20話 異世界の救世主

「これはどういうことだ」


 船から降りて、周りを見回したアシュタムの物凄く不機嫌そうな声にビックリする。 

 なにがおきたのかわからなくて、アシュタムの視線を追うと、そこには金髪碧眼の美青年がいる。……あれ、この人夢で見た。ラートリシュ……って人だっけ。

 金髪の青年は、アシュタムの顔を見て朗らかに笑うけど、アシュタムは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべながら目の前の青年を睨み付ける。


「ずいぶん早かったじゃないか」


「ラートリシュ、これはどういうことだと聞いている。何故お前が我の軍を我が物顔で率いている」


「率いているも何も……今から連行されるところだけど、ね」


 ラートリシュがそういいながら両手を持ち上げて、手にかけられた頑丈そうな金属で出来た手枷を見せる。

 周りを見てみると、アシュタムに驚いているのか固まっている槍や剣を持った重そうな銀色の鎧で身を固めた人たちと、ラートリシュと同じように手を拘束されている頭に白い角が生えている鎧を付けた人たちがいる。

 白い角が生えた人たちは、アシュタムを見るなり地面に豪快に膝をついて頭を下げた。ザッという音がしたかと思ったら一瞬でその場にいたかなりの人が急に動いたのでマスゲームを見てるみたいだった。

 不機嫌そうな顔をしながら、ラートリシュを睨み付けているアシュタムに、一人の角の生えた男性が頭を下げたまま声を上げた。


「僭越ながら……ラートリシュ様は、アシュタム様がお留守の間、殺さずの誓いを守りながらも、この国のために尽力してくださいました」


 それを聞いたアシュタムは、ラートリシュを睨んだまま眉を顰めて不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 殺さずの誓いがなんなのかわからないけど、なんとなく口を挟む雰囲気じゃなくてとりあえず私は黙ってアシュタムの横に立っている。

 っていうか、私も異世界の言葉が理解できるんだ……よかったとちょっとホッとする。


「なるほど。これも貴様の予想通りというわけか……」


 アシュタムは苦々しい顔のままそういって、腰のベルトに引っ掛けていた剣を抜くとラートリシュに向かって振りおろすのを見て、手を拘束されてる人もそうじゃない人もギョッとしたのがわかった。私も驚いて思わず手で顔を覆いけど、すぐにほっとしたような周りの声が聞こえてきて、目に当てた手を恐る恐るどけた。

 アシュタムが振り下ろした剣で切ったのは、ラートリシュじゃなくて、彼の手の拘束だった。

 角がない人たちが慌てて槍や剣をこっちに向けてくる。ざわめきで一つ一つの言葉は聞き取れないけど、とにかくめちゃくちゃ殺気立ってるということだけはすごく伝わってきた。

 そんなさっきに満ちた雰囲気も、物ともしないでラートリシュは少女漫画の王子様とか、爽やかな炭酸水のCMに出てきてもおかしくないような涼しげな笑顔を浮かべながらアシュタムのことを見る。


「どういう心境の変化だい?」


「角なし共は全て愚かなものだと思っていたが、それは思い違いだったようだ」


 アシュタムの言葉に、角のある人たちは下げていた頭を上げて嬉しそうな驚いたような顔をしていた。

 その様子を見て、ラートリシュは剣を構えて周りを警戒しながらも微笑みを浮かべ続ける。


角ありオレたちも、角なしにんげんも共に歩んでいけるのかもしれない。……だが、その為にはまず、この私利私欲のために略奪を繰り返し、自らを危険に晒して我を封じた救世主の労いすら出来ぬ下衆どもの躾から始めるとしよう」


 そういって私を見るアシュタムは、とても優しい表情をしていた。なにか背負っていたものを下ろしたような、なにかをふっきったようなそんな顔な気がして何故か少しうれしくなる。

 アシュタムは、剣を持っていない方の手で私の右手を取って抱き寄せると、私の腰を抱いて額と額をくっつける。

 黒い彼の髪がふわっと私の頬を撫でる。


角なしの女つむぎ、オレと再び契約を結べ。それだけでいい。お前の命が尽きるまで、オレはお前のそばにいる」


「は、はい」


 赤い光が手首に集まってきて、再び私の右手首の内側には刻印が刻まれた。

 それを嬉しそうにアシュタムは撫でると、どこからか口笛が聞こえた。

 見てみると、ラートリシュがいたずらっぽく微笑んでいる。


「ここまで変わるとは予想外だな……。君のおかげだね。よろしく、異世界の御嬢さん」


 私に微笑みかけるラートリシュをアシュタムは面白くないといった様子で一瞬睨み付けて、私の腰に回した手に力を入れる。

 そのまま前を向いたアシュタムは、空いている方の手を上にあげた。

 掌の上に真っ赤な光が集まり始めるのを私も含めた全員が見つめている。


「平伏せ。そして崇め奉れ。我こそは炎の民を総べる者。魔なる力に愛され、猛々しくすべてを焼き尽くす業火の寵愛を受けた唯一無二の偉大な王……」


 アシュタムの手には太陽を間近で見たらこう見えるんだろうな……と、蜃気楼のようなものを揺らめかせた赤黒い大きな炎の球を見て思った。

 最初に学校で彼が元の姿に戻った時に作った火の球よりも何倍も大きなそれは、轟々と音を立てて球の周りを沸騰したみたいに火が踊っている。


「小人が鍛えた鋼鉄の鎧すらも溶かし、骨すら残さぬ紅鏡たいようの業火を身を以てして味わいたくなければ今すぐ兵を引け。我は今機嫌がいい。我が神聖なる黒壁の内側に踏み入った無礼も今なら見逃してやるとしよう」


 堂々とした王であるアシュタムの言葉に、私たちが姿を現したときは物凄く殺気立っていた重そうな鎧に身を包んだ兵士の人達は、武器をその場に落として一目散に立ち去って行った。

 すごい。こういうシーン映画とかでありそう……。


ふぅ……と一息吐きながらアシュタムが掌を閉じると、あれだけ大きかった火の玉は一瞬で消えた。

 そして私に回した手を離すと、そのまま難しい顔をしてツカツカとラートリシュの方に歩いていく。

 ラートリシュは、そんなアシュタムに身構えるでもなく、剣を腰に差した鞘にしまいながら彼に微笑んだ。


「……角なしの救世主よ。一先ず民を守ってくれたことには感謝しよう。まずは、我の不在中に戦った勇敢な戦士たちの慰労の宴でもするとしよう。宮殿にいくぞ」


 ワァーという角の生えた人たちのすごく大きな歓声と、アシュタムやラートリシュを讃える声がそこら中から響いてくる。

 それは私とアシュタムとラートリシュが、大きなダチョウみたいな鳥が引く車に乗って、黒い壁の内側に入ってから宮殿に到着するまでずっと続いた。

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