百貨店の女
私は大塚紀和。五十代のサラリーマンだ。
すでに二人の娘は結婚し、家では妻と二人きり。
子供がいる時は、別に何でもなかったのに、いざ二人になると会話がない。
妻も私と同じのようで、食事の時以外、ほとんど話しかけて来ない。
かといって、夫婦仲が悪いわけではなく、週に一度は愛し合っている。
どちらかと言うと、妻の方が積極的だ。七つ年下だから、というのもあろう。
私は、そんな妻を心から愛している。
だから、不満はない。
そんなある日。
私は久しぶりに妻の買い物に付き合い、百貨店に行った。
妻は贈り物を選んだり、服を試着したりと忙しく動いていた。
私は、フロアの隅にあるベンチに腰掛け、そんな彼女を見ていた。
こうしていると、本当に幸せな気分だ。
その時だった。
「お客様、ご注文のお品、入荷が遅くなって申し訳ありません。只今、先方に問い合わせておりますので、もうしばらくお待ちいただけますか?」
いきなりそう言われて、私は驚いて声の主を見た。若くて可愛い女性が立っていた。
年の頃は二十代。下の娘と同じくらいだろうか、百貨店の制服を着ているので、従業員なのだろう。
「は? 何の事ですか? 私は何も注文していませんが?」
私は身に覚えがないので、この店員が勘違いしているのだろうと思った。
「大変申し訳ありません。できる限り急がせますので、お待ち下さい」
「はあ」
その店員はそう言うとスタスタと歩いて行ってしまった。
「何なんだ、あの子は?」
まさに「狐につままれたよう」だ。さっぱりわからない。
そこへ買い物を終えた妻が戻って来た。
「お待たせ。帰りましょう、あなた」
「あ、ああ」
私はあの店員の事が気になったが、待っている必要もないと考え、ベンチから立ち上がった。
「お客様!」
その店員が走って来た。私と妻は、ほぼ同時に彼女を見た。
「只今、ご注文のお品が届きました。お待たせ致しました」
彼女はそう言うと、私に大きな紙袋を渡した。
「巣鴨樹里ヘアヌード写真集、確かにお渡し致しました。ありがとうございました!」
彼女はそう言うと、深々とお辞儀をし、歩き去った。
中を見ると、本当に写真集が入っている。
あれ? この写真、さっきの店員と似てるぞ。
いや、似てるんじゃなくて、あの子だ。
本人? 一体これは……?
ハッと我に返ると、妻はいなくなっていた。
私はあらぬ誤解をされたと思い、必死になって妻を探した。
しかし、彼女はどこにもいなかった。
家に帰ってしまったようだ。
慌てて私も帰宅した。
キッチンのテーブルに、書置きがある。
「実家に帰ります」
ああ。何て事だ……。
そんな状態にも関わらず、私は写真集を取り出した。
間違いない。彼女だ。凄い写真集だ。本人から手渡されるなんて……。
ああ、代金を払っていない。これは得したのか?
いや、代金以上のものを失ったのだ、私は……。
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