梅雨の女

 律子はその日、傘を持って行かなかった。


 朝、出がけに見た天気予報では、日中は晴れ間が出るが、午後から雲が厚くなり、夕方にはところによっては雨になる、と言っていたのを見たのにも関わらず、である。


「天気予報なんて、当たらない」


 いつの時代を基準にして考えているのか、律子は頑として信じない。


 彼女が子供の頃に比べれば、天気予報は格段に進化しており、ピンポイントの予報すらできるのを知らないのだ。


 知っている事しか信じない。知っている事だけで生活しようとする。


 典型的なものぐさ人間である。


「あーあ」


 雨脚は強まるばかりだ。いつまでも会社のロビーで待っていても、期待薄である。


「傘がないなら、車で送ろうか?」


などと言ってくれる彼とは、先月別れてしまった。


「お前みたいなかたくなな女、もう懲り懲りだよ」


 そう言われた。しかし、自分を改善しようとは思わない。


 いや、自分が悪いと思わない。ウルトラ頑固なのだ。


 だから自分から「別れましょう」と言い、きっぱりと縁を切ってしまった。


 もう携帯の登録も削除し、律子的には彼はこの世に存在していない。


「よし、近くのコンビニで傘を買おう」


 そう思い、頭にハンドタオルを載せ、その上からショルダーバッグを傘代わりにして、会社の向かいのビルにあるコンビニに走る。


「あ……」


 しかし、世の中には同じ事を考える人間がたくさんいる。


 律子が到着した時は、どんな変な色でもいいからという、律子の淡い願いも虚しく、一つも残っていなかった。


 そこから、彼女の「傘探しの旅」が始まるが、三つ渡り歩いて、挫折した。


「何でそんなに傘を持たずに出かける連中がたくさんいるのよ!?」


 自分もその一人だという事を忘れて、律子は傘を買って行った「ものぐさ人間」を罵った。


 結局、軒下を進みながら、少しずつ律子は駅に近づいて行き、何とか終電に間に合った。


 電車を降り、改札に向かう途中、気になってトイレに駆け込む。


 案の定、髪はグシャグシャ、化粧もボロボロ、お気に入りのトップスはドロドロ、白のパンツもハネで無惨な事になっていた。


「傘を持って出れば良かった」


 そう思えればいいのだが、彼女は違う。


「何で天気予報が当たるのよ?」


 ここまで来ると、むしろ誉めたくなるほどだ。バカも大概にしろ、と言われそうである。


「だから、梅雨つゆなんて嫌いなのよ!」


 どうしても自分が悪い事を認めない律子であった。


 そして翌日も、同じ事を繰り返すのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る