7話 胸の違和感
アシュタムと契約した私は、順調に繭から出てくる化物を立て続けに倒して輪を二つほど壊すことができた。
アシュタムから、悪霊はほとんど昼間は動かないことを教えてもらった私は、繭と同じものと繋がっている人がいないかを学校の登下校や、出かけた時などに見つけられるようになるべく周りを見て歩くようになった。
そこで繭と繋がっている人を見つけると、私はすぐにアシュタムに教えた。
もちろん、アシュタムが変身できないので憑代がわからない繭から出てきた悪霊からは全力で逃げるんだけど……。
運よく簡単に繭と、それと繋がっている人を見つけられたお陰で、予想より早く封印の輪が壊せているからか、アシュタムはよく私のことを褒めてくれる。
「元の姿に戻れれば恐れるに足りぬ存在も、無力な犬の身では逃げるしか出来ない…か」
繭はわかっても繋がっている人がわからないものを見かけるたびに、アシュタムは自分の体にかけられた制約を呪う言葉を吐くのだった。
力になれないことに私が落ち込むと「お前が気にすることではない」と慰めるように濡れた鼻を手の甲に押し付けてくれる。
アシュタムと出会ってから一か月。私は少しでも力になりたくて彼に、私たちが退治している化け物のこともたくさん聞いた。
悪霊と呼んでいるそれらは
それからしばらくすると憑代から離れて、人が多くいる憑代が良く足を運ぶところに繭を作るのだという。
そこで悪霊は、憑代の生命力だけではなく、その場にくる人の負の感情も吸い取って、孵化するエネルギーを蓄える。
学校にいた蚊男や、私たちが倒した何体かの悪霊も人が多いところにいたのはそういう理由だったらしい。
悪霊は、孵化をしてもしばらくは、憑代となった人の生命力や餌となる人間の負の感情を食べて、そして十分大きく育つと彼らは彼らの世界へと帰っていくのだそうだ。
一仕事終えたばかりの散歩帰りに、悪霊についての話の続きを聞いていた私は思ったことを口に出す。
「それなら、あんまり害もなさそうじゃない?」
「増えすぎると害になる。だから間引く。多分この世界にも、それを生業としているものはいるはずだ」
この世界にいる害虫とかと同じみたいなものなのかな。あと、外来種的な?
なんとなくわかったようなわからないような……。
「お前が懸命になってくれるお陰で思ったより封印も早く解けそうだ」
穏やかな声だった。それに少しだけ寂しさを覚えながら、私はアシュタムの方を見る。
「約束した通り、オレが力を取り戻した暁にはお前の願いをなんでも一つ叶えてやる。このペースならあっという間だ。今から願い事を考えておくことだな」
「……そう、だね」
そうだ。封印を解いたら彼はいなくなってしまうんだ。
当たり前の事実に胸を痛めてしまっていることに気が付いた。
なんでわかりきった事実に胸が痛いのかわからない私は、とりあえず微笑んで、機嫌よく尾を振って前を歩くアシュタムの背中をぼんやりと見つめる。
とにかく、どうしようもない。最初からわかっていたことだよねと気持ちを切り替えた私は、なんとなくマンションのエントランスに入る前、何か違和感を感じてゴミ捨て場に目を留める。
「あ。片づけ忘れてたか」
たまに見てみないとこうして私の荷物が置かれている。私の直感も捨てたもんじゃないなと思ってゴミ袋を手に取った。
よかった。今日は生ゴミの類も飲みかけのジュースも入ってない。さすがに食べ物のