16話 竜の呼び声
「力を求めし小さき隣人よ 常世に息吹く千の眼よ 今こそ我に力を与えよ。大いなる力に虐げられし弱きものどもよ 星より多いその眼で全てを見通し喰らえ大いなるものを……!」
「そこで震えて眺めているだけなら、命までは取らないでやろうと思っていたものを……。身の程知らずの餓鬼共から始末してやるとしよう」
緑色の光が私を包んでいく。さっきまでモヤモヤしていた青い光はどこかに消えて一筋の真っ青な光が見える。
集まった緑の粒子は私の視線の先に集まり、地面の下へと続いていく。視界の隅では一信がすごい形相を浮かべながら近づいてきているけど、ここで見るのをやめたらダメな気がする。
アシュタムならきっと守ってくれるはず。だから私は私がすべきことをしないと……と必死で私は緑の粒子の行方を凝視した。
――グラララァァアァァ
突然、その場の全員が立ち止るくらいの轟音が響きわたった。
空気が揺れるくらいの大きな音と共に地面を抉って出てきたのは、頭だけでも天井まで届きそうなくらい巨大な竜の頭だった。
額に立派な金色の角を一本生やした蒼い竜は、自分の眼や鼻に緑色の光が纏わりついて、痛いのか不快感があるのか何度も鳴き声をあげ、そのたびに口を大きく開け閉めしている。
「見えた! アシュタム! 元の姿に……」
蒼い竜と一信が繋がっているのが見えた私はそう叫んだ。
その声で我に返って私たちの方へ拳を振り上げた一信が飛び上がるのと、私と一信に挟まれた位置で手を前に翳して半透明の盾のようなものを出した羅紗の間に眩い赤色の光が集まる。
その赤い光は、私にとっては安心できる見慣れた光だった。
「
元の姿になったアシュタムは、一信の繰り出した拳を両手で受け止めると、そのまま腕をつかみ、一信を放り投げる。
重いものが落ちるズシンという音だけ聞くと、彼は投げた先も見ないで私のことを抱きしめてきた。彼の服のお香のような甘い香りに安心して、私は彼の胸に顔を埋める。
髪の毛を撫でられて、彼の顔を見ると、アシュタムは顔を険しい表情で私を見つめていた。
「ご、ごめんなさい」
「いや、違う。謝るのはオレの方だ」
目を閉じると、彼の長い睫毛が影を落とす。
ゆっくりと切れ長の目が開いて太陽を閉じ込めたような赤い瞳で見つめられると、そんな場合じゃないのに胸がドキドキしてしまう。
「お前を不安がらせた挙句に一人にして、結局危険な場に巻き込んだ……。本当にすまなかった……」
そういって頭を下げた後、再び抱きすくめられて、彼の胸に顔が押し付けられる。
こんな風に心配されるなんて初めてで、少しは怒られることも覚悟していたんだけれどこんな風に謝られるとは思っていなくて少しだけ混乱する。
「お前はオレを探して無茶をするなんてこと、わかりきっているのにな。紬が無事でよかった……」
抱きしめる手を緩めてくれたのでやっと顔をあげると、ホッとした顔のアシュタムが見えて、よくわからないけど彼の頬に手を当てて私も頷いていた。
隣の方で金襴さんも羅紗を抱きしめていた。二人のお互いの困った気持ちと、ほっとした気持ちの混ざりあった顔を見ていると、きっと私たちと似たような話をしてるんだろうなってわかる。
「紬……一仕事終えたらゆっくり詫びさせてくれ。とりあえず、今は暴君となった
スッと凛々しい顔になったアシュタムはそういうと、振り返って投げ飛ばした一信がいる方向を見た。
一仕事終えて……ゆっくりする時間なんてあるのかな。あの竜を倒したら角の輪は一個になってしまうのに…なんてことが頭を掠めていく。でも今はとにかく死なないようにやるしかない。私はネガティブな考えを振りほどくように頭を左右に振って気持ちを入れ替える。
いつのまにか竜も鳴くのをやめて、学校の時計くらいありそうな丸い金色の目で私たちを見つめていた。
舞い上がった塵の中でゆっくり立ち上がった一信は、肩に乗った瓦礫を払いながら、竜の前に仁王立ちした。
カチャと音がしたほうを見ると、金襴さんが弓を引いて、いつでも一信に放てるようにと狙いを定めているし、アシュタムは、どこからともなく出してきた私の腕の長さくらいありそうな長くて広い刃の部分の曲がった刀を手に持っている。
