山手線の女
俺は浜松町駅近くの会社に勤務している。
実に平凡な男だ。三十代、独身。彼女は三年いない。
そんな俺が、ある日の帰宅時、妙な女に出会った。
その女は、黒いベレー帽に黒いスカーフ、黒いセーターに黒いロングスカート、黒い靴と、黒尽くめの女だ。
容姿は美形に入るだろう。いや、間違いなく美人だ。女優の小雪がもうちょっと怖い顔になった感じ。
その女は、俺が駅に向かう時に通る路地にいた。
間が悪かったのか、周囲に俺しかいなかった。
何となく普通ではない感じだったので、目を合わせないようにして通り過ぎようとした。
ところが、女は俺の前に立ちふさがった。
「何ですか?」
つい、敬語で訊いてしまった。女は能面のように無表情なままで、
「品川」
といきなり言った。俺はキョトンとしてしまった。すると、
「品川!」
女は語気を強めて言った。それでも俺には意味がわからない。
「品川の次は!?」
遂に女は俺に掴みかかって来た。俺はようやく女の言いたい事がわかり、
「大崎?」
と探るように言った。すると女はかすかに微笑んで、
「五反田」
俺は逃げようと思ったが、女が俺に張り付くように立っているので、逃げる事ができない。
しかも、よく見ると奇麗な若い女性なので、ちょっとだけ付き合ってみようと思ってしまった。
それが間違いの元だった。
「目黒」
「恵比寿」
「渋谷」
「原宿」
「代々木」
「新宿」
「新大久保」
「高田馬場」
「目白」
そんな感じで、俺と女は駅名を言い合った。
しばらく進んで、
「上野」
女はニッとして言った。俺は次を言おうとしたが、度忘れしてしまった。
あれ? 上野の次は? えー、出て来ない……。あれー、どうしてだ? 上野まではよく行くのに……。
「五秒前」
女が腕時計を見て呟いた。は? 何だよ、それ?
「四、三、二、一、ゼロ。タイムアウト。失格です」
「失格?」
俺はまたキョトンとした。女はニヤッとして、
「残念だったわね、最後まで言えたら私とデートできたのにね」
「……」
女は高笑いをしてから、
「御徒町、秋葉原、神田、東京、有楽町、新橋、浜松町、田町」
と言い、立ち去ってしまった。
俺はデートできなくて、運が良かったのだろうか?
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