18話 白い鱗

「所詮は人間……か。これほどまでに使えないとは」


 冷たい視線を向けながら輝血かがちは、一信を見ながら吐き捨てるようにそう言うと竜の方へと歩いていく。


「こんな姿になってしまって可哀そうに……。今、妾がこいつらを片付けて新しい憑代を見つけますからね」 


 輝血は、目を閉じて力なくうなだれている竜に寄り添い頬ずりをして立ち上がる。

 そのまますぐに般若のような形相になると前傾姿勢を取って床を蹴ってこちらへ翔ぶように向かってきた。


「おのれ……くだらぬ人間共め! そしてそこの異界の者! 人間に肩入れするお前が神でも鬼でもその首とってしまえば同じ骸! お前もそこの人間共もまとめて竜神様おっとの栄養にしてくれる……」


 アシュタムは、そんな輝血の攻撃を二度、三度ひらひらと躱して距離を取ると、体に巻きつけていた布を取り去り、輝血の方へ放り投げた。

 薄くて美しい布は大きく広がり、輝血の姿が見えなくなる。


角なしにんげんも……そう悪いものではないぞ」


 アシュタムはぼそっと呟くようにそういうと、腕に乗せていた金襴きんらんを思い切り振りかぶって、そのまま輝血の方へ金襴を投げるように腕を振りぬいた。

 金襴は短刀を携えて放たれた弓矢のようにまっすぐ輝血の方へと向かっていくと、アシュタムの投げた布を切り裂いて輝血の前に躍り出た。


「っな!?」


 驚いて体を仰け反らせた輝血が、体勢を整える前に金襴は彼女のその白い喉元に短刀の刃を入れる。アシュタムが魔法をかけているのか、その短刀の刃にはさっき見た時と違って真っ赤な炎が宿っていた。

 あっという間の出来事だった。金蘭さんの目の前にいる輝血の首にパックリと開いた傷口からは血が噴き出していて、輝血の鱗で覆われた白い肌と、金襴さんのやわらかそうな肌を濡らしていく。


「アシュタム様に気を取られ、人間を侮ってくれたことが幸いしました。おとなしくお眠りください、我が血の祖、我が家の呪い……」


 金襴さんは、短刀を素早く振って血を払うと、小さな白蛇の姿に代わって動かなくなった輝血にそう言って背を向けた。

 アシュタムの角の輪が金色の粉になって消えるのが見える。

 なんとなくわかってた。これで私とアシュタムも離ればなれになってしまう。私がした「部屋に戻りたい」って願いもかなわないかもしれない。

 でも、それでも彼が元の世界に戻れるのはいいことだ。彼にとっては。





【これでおわらせてなるものか】





 落胆と嬉しさで複雑な気持ちになっていると、とても低い声でそんな声が聞こえた気がして反射的に羅紗らしゃの方を見る。

 考えるより先に体が動く。

 バネで弾かれたゴムボールみたいに、私は羅紗の方へと駆け寄っていた。

 青白い光がまっすぐ羅紗に向かってる。なんとかしなきゃ。

 意識を取り戻している羅紗は何が起きてるのかわかってないみたいだし逃げられない。


「紬……!」


 寝ていたはずの巨大な竜の口から羅紗に向かって放たれた青白い光を受けて私は思わずその場に倒れそうになるのを羅紗が受け止めた。

 駆け寄ってきた金襴さんが私を支えてくれる。

 全身が焼ける様に痛い。息をするのもつらい。

 私、役に立てたかな……。


「お前……ボクなんかをなんで……」


 泣きそうな羅紗と金襴さんに抱かれて、痛みに耐えながら顔を横に向けると、アシュタムが巨大な竜の頭を剣で切り落としているのが見えた。

 アシュタムはそのまま怒ったような顔でこっちに向かってくる。

 おかしいな……封印も解けたし、喜ぶと思ったのにな……。

 私は、赤い刻印がなんとか見た手首の内側にはもうないことを確認する。もっといいタイミングで契約が終わってくれたらよかったのかな。


「……ごめんなさい」


「お前には怒っていない。話さなくていい」


「あのね、アシュタムは元の世界に帰れるけど……私にはまた両親あのひとたちとの日々が待ってるから……だから、せめて誰かを助けられて私の人生も終わる。それなら丁度いいかなって……」


 金襴さんは、心配そうな顔をしながら駆け寄ってきたアシュタムに私を手渡した。

 心臓も腕も頭もずきずきする。

 なるべく心配をかけないように笑わないと。痛いけどきっと私はなんでも大袈裟に受け取っちゃうから我慢できるはず……。


「……もういい。話すな。呪いを確認させろ」


 アシュタムは、私を抱えると、私の服を肩の部分から破いて傷跡を確認しているみたいだった。


「……呪いなのコレ。すっごい痛い……」


 痛みに悶えながらやっと見ることが出来た私の腕には鱗が生え始めてる。さっきまでの一信とか輝血みたいになるのかな……アレこれ学校いけないかも。お母さんになんて言い訳しよう……。

 朦朧としながら、金襴さんの心配そうな顔が目に入る。結局迷惑かけちゃったのかな。せっかくがんばったのに私はいつも余計なことしか出来ないみたい……。


「そんな……呪いをかけた側が消えても解けないなんて。浸食がどんどん……このままでは魔術師でもないこの子には耐えられない……」


 金襴さんはさっきから私の手になにかしてくれてるみたいだけど、感覚がないのか痛すぎてなにをされてるのかわからないのか、とにかくすごい大変なことになってるってことだけわかる。

 羅紗も泣きそうな声で何か言ってる。最初は嫌いだったけどなんか弟みたいだななんて思えてきた。

 でも、やっぱり私が犠牲になってよかったのかもしれない。

 アシュタムがいない世界で両親と生きるよりは私だけが死んでしまって、金襴さんと羅紗は無事で、アシュタムも元の世界に帰る。

 私なんかが迎える物語の結末としてはハッピーエンドの類だと思う。


 泣きそうな顔の金襴さんと、何か考えているような顔のアシュタムに私は痛みを耐えて精一杯の笑顔を向けようと頑張ってみる。


「私はもうどうでもいいよ。アシュタムは、早く……かえって……金襴さんも、羅紗もありがとう……」


「そんな……元はと言えば私が一家のことにあなたとアシュタム様を巻き込んでしまったのに。羅紗をかばってくれた上見殺しにしろなんて……そんな……なにか……」


「諦めるなよ。……ボクのためにお前が死ぬなんて嫌だ」


 金襴さんみたいなお母さんだったら私も家が好きになれてたかな。痛みでもう息をするのもつらい。体全体が熱いのに手足の先は冷たい変な感じだった。


「お前を連れて帰る」


「……え」


「お前は俺の恩人だ。仮初とはいえ今は主人だ。使い魔が主人を守れなかっただけでも恥ずべきことなのに、そのまま見捨ててはオレの生き様が誇れないものになる」


 私をお姫様抱っこして立ち上がったアシュタムは思わず聞き返した私の顔を覗き込みながら真剣な瞳でそう言った。

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