アシュタムの刀は、柄の部分は銀で出来ているのか、身に着けている装飾品みたいに繊細な模様が彫られてるみたいで、武器なのにすごく美しい。
「ククク……鬼が犬に化けていたというところか。物の怪風情に竜の力が負けるものか」
――グラララァァアァァ
一信に呼応するように竜の咆哮したかと思うと、咆哮によって起こされた突風と鳴き声のせいらしい耳の痛みに耐えられない私と羅紗は耳をふさいで座り込んだ。
金襴さんも風を防ぐように腕を顔の前に
だけどアシュタムは一人だけ、竜が起こした突風すらも、着ている服を美しく靡かせるそよ風のようだと言いたげな感じで、いつものような悠然とした足取りでゆっくりと一信と竜の方へと剣を携えながら歩いていく。
竜は更に咆哮を続けると、今度は大人の拳ほどもありそうなの氷の
一つ一つの挙動の美しさと、神々しさに見とれていたのか、立ち止っていた金襴さんは、はっとしたように弓を構えながら自分も一信と竜の方へと向かっていく。
アシュタムが剣を振り上げ、一信はそれを素手で受ける。
鱗に覆われた体は剣も通さないくらい硬いみたいで、アシュタムが思い切り振り下ろす剣が身体に当たると金属同士がぶつかり合うような鈍い音が響く。
金襴さんが、戦う二人の合間を縫って竜の大きな瞳に矢を放った。
空気を切り裂くように一直線に進む矢が今にも竜に当たる寸前、竜は大きな声で嘶き、そこから強い光が放たれる。
「……まったく。羽虫共といつまで戯れているのです」
静かな声と共に現れたのは、鱗に覆われた真っ白い肌の女性だった。
その顔は金襴さんにそっくりだったけど、頭には鹿のような角が生えている。
白い着流しを来た真っ赤な瞳の女の人は、小さな口元に笑みを浮かべながら放たれたはずの矢を顔の前に持ってきて、それを片手で簡単にへし折った。
「申し訳ございません……
一信に輝血と呼ばれたその女性は、アシュタムと斬りあいをしながら、そう告げる一信を一瞥すると、懐から取り出した扇で口元を隠しながらアシュタムを見る。
それはぞくっとするくらい嫌な感じのする視線だった。
「なるほど、異国の神……か? これは所詮ヒトである帥には荷が重いかもしれんの……」
そう話しながら真っ黒な髪をなびかせて竜の目の前まで来た輝血が、竜の鼻頭を撫でると、竜は心地よさそうに目を閉じる。
「出来そこないが憑代とはいえ……妾も夫のために少し戯れでもするとしよう」
輝血がそういったと同時に羅紗は胸を押さえて膝をつき苦しみだした。
そんな羅紗に金襴さんはすぐに駆け寄って、苦しむ羅紗の背中を優しく擦ると、悔しそうな顔をして輝血を睨みつけた。
なんのことだかよくわからずに、ただ目の前の親子を複雑な目で見るしか出来ないでいると、金蘭さんに身体を預けた羅紗が胸を上下させながら苦しげな声で話しだした。
「……ボクの、魔術師としての使い道は……これだったみたいだ」
そう言って羅紗が指をさしたのは輝血だ。さっきは気が付かなかったけど輝血から出ている青い光が羅紗と繋がっているように見える。
金襴さんは目を見開いて輝血と一信を睨み付けるが、羅紗がうめき声をあげると、すぐ羅紗に視線を戻し、苦しそうな彼を抱きしめる。
「血の繋がった孫にする所業がこれですか」
「間引きし損ねた出来そこないの役立たずなど、すぐ殺してやってもいいものを、一信の血族だからということで妾のために有効活用してやっているのというのに……。感謝してほしいものです」
「羅紗は、私の愛し子は出来損ないなんかじゃない!」
ひらひらと扇を仰いで挑発してくるような物言いをする輝血の態度に金襴さんは怒ったのだろう。アシュタムに羅紗を預けると、風のような速さで輝血の元に向かい、懐から取り出した短刀を振り上げる。
輝血は、そんな金襴さんの渾身の一撃を扇でなんなく受け止め、そのまま大きく腕を振るだけで、金襴さんをあっというまに真逆の壁まで吹き飛ばした。
壁に叩きつけられて気を失ったのか、力なく床に倒れる金襴さんを見て輝血は目を細めながらアシュタムに視線を向ける。
「異界からの客人もいることですし、愉快な前座でも始めましょうか……」
真っ赤な薄い唇の両端を持ち上げた輝血は、そう言って扇を広げてみせた。
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