10話 寝物語のその前に

 ふと、思い出す。

 アシュタムと最初に会った日、彼が夢の中で魔王と呼ばれていたこと。


 確かに、元の姿は角も生えてるし、王様って感じだし、魔王って言われたとしても違和感はないのかもしれない。

 でも、私の知っているアシュタムはなんだかんだ優しくて、小さなことでも褒めてくれるし、(多分)嫌いな人種であるはずの私にも恩があったら返そうとしてくれたり、対等だと私にすら言ってくれるような人だ。

 そんな人が封印をされるってどんな理由なんだろうと今更気になってしまった。


 なんとなく聞くタイミングをのがしたまま夜になってしまい、私達は繭を見つけた大型スーパーへと足を運んだ。

 ここが早く閉まるお店でよかった。アシュタムのリードを引っ張り、静まり返ったスーパーの非常階段を上って行く。

 アシュタムが施錠された鍵の前で、聞きなれない言葉を囁くとカチャと小さく錠前は鳴り、見えない誰かがドアを引っ張っているみたいに、ゆっくりとドアが開く。

 アシュタムは開かれたドアを悠然と通り過ぎると、どんどんスーパーの中へと進んでいった。


「アシュタムって、義賊とうぞくとかしてたの?」


「お前は……。王たるオレを義賊ぬすっと呼ばわりするとはな。いきなりどうした? なにか拾い食いでもしたのか?」


「魔王ってなんで呼ばれてたのか気になって。いろいろ考えてたら口から疑問が出てました……」


 私がバカなことを言ってしまっても、呆れながら軽口を叩くだけで許してくれるアシュタムと魔王なんて言われていた彼は、やっぱり私の中では結びつかない。


「そういえば何も話していなかったな。……隠すほどのことでもない。今夜の寝物語にでも聞かせてやろう」


 そういってアシュタムは微笑むと、ゆっくりと前を向き再び優雅に歩き出した。

 私は、その後ろをゆっくりとついていく。

 夜のスーパーは、人がまだ残っているかと思ったけど思いの外しーんとしていて物音一つしない。

 もしかしたら、アシュタムがなにかしてるのかもしれないけど、それはまた今度聞けるときがあったら聞いてみよう。


 繭が目で確認できる位置まで来て、私はアシュタムに目配せされて足を止める。

 最初に危険な目に遭わせた気遣いなのか、なるべく繭から離れた位置にいるようにと彼から言われたのだ。

 遠すぎると、アシュタムが元の姿に戻る条件に当てはまらないらしくて、そのせいで私を危険な場所に向かわせざるを得ないことをよく思っていないようだった。

 私としては、元のアシュタムの姿も見れるし、一緒に何かをしている感があって好きなんだけどな……。

 そんなことを考えているとスゥッと気温が下がるような感覚がした。

 繭から化物が出てくるのは大体こんな時だ。考え事を後にしてアシュタムの方へ目を凝らす。

 化物は繭から出てくるだけあって、最初の蚊男をはじめ、中から出てくる悪霊や妖の者と呼ばれる存在はなんとなく昆虫を思わせる形をしていることが多かった。

 アシュタムがいうには、動物の姿をしているものや、こっちの世界の絵本などに出てくる背中に羽根の生えた妖精の姿をしているものもいるらしいんだけど。

 怖くないならそれも見てみたいなって思った。


 繭から出てきたばかりらしい今回の悪霊は、鎌のような両手と豊かに膨らんで長いお尻のまるでカマキリと女性を合体させたような見た目をしていた。

 カマキリ女はアシュタムを見るなり襲い掛かっていた。しかし、アシュタムは犬の姿のままでも涼しい顔でカマキリ女の鎌を冷静に避けている。

 慌ててアシュタムに「承諾をします! 元の姿に戻ってください」と声に出した。

 どうやら元の姿に戻るには明確な意思の表示が必要らしくて、勝手に戦ってもらうわけにはいかないみたい。

 これがかなりのハンデみたいなことをアシュタムは言ってたけど、元の姿に戻ったアシュタムが強すぎるし、悪霊が寝ている昼間の間につながっている人を発見すれば条件は達成できるので、正直これまでも悪霊退治に苦労することがなかった。

 魔術師? とかそういう人と戦うとしたら、苦労するのかもしれないな……って思うけど、苦労するよりは楽なほうがいい。


 声を出すと、どうしても私の方に悪霊が来る。

 赤い光に包まれて元の姿に戻ったアシュタムは、一瞬で私の横に移動すると、こちらに跳ぶようにして走ってくるカマキリ女の顔を目がけて小さな炎の球を放った。

 炎の球は、カマキリ女の顔に当たると、じわじわとそこから体が炎が広がり、カマキリ女はあっという間に全身が炎に包まれる。

 最初の時、学校でアシュタムが炎の魔法を使った痕跡が少し騒ぎになったから、彼なりに気を使って力を制御してくれてるのかもしれない。

 悪霊が燃え尽きたのを確認したアシュタムは、私の顔を見てなにか思いついたような顔をした後、唇の片方だけ持ち上げてイタズラっ子のように微笑みを浮かべる。

 犬の時でもたまに、歯の浮くようなセリフや、褒めてくれることにドキドキしてしまうのに、この姿になると余計に顔が火照って熱くなる。

 それを知ってか知らずか、アシュタムは私の腰に手を回し、私のことをぐっと抱き寄せると顔を近づけてこう言った。


「今日もお前は逃げずに戦った。オレはきちんと見ていたぞ。褒美だ。寝物語に出て来る王の顔、しっかり見せてやる。目に焼き付けておけよ」


 アシュタムがそう言い終わるか終わらないかのタイミングで彼の角についていた輪は、また一つ金色の光る粉になって夜の闇に溶けていった。

 犬の姿になったアシュタムの優雅に飾り毛を揺らしながらゆっくりと歩いていく姿につい見とれてしまう。


 驚いたまま固まっていた私は、素知らぬ顔で先を歩く彼に駆け寄りながら家路へと向かった。

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