カーナビの女
僕は代々木大作。
今日は原宿にある会社の営業で、東京を離れ、G県に車で来ている。
G県は公共交通機関があまり整備されていないため、車で行くのが一番便利だと言われ、ペーパードライバー同然の僕は、恐る恐る運転していた。
しかも、噂によると、G県のドライバーは非常に運転が乱暴らしいのだ。
そんな怖い話を先輩達にたくさん聞かされていたので、G県に着いてすぐ、僕は道に迷ってしまった。
「ここ、どこだろう?」
キョロキョロしながらノロノロと進んでいると、後ろからクラクションを鳴らされ、
「こらァッ、何モタモタ走ってるんだ、このスットコドッコイ!」
と柄の悪いオジさんに怒鳴られた。
G県は怖い。二度と来たくない。
そう思った。
あれ? 進行方向に、女性が手を挙げて立っている。
何だろう? ヒッチハイクだろうか?
僕は車を停めた。
「どうしたんですか?」
よく見ると、可愛い人だ。タレントの皆藤愛子に似ている。
ただ、上から下まで黒尽くめの服装が気になる。
葬式の帰りなのだろうか?
「すみません、この先にある斎場まで乗せて行ってくれませんか?」
あ、やっぱり。葬式に行くのか。
「え、いいですよ」
僕はあまり深く考えずに返事をした。可愛い人だったから。
「ありがとうございます」
その人は会釈をしてドアを開き、助手席に乗った。
いい匂いがする。僕はボンヤリしてしまいそうだったが、
「僕、G県に来るのが初めてなんです。道を教えて下さい」
とお願いした。その女性はニッコリして、
「わかりました」
と答えると、正面を向く。
そして、素っ頓狂な声で言った。
「コースを、選択、して、下さい」
「は?」
何を言い出すんだ? 何の事だ?
「一般道を、優先。高速道路を、使用する。高速道路を、優先」
「はっ?」
僕はキョトンとしたままだ。するとその女性は僕を見て、
「三つの、どれかから、お選び、下さい」
「あ、はい。では、一般道優先で」
「了解、しました」
女性は前を向いた。
「この先、三百メートルを、左折、です」
ぶつ切りに喋る感じが鬱陶しい。
「はい」
それでも僕はその言葉通り、三百メートルほど走ったところで左折した。
「この先、五十メートルを、右折、です。車線を、変更、して、下さい」
「は、はい」
何となく、本当にカーナビの声に聞こえて来た。
「この先、百メートルを、左折、です」
「はい」
やがて車は突き当たりに出て、進めなくなってしまった。
「あのォ、行き止まりなんですけど」
僕は少し苛ついて女性に言った。すると女性は前を向いたままで、
「データを、更新、して、下さい」
「はっ?」
僕はイラッとしながらも、尋ねた。
「どうすればいいんですか?」
「キスを、して、下、さい」
「……」
何だ? 何かの罠か?
僕は躊躇った。これは絶対やばい状況だ。
どうすればいい?
すると、その女性はまた僕の方を見た。
「データを、更新、します」
「えっ?」
ガバッと抱きつかれ、僕はその女性に激しいキスをされた。
「……」
何もできず、何も言えず、僕はされるがままでいた。
舌まで入れられてしまった。
「更新、完了、しました」
女性はニッコリすると、サッと車を降りた。
「ありがとうございました」
歩いて行く彼女の後ろ姿を、僕は呆然として見送った。
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