弁当の女

 僕は高田馬場雄。


 非常に珍しい名前だと言われ続けて三十年。


 今はある大手企業の営業だ。


 今日も全く新規開拓ができず、打ちひしがれて、ある公園のベンチで休んでいた。


 お昼時なので、あちこちでランチを楽しむOL達がいる。


 あーあ。僕にも彼女がいたら、弁当作ってもらって、こうしてベンチに座って食べられるのに。


 いかん、妄想に耽ってしまった。


 こんなところにいると、ますます落ち込みそうだ。


 そう思って立ち上がろうとした時だった。


「ごめーん、遅くなって。待った?」


 そう言って僕の隣に座った女性がいた。


 見た目は女優の新垣結衣に似ている。


 ただ、歳はこの子の方が上だろう。


 誰かと間違えているのかと思い、


「人違いですよ。僕は貴女を知りませんから」


と言って立ち去ろうとした。すると、


「ひどーい! 遅れたから、そんな意地悪するのね。ひどーい」


と騒ぎ出した。周囲の目が一斉に僕達に向けられる。


「あ、いや、その……」


 僕はすっかり気が動転して、アタフタした。


「ほらあ、座ってよお」


 その子はニコニコして促す。僕はこれ以上騒がれても困ると思い、座った。


「はい、お弁当」


 彼女は、持っていたバッグの中から、Dキャラクターモノの図柄の弁当箱を取り出した。


「ね、これ食べて、機嫌直して」


「え、ええ……」


 何だか凄い展開だ。逆らうとどうなるかわからないので、合わせる事にした。


「はい、アーン」


 彼女は嬉しそうな顔で、タコさんウィンナーをフォークで刺し、僕に差し出した。


「あ、あーん」


 僕は顔が爆発するくらい恥ずかしかったが、口を開けた。


「はい」


 タコさんは僕の口の中に入った。


 おお! 信じられないくらい美味い。


「はい、アーン」


 次々に彼女は僕に食べさせてくれた。


 わんこそば並みに忙しかったのを除けば、嬉しい体験だった。


「美味しかった?」


 彼女は心配そうに尋ねる。僕は微笑んで、


「とっても美味しかったよ」


「やったあ!」


 陽気に飛び跳ねる彼女。子供みたいだな。


「お仕事頑張ってね!」


「あ、ああ」


 彼女は手を振りながら、走り去った。


 僕はすっかり呆気に取られて、しばらくそのまま動けなかった。


 一体彼女は何者?


 急に怖くなった。

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