天秤座の女

 神田律子。天秤座のO型。


 いろいろとあった二〇〇九年もそろそろ終わる。


 律子は回想した。波乱に飛んだ一年を。


 可愛がっている猫のミーが、外で寒そうにしていた一月。


 律子は風が強そうなので、ミーを家の中に入れてあげようと思い、窓を開けた。


 不注意が服を着て歩いているような性格の律子は、窓のそばにある机の上にお茶の入った茶碗があるのを忘れていて、それを倒してしまった。


「あわわわ」


 大慌てで台布巾を持って来て、それを拭う。


「おお」


 そのついでに彼女は煙草の吸い殻で一杯のコーヒーの缶を蹴飛ばし、部屋中がニコチン臭くなってしまった。


「厄払いに行かなかったせいかな?」


 初詣を昨年からの風邪で諦めた事を悔やむ。


 そして、雪で酷い目に遭った二月。


 寅年の律子は、たくさん虎グッズを持っている。


 もちろん好きな球団は阪神タイガースだ。


 一月はお年玉で散財したので、お金がない。グッズも買えない。


 休みの日は家で大人しくしていようと思っていたが、突然の大雪で、旦那からお迎えコール。


 雪道を傘をさし、旦那の傘を持ってトボトボと駅に向かう律子。


「あ」


 途中本屋の前を通り、欲しい本があった事を思い出したが、そんな時間はない。


 諦めてまた歩き出す。


「べっ」


 その時、すぐそばを通り過ぎたトラックが、雪だまりを跳ね飛ばし、律子は泥の混じった雪を頭から掛けられた。


 文句を言おうにも、すぐに走り去ってしまったので、ナンバーすら見ていない。


「うう」


 風邪がぶり返しそうだ。それでも律子は駅に向かった。


 今日は温かくして寝て、明日病院に行こう。


 律子はそんな事を思いながら歩いた。


 そして、ミーに翻弄された三月。


 ミーの蚤取りをしてあげようと思い、毛をブラッシングした。


 大人しくしていないミーを何とか取り押さえ、しっぽの先までケアした頃、律子はヘトヘトになっていた。


 ミーは解放された嬉しさからか、部屋中を飛び回り、ありとあらゆるものを倒してしまった。


 律子は目眩がしそうになった。


 四月。長男の入学式。長女の入園式。


 もう少し考えて子供を産むべきだったとその時改めて思ったものだ。


 忙しさが半端ではなかった。


 五月。ゴールデンウイークなどまるで関係ない旦那の仕事。


 しかし、五月蝿い子供達はしっかり休みで家にいる。


 律子もカレンダー通りには休めず、実家に預かってもらったりして凌いだ。


 六月。梅雨は憂鬱になる律子。


 何か悩み事がある訳ではないが、何となく憂鬱なのだ。


 雨の日の子供の送り迎えも大騒ぎである。


 傘がない、レインコートがないと。


 いつも準備を怠らなければ何も問題ないのに、と母親に嫌味を言われた。


 七月。また恐怖の大王が降臨する。


 夏休みが始まると、普段以上に騒がしい家の中。


 我が子二人だけでも五月蝿いのに、何故か近所の子供達まで集合してしまう。


 長男は友達が多いので、とにかく家の中は凄い事になる。


 律子は毎日の片付けがとてもいい運動になっていた。


 八月。旦那の実家に里帰り。子供達は優しいおばあちゃんと会うのが楽しみだ。


 昨年は、義父が亡くなり、とても落ち込んでいた義母だったが、今年はすっかり元気で、律子の方が落ち込んだ。


 九月。運動会。体育会系の旦那は大喜びで参加。澄んだ空気の中、走り回っている。


 しかし、文科系の律子はあまり嬉しくなく、親子で参加する競技は全部旦那に任せた。


 走ると、確実に次の日起きられないからだ。


 十月。律子の誕生月。旦那は普段は素っ気ないが、誕生日と結婚記念日だけはしっかり覚えていて、毎年プレゼントしてくれる。


 律子はこの月に復活するのだ。でなければ、ずっと以前に離婚していたかも知れない。


 十一月。そろそろ窓ガラスをこまめに掃除しないと、結露が酷くなる季節だ。


 でも律子にとって十一月は、ボージョレヌーボーの解禁の月でしかない。


 後はもうどうでもいいくらいである。


 今年は期待できそうだ、という情報をインターネットで得ていたので、凄く楽しみにしていた。


 ところが、旦那が買って来るのを忘れ、離婚という言葉まで飛び出すほどの夫婦喧嘩になってしまった。


 そして十二月。旦那は忘年会が立て込んでいて、週末はいつも午前様、悪くすると明け方に帰って来る事も多い。


 律子も会社の忘年会には参加した。


 ところが、何が原因なのか、泥酔してしまい、二次会の記憶がない。


 誰に聞いても苦笑いをして教えてくれないし、部長が妙に優しいのも気になる。


 クリスマス。悲しい事に年末に近づくにつれて忙しくなる律子の会社。


 結局、クリスマスは仕事で遅くなるのが確定。旦那は休暇を取れたので、旦那の実家でクリスマスパーティになった。


 律子も仕事が終わり次第駆けつける事にしていたが、あまりにも遅くなってしまったので、そのまま家に帰った。


 そして寂しい一人鍋。独身時代によく味わった悲しさだ。


 大晦日。我が家の大掃除。旦那は大きな家具を移動する担当で、汗を流す。


 そんな中、律子は旦那の書斎の額の裏から、へそくりを発見した。


 中身だけ抜いて、封筒は元に戻す。


 後で気づいた旦那がどんな反応をするのか楽しみ。


 もちろん、お金は返答次第で全額返金するつもりだが。


 子供達がおばあちゃんの肩叩き券をまた作ってくれとせがむ。


 お母さんには苦労かけたから、今度は自分で肩叩きしてあげようと思いながら、パソコンを起動させる律子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る