21話 炎の王と呪われた少女

「紬には異世界あちらでとても世話になりました。恩を少しでも返すためにも、この呪いを解くための手掛かりを探したいのです。 更に玉座を開けてしまうことになりますが、母上にどうか許可を頂きたく……」


 片膝をついてそういうアシュタムに、大きな金色の台座に赤い座布団みたいなものを敷いた椅子にくつろいで座っている褐色の肌の真っ黒な角を生やした高貴そうな夫人は優しい微笑みを浮かべて顔を上げるように言われる。

 宮殿につくなり、その奥のすごいやたら豪華な部屋に通された私たちは下げていた頭をやっとあげる。

 作法とかは全然わからないけど、なんとなくアシュタムの真似をしていたのは正解だったみたい……と胸を撫でおろした。


「私も、危機に瀕していたとはいえあなたを長い間この国だけに閉じ込めてしまったことは反省しています……。王というものは広い見識を持つものです。しばらくの間、王としての知見を深めるためにも世界を巡ってみることはよいことでしょう」


「食客として紅鏡の国に招かれた身。王の留守は私がしっかりと、王の母アンビカー様とこの国を守りましょう」


 穏やかな微笑みを讃えるアシュタムの母親アンビカーさんがそういうと、ラートリシュは頭を再び下げ、恭しくそう言った。


「我を封印しておいてよくもぬけぬけと」


「異世界への旅も、良き出会いに恵まれたようでなによりです」


「母上までそのようなことを……」


 思わず噴出して笑ったラートリシュをアシュタムは睨むが、アンビカーさんの一言に困った顔になるのが面白かった。

 罵倒するでも責めるでもなく、こうやってトゲトゲしない会話を出来ることが不思議だったけど、金襴さんと羅紗だけではなくて、アシュタムとアンビカーさんの様子も見て、私の親との違いを感じて胸の奥がキュッと痛んだ。


「紬と言いましたね? こちらに来なさい」


 急に呼ばれて思わず体がこわばるけど、アンビカーさんの優しそうな瞳に少し力が抜けた私は、ゆっくりと彼女の前まで行くと跪いて頭を下げた。

 そんな私に頭をあげるように言ってくれたアンビカーさんは、私のことを抱きしめる。

 アシュタムの服と似たような香りが彼女からもして、なんだか安心した私はアンビカーさんの顔を見つめた。


「私の愛し子を救ってくれてありがとう。あなたは特別なです。これからなにかあれば身分や出自を気にせず私たちに頼りなさい」


 アンビカーさんは私から体を離してそういうと、静かに力強くそう言った。それがうれしくて、親にだって頼りなさいって言われたことがないのにアシュタムもアンビカーさんも頼りなさいと言ってくれて、金襴さんも羅紗も私が私のせいで失敗したことにすら心配してくれることも思い出して感情と涙が溢れてきてしまう。


 ―おかあさんにもこんなふうにたよらせてほしかった―


 そう叫びだしそうになるのを耐えていると、体がふわっと浮いた。

 アシュタムが私を抱き上げていることに気が付いて恥ずかしくなりながらも安心する。


「行こう紬。オレの育った世界、お前にすべて見せてやる。お前の家となり、故郷となる世界だ」


 そういってアシュタムはアンビカーさんに頭を軽く下げると、そのまま宮殿の出口に歩き始めた。

 なんだか不安で急に怖くなった私は、アシュタムの胸にうずめていた顔をあげて、優しく微笑む彼の顔を見つめる。


「故郷……家……」


「心から安らげる場所を家というのだ。お前のいたアレは牢獄のようなものだろう。いや、牢獄の方がまだましかもしれないな……」


 細く長い指で私の涙を拭いながらそういったアシュタムの瞳には、戸惑っている私の顔が写っていた。

 そんな私に言い聞かせるようにアシュタムは、優しく低い美しい声で話を続ける。


「オレがお前の家になる。オレがお前の親にもなろう。最愛の客人としてもお前を、その命が尽きるまで愛すると誓った」


「でも、私……アシュタムはになにも返せない……。私にはなにもない……。地味だしブスだし、馬鹿だし……」


「向こうの価値観はよくわからないが、オレにとってお前は美しい」


「……アシュタムもお世辞なんていうんだ」


 少し冷静になってそういうと、アシュタムはムッとしたような顔をした。

 それからすぐに何かを思いついたような表情を浮かべた彼は、私の耳元に顔を近づけてくる。


「漆黒の闇のような色の、美しく艶のある緩やかな巻き毛、上品な厚みで形もよい桜貝のような麗しい色の唇、リスのように丸くて愛らしい鳶色の瞳……美しい曲線に彩られたその肢体……すべてが芸術的なまでの美しさだ」


「わ……はい。もう、大丈夫です……」


 囁くように歯の浮いた褒め言葉を言われた私が、真っ赤になった顔を両手で押さえると、アシュタムは満足そうな顔で微笑んで顔を耳から離す。

 そして、また優しく諭すような声でこういうのだった。

 

「紬はオレに、角なし共が皆愚かなわけではないことを教えてくれた。これからも教えてくれ。お前のことも、他の人間のことも……紬の生きる限りずっと」


 私の頭をゆっくりと撫でて、目を合わせながらゆっくり話してくれるアシュタムは、本当にお父さんみたいだなと思うと共に、これを両親あのひとたちからされたかったと、また涙が出てくる。

 アシュタムは、胸に顔を埋めてまた泣き始めた私を叱るでもなく「世話のかかる娘を持ってしまったな」と呆れつつも優しく笑いながら頭を撫でてくれた。


「さて、今からお前を驚かせたい。しばらく目を閉じていろ」


 愉快そうな声でそう言ったアシュタムの言葉に頷いた私は目を閉じて彼に抱き上げられる。 

 扉を開ける音が何回も続いてやっと彼の足が止まった……と思ったのもつかの間、そのままふかふかとした物の上に自分が置かれた。

 「いいぞ」と言われてやっと目をあけた私は思わず溜め息を漏らした。

 すごい広い部屋の中の、四角い柱がある薄い布が垂らしてある空間に自分がいることを認識して、それが俗にいう天蓋ベッドだということに遅れて気づく。

 よく映画とかで見てたけど、自分が実際にこんなものの上に座る機会があるとは思わなかった……っていうかなにこのベッドすごい広い。


 アシュタムがいるのを思い出して、さっきまで泣いていたくせに笑うなんて嘘泣きでもしていたのか……と怒られる気がして体を強張らせる。

 アシュタムは、私の様子に気が付いたのか私の横に腰を下ろすと、そっと私のことを抱きしめた。


「大丈夫。紬が嘘泣きなどしていないことは、両親あのものたちと違ってオレにはわかるから……」


 アシュタムのこの言葉は魔法ではないけど、まるで魔法のように私の体の強張りを取ってしまう。

 少し落ち着きを取り戻した私の頭を撫でながら、アシュタムはこういった。


「お前のその腕を治す旅に出る前に……まずは宴を開こう。 兵士たちのためにも、オレの凱旋も、お前のこの国での新たな誕生も全部祝う盛大な宴だ」

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黒犬の魔王と女子高生 こむらさき @violetsnake206

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