絶望論(5)暗闇

 まっくらだった。

 そのあとは、まっくらだったよ。



 月明かりがすこしあったし、目も慣れてきていたから、多少は目は利いたよ。


 でもな。

 まっくらだとしか、言いようがねえの。

 どこもかしこも俺の心がまっくらだったの。


 だから光は見えねえの。

 海岸には、ちょっとあったはずだった、月明かりさえも――見えねえの。

 ……見えなくなっちまったんだよ。

 そこに、あるはずのものが――。



 波の音は、どっか遠くから聞こえてきたよ。

 はるか、はるか遠くから、だな。

 もう、異国ほど遠いよ。

 異世界だよあんなん。




 まっくらな、なかで、犯されて、波の音だけが聞こえてきやがんの――俺の心臓の鼓動より、ずっと、ずっと、……何倍もゆったりしたペースでな。

 憎らしかったよ、――波の音さえ、憎らしかった。




 あいつはねっとり俺を責めたよ。

 それはそれは、粘っこい行為だったさ。

 よっぽど、我慢してたんだろうなあ。

 俺のこと、ずっとむかしから、犯したかったんだろうなあ。

 いつからかなあ。たぶん、出会ってから、ずっと――。


 簡単にそう思えるくらいにはあいつは俺を隅々まで堪能してたよ。



 やめて、ってなんども言ったよ。

 言ったさ。

 助けて、とも言った。

 でもそう言うたびにあいつの興奮が増すことがわかるんだ。

 俺も男なんだから、そういうことはわかるんだ。

 俺のそういう甲高い、女とおんなじ声で、やめて助けてと言うたびに、あいつがもうどうしようもなく堪らなくなっちゃうこと、俺には、わかるんだよ。

 男だから。

 俺は、男だから。



 俺の言葉なんて意思なんて尊厳なんて、なにも聴いちゃくれなかったんだよ。



 俺は叫んだ。

 やがて叫びはじめたんだ。

 そうでもしなきゃ、助からないと思った。

 助けてほしかった。

 ああそうさ、そうか、……そうだよな、助けてほしかったんだよ俺は。

 あのときにはまだ希望をもっていたんだよ俺は。

 仲間に。

 他人に。

 人間に――。





 俺の叫び声を聞いたことでほかのやつらも起きた気配がした。

 一瞬、とても嬉しかったよ。

 これで、このまともじゃねえやつ、いや、――あのときは、いまいっときだけおかしくなっちまってるなんて、めでたいこと思ってたんだよなあ俺も、ほんとうに、……めでたかった、

 こいつを、あいつを、シロを――仲間たちがな、止めてくれるって思ったから。仲間たちって、ははっ、……はははっ、笑っちまうよな、愚か、愚かだよ、あいつらじゃないよ、あいつらなんてだってもともと人間じゃなかったんだからさあ、愚かっていうのは、人間に対しておもに使うの、だって愚かな犬とか愚かな動物とか、本気で言う? 言わないよね? 

 だから、愚かだったのは僕だよ。わかってます。ほんとうに、あのときの僕は、愚かでした――ケモノの理性なんて存在しないものをイデアルに焦がれて信じていただなんて!



 けれどもな、その気配が、なんかおかしいってことにも。

 俺は、比較的、すぐに気がついたんだ。

 なにせ、空気が動かない。

 ……嫌な予感がしたよ。





 それはあまりに粘っこくて黙ってられないような沈黙だったんだ――俺は、ふたたび叫んだ。……自分の甲高い声を、殺してしまいたいと、また思った。






 シロが俺の上で腰を振ってた。その動きは、ますます激しくなるばかりだった。荒い、呼吸をしていた。俺の、首もとの、寝間着に――まるでこれから首を絞めて殺人事件を輝かしい犯罪史に遺す大いなる小物みたいに、手をかけた。





 ほかのやつらは、起き上がり。

 俺のほうに、のそのそときたよ。

 四つん這いのやつもいたな。

 やっぱり、あいつら、人間じゃなかったんだなあ。







 そして、全員で、なんだか神妙に服を脱いで、全裸になると。

 俺の服を、全員で、服を脱がしはじめたんだ。――笑っちまうな、やっすいバラエティかよって! あいつらの、きっもちわりい裸の身体だってよ、俺の、剥き出しになる女の身体の乳房だってよ、たちこめる、性交独特の臭いというのかな、なにもかもが、なにもかも、――ギャグだろ、あんなん!


 そうだよ、性質タチの悪いギャグだってな。

 そうじゃなかったら、こんなんは――ただの絶望だろ? とか言って、おどけて、俺はいつもみたいに、笑おうとしたんだけど――。






 そして、

 犯しは、はじまったんだ。





 まっくらななかで。

 これ以上、暗くなることなんかあるか、って。




 ……そういう、十八年間の人生だったのに。

 やっと、やっと、俺のための光を、……自分のためだけの光を、得たと思ったのに、





 どうして、どうして、どうしてだよ――俺には。……俺には。




 この世のいちばん隅っこのささやかな光さえ、……希望さえ、許されなかったと、いうのかな。あいつらが俺の乳房に素手でさわった瞬間、その手が、やたら熱くてなあ、俺は、涙が出た、そして――あいつらは、そんな俺を見て喜んでいた。

 喜んでいたよ。確実に。ケダモノなんて、そんなもんだ――。

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