19話 王の凱旋
「どういう……」
私が不安そうな目をしたのが伝わったのか彼は、鱗にすっかり覆われて爬虫類みたいになった私の手を握りながら、さらに言葉を続ける。
「紬、お前は変わりたいと言っていたな?その願い、オレが聞き入れてやる。お前の生活を、世界をオレの手でしっかりと変えてやろう」
アシュタムの目は真剣だった。炎を閉じ込めたような瞳にやつれきった自分が映っている。
「お前をオレの大切な客人として迎え、専用の宮殿も作らせ見守っていてやろう。誰にも文句は言わせない」
アシュタムはそう言って私の唇にそっと自分の唇を重ねた。
私のふぁーすときす…!?!?!? と驚いている間に、アシュタムの顔は離れていく。
「無粋な真似を許せ。呪いを緩和させただけだ」
アシュタムのキスのお陰なのか、不思議と軋んでいた骨はおとなしくなり、痛みも呼吸がまともにできるくらいには和らいだ。
でも、心臓はその分ドキドキものすごい勢いで脈を打っている。
「あの……その……ファーストキス……」
「……数のうちに入れるな。お前が大人になった時まだ心変わりをしていないのならその時改めて口付けでもなんでもしてやろう」
痛みも引いたというか、それどころじゃないけどそれはともかく、なんとか一命を取り留めたらしい。
アシュタムに下ろされた私は自分の体を見回してみる。
さっきまでものすごい痛かった左手は真っ青な鱗にびっしりと覆われてるし、手のひらは大きくなって、立ったままだと膝くらいまで長くなった指からは、地面につきそうなくらいの長さの鋭い爪が生えている。
鏡がみたいけど、とりあえず大きな変化は腕くらいだった。それでも…これだと色々不便かもなーと、痛みがなくなって大丈夫だと言われたとたん急にのんきなことを考えてしまう。
「呪いはひとまずオレが止めた。金襴、表に出ている呪いを抑えるものはないか」
「はい。只今……」
駆けて行った金襴さんが持ってきたのは、金や紅い糸で鳥の刺繍がしてある綺麗な白い布だった。
それを受け取ったアシュタムは布を見回して何か納得したようにうなずくと、醜くなった私の腕にそれをクルクルと巻いていく。
仕上げに金襴さんの持ってきた金色の蛇が輪を作ってるような留め具でそれを止めると、不思議と布ごと腕の大きさは小さくなって右手よりも少し長いだけの大きさになっていく。
布は手袋みたいな形に変わった。布から少し出ている腕の部分からは鱗が見えるけど、これくらいなら目立たなそうだなって思った。
「この世界でお前と生きるのも悪くはない……そう言ったが訂正しよう。その儚い命が散るまで、オレにお前を見守らせてほしい」
そう言ったアシュタムは、私のことをまたお姫様抱っこして持ち上げた。
あ。本当に私この世界から消えるの? お母さんとお父さんどうするんだろう……でも私がいない方がいいのかな……。
現実感がない。こんなことに現実感を持てって方が難しいけど。
「し……幸せにしてくれますか?」
「少なくとも、
アシュタムはそう言って口角を持ち上げる。それがあまりにも美しくて、頼もしく見えて私は
「王の凱旋だ。ここは派手にいくとするか」
そう言ってアシュタムが目を閉じてなにか呪文を唱えると、赤い光が集まってきて巨大な光になり始める。
何が始まるのかと思ったらその赤い光は大きな真っ赤な竜を模した船に変わる。室内なのに船? と驚く間もなく、アシュタムは私を抱えて船首へと立った。
「……元気でな」
唐突に出てきた船に動揺することなく片膝を立てて跪いて頭を下げている金襴さんの横で、なんとなく複雑そうな顔をした羅紗は、そういって私に手を振った。
それがなんだか楽しくて、少しだけ寂しくて私は泣きそうになりながら羅紗に手を振り返す。
アシュタムが私を抱く腕に力を少し入れて、目を閉じてなにか呪文のようなものを囁く。長い睫が目の下に影を作り、形の良い薄い唇から低く心地よい音が聞こえてくるのをこんなに近くで聞いていて、私は急に異世界に旅立つことになったなんてまだ実感が出来ない。
船の甲板の上に現れた赤い半透明の体の人達が、鈴や太鼓を鳴らしてにぎやかな音楽を奏で始めると、次第に私たちが乗った船は真っ赤な光と金色のきらめく粒子に包まれて少しだけ地面から浮き始めた。
金色の光の粒子は水みたいに一面に広まって、船は少しずつ進みながら光に呑まれていく。
その光景はすごく綺麗で、なんとなく花火の真ん中にいるみたいなって思った。
私たちの船を呑みこんだ光が眩しすぎて目を閉じると、それからすぐに一瞬ふわっというか、ゆらっというか、ものすごい速いエレベーターに乗った時みたいな内臓が浮くみたいな感じがした。
驚いて目を開くと、地下のぼろぼろに荒れ果てた部屋はもう目の前になかった。
そのかわりに、私の目に入ってきたのは真っ青な空、褐色の岩山と濃い緑の自然、そしてものすごい大きい銅像がならぶ宮殿? 建物? がそびえる外国みたいなところだった。
大きな船は金色の粒子の波に乗って空を駆けていく。
「折角の凱旋だからはりきってしまったが、こんなに高いところから
アシュタムは優しい声でそう言った。
というか、そっか。こういう船はそんな頻繁には出さないんだ……とホッとしたような寂しいような気持になる。
なんとなくテレビで見たインドを彷彿させる景色を広い椅子に座って半透明の妖精みたいな人に扇で仰がれながら見る。
あ! 象がいる! 角が四本生えてるけどたぶん象。あと、カラフルな雀みたいなのがいっぱい飛んでる! すごい。
ゆっくりと旋回した私たちが降りた先は、近くに家もなさそうなのになんだか人がたくさんいる黒い大きな壁のすぐ外だった。
この人だかりはなんだろう……パレードとかするの? と呑気なことを思いながら私たちが船から降りる。
巨大な船は紅い粒子になって溶けるように消えて行った。
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