはみんな、すんなり納得できるだろう。

 いま国家規模で金がねえよな。どうしてだ? 単純な話だ、金を産み出さねえ無能、あるいは社会のお荷物、あるいはクズが際限なく増えていったからだよな。

 そんなやつら人間として認めたくないってひとは多いんじゃないか。俺も、まあわかるよ、その気持ち。俺自身が貧乏人だったしな。なんにも産み出せねえ無価値な存在の怠慢っていうのも、充分理解してるつもりだよ。


 金を産み出せない。産み出す気もない。他人に自分の取り分を世話させる無能、あるいは社会のお荷物、クズなんて要らない。要らないよなあ。じゃあそいつらを一気に人間未満として認定してしまえば――どんだけ、スッとすると思う?



 ……なにも殺すって話をいましたいんじゃない。

 なんてことはない。努力させればいいんだ。

 人間かどうか判定して、人間の基準に値しなければ――基準を上回る立派な人間たちが、そいつらを指導してやればいいんだよ。



 いつまで経っても働かないやつら。なにかと理由をつけてひきこもってばかりのやつら。そいつらの面倒を見なきゃならないから、社会が圧迫されていく、せっかく有能なひとたちの産み出した価値が、どんどん、どんどん吸収されていく。


 そんな現状を変えるんだ。

 そんなクズどもを――クズではない本当の意味でのほんものの人間の力で、変えてやるんだ。



 それが、できる世界。

 かなう社会――すてきな社会だとは思わないか?

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