続・山手線の女

 私は品川駅付近に住む作家。


 但し、誰も私が作家だという事を知らない。


 それくらい売れていないし、顔出しもしていないのだ。


 私はいつものように日課の散歩をし、午後三時を回った頃、品川駅の高架下に出た。


「おや?」


 道の先に若い女性が立っている。上から下まで黒尽くめだ。


 よく見るととても綺麗な方である。


 しかし、その佇まいは、何とも言えないほど奇異であった。


 何がそう感じさせるのかと考えてみたが、何となくとしか言いようがなかった。


 不思議な人だな、と思いながらも、ジロジロ見るのは不躾だと判断し、彼女から視線を外し、通り過ぎる時に軽く会釈をした。


「品川」


 その女性は不意に私の背中に向かってそう呼びかけた。


「はっ?」


 私は実は苗字が品川なのだ。呼ばれた気がして振り向いた。


 既知の人だったかと記憶の糸を手繰ってみたが、どうにも思い出せない。


「品川」


 それにしても失礼な人だ。どう見ても私の方が年長者なのに、呼び捨てにするとは。


「君、失礼だよ。年上を呼び捨てにするとは、どんな家庭で育ったのかね?」


 私はムッとしてその女性に尋ねた。するとその女性は表情を変えずに、


「品川の次は?」


と言って来た。ああ、何だ、私を呼び捨てにしていたのではないのか、と得心がいったが、それはそれで何とも奇妙な話だ。


「大崎だろう」


 私は女性に興味が湧き、ちょっと付き合ってみる事にした。


 それが大きな間違いだったと気づくのは、それから間もなくの事である。


「五反田」


「目黒」


「恵比寿」


「渋谷」


「原宿」


「代々木」


 私は山手線は今までの人生で数え切れないほど乗っている。


 だから、全駅言えるのだ。


 だが、この女性はどうしてこんな事をしているのだろう?


 やがて、駅名は終着に近づいた。


「浜松町」


「田町」


 女性が最後の駅を言って、山手線一周の旅は終わった。


「楽しかったよ」


 私は立ち去ろうとした。するとその女性は私の前に立ちはだかり、


「クイズに勝ち抜いた方には、賞状を差し上げます」


といきなり大きな紙を差し出した。それは高価な和紙で作られたもので、達筆な字で書かれた立派なものだった。


「あ、ありがとう」


 私は戸惑いながらも礼を言い、賞状を受け取った。すると女性はニッと笑い、


「それから、副賞として私とデートができます」


「えっ?」


 私は彼女にいきなり腕を組まれ、耳まで赤くなった。


 この歳になって、こんな若い女性に腕を組まれるとは思いもしなかったからだ。


 ちょっと変わった娘だが、美人だし、悪い子ではなさそうだ。


 私は彼女に合わせる事にした。


「どこに行くのかね?」


「決まってるでしょ、山手線三周の旅よ」


「……」


 彼女はけたたましく笑った。


 デートの行く末が思いやられる。


 私は逃げた方が良かったのだろうか?

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