感情論(3)間違ってるのは社会ではない
僕は、言いたいんだ。そのことばっかり考えていたよ。犯されている瞬間から、いまこの瞬間に至るまで、絶えず、ずっとだ。
沖縄の無人島の暗い暗いボロ家でさ。
助けも望めず。
至近距離で。
臭いも、ひどくてさあ――。
僕はただ、あいつらの欲望にまみれながら僕は、自分の言いたいことがわかったんだよ。生涯で、はじめて。
こいつらは、間違ってる、って。
世界が間違ってるだなんて、生易しいものに思ってもらっちゃ困る。先生に教わったけど、社会モデルとかいうんだっけ? いまの主流の考えかたの、さ。なにかをやらかしちゃうひとがいても、そのひと個人のせいにしてはいけない、社会になにか問題があるのです、みんなで解決しまちょーねー、みたいな。ああごめんにゃさいっ、悪意あるかっわいーモノマネしちゃった、猫ったらもー、にゃんっ。
あのね、世界が間違ってるとかじゃ、ないんだよ。社会なんてものでもないの。違うの、違うのよ。間違ってるやつはね、間違ってるやつが、間違えてるだけなの。
そんなの、社会がかばう必要、ないの。それなのにどうしてみんな勘違いしてそんなゴミクズどもを人間としてかばっているのかにゃ、にゃん?
あいつらがな、間違えてんだよ。
なんだよ、社会のせいって。ふざけんなよ。
そもそも俺はあいつらを訴えんだってひと苦労なんだぞ。
どうしてだか、わかるか。おい。ここにいる、立場のある人間ども。
それは。俺が。なんの金もない、力もない、コネなんてあるわけもない、貧困地域の、貧乏一家の小娘だからだ。
なあ知ってるか。裁判起こすのにも、金が必要なんだよ。笑っちゃうよな。弁護士ってなんのためにいんの? 俺、法学で学んだんだぜ。弁護される権利。ましてや俺はな被害者だぞ、被害者。なにもカネのためにむちゃくちゃ言って訴えてやるようなどっかの国のどっかの頭脳弱者とは違うんだ。正当な訴えだぞ。――それなのにカネがいるってよあの野郎。成功報酬じゃないんですかっつってもな、いやいや嬢ちゃん、だなんつってな、うっせ、――うっせーよ、俺は中身は男っつってんだろ、したら性別にかんする医者の証明書もってこいとかよお、だから俺医者にも行けなかったの! わかる? わかるか? 俺はね、金が、ないの! 医者にかかるっつったって、その金が、ないの! あ? なんですか、ああ、はい、……はい、ひとことだけなら発言どうぞ、なんですか。え? いまはその手のやつも保険治療ができるだろう、って? あの。あのねえ。――アンタ、貧困ってもんなんもわかってねえだろ? 俺んちガキばっかで、食いもんにも困ってるって言ったよな? 食いもんに困るのになんで医者に行けるわけがあんだよ。医者に行く金があるくらいなら食パンまとめて買ってくるわ、――はあ? ――あのさあ俺ひとことだけどうぞって言ったんだけど。覚えてた? 知能だいじょうぶ? 人間未満になりたいでちゅか? ――で、まあついでにいまアンタが言ったことに反応してやるならよ、そんなこといまの現代日本にあるわけないってさ、おまえ、マジで、おつむが人間に届いてねえな? よし決まり。ねえー、せんせーっ、あのおばかなひともさあー、人間未満の対象にするからー、よろしくねえー、ねえっ?
と、いうわけで。
かわいそうな人間未満が、もうひとり、増えました、かわいそー。
あんなあ。わかるか? 保険だの福祉だのいうのは建前なの。もちろんそこに理想があるのはわかるよ。僕だって社会学を勉強した。機能している制度はきちんとしている。そこに異論を挟むつもりではないんだよ。
でもな、だから理想と現実はいつだって乖離してるってことですよね。理想は理想、それでオッケー。でもそういう理想がゆき届かないところだって、ぜったいあるわけ。で、それがウチみたいな環境なわけ。わかる?
裁判しようとすれば、カネがないと断られる。それ以前にそもそも、あいつらよいとこの坊っちゃんだらけだったからよお、圧力とやらがかかるんだよ、これがマジで。端金よこしてわかるよねってニコニコした数日後には、もう家に脅しかけてくんだ。そこらのヤンキーでもなんでも使ってよお。おかげでガキども大泣きだよ。それもほんとに現代日本の話なのかとか言うなよ。ぶち殺すぞ。
でさ。そういう醜悪な社会かんきょーに置かれていた僕はさ、これでも清廉潔白な人間として生きてきてさ、恵まれた境遇のあいつらはさ、立派に集団レイプ計画犯なわけ。
俺だって、なんども言われたよ。
関係者のクソどもにさ。
あいつらのせいじゃない、とかなんとかさ。
あいつらもあれで苦労があったんだ、とか。一流なんちゃらの看板をなんちゃらの跡継ぎがなんちゃらで大変だったんですよ、とか。ときには涙なんか流すやつもいてさ。なんだ、金持ちっていうのは、ああやってひとを洗脳してんのか? ぞっとしたぜ、その場でぶち犯したくなったね。犯せないなら、ああいう偽善者俺ぜんぶ人間未満にして、かわいがってやりたい。再教育してやりたいよ。
あのさ。
じゃああいつら悪くないわけ?
じゃあ、俺は、なんのために、犯されなければいけなかったわけ?
あいつらよりもずっと醜悪な環境で生まれ育った俺が。
ふざけんなよ。俺にはな、そうやって犯罪を犯したときにかばってくれる取り巻きどもなんて、ひとりも、いねえんだよ。家族だって犯罪者ってなればあっけなく俺のこと見放すよ。俺の家族はな、そういうやつらなんだよ。
俺が犯罪でも犯そうもんなら、あっというまに、逮捕だよ。コネなんかねえから、有罪だよ。はい、人生おしまいってわけ。ましてや俺の出身だ。メディアの格好のおもちゃになるだろうよ。これだから貧乏な子はだめねえ、とか、そういう教訓の格好の教材にもなるわけ。そういう声をかけてもらえるガキどもはそうやって俺のことを単なる教材としてごっくん、呑みくだすわけ。――良家のご子息やらはなあ、そうやって俺をずっとずっとずうっと、犯し続けるつもりなんだよ!
……もうあいつらの、名前を思い出す気もないよ。
ああ――死んじまえよ、あいつらは!
あんな記憶。……あんな、できごと。
俺はこれから一生、生涯――犯され続けるっていうのに!
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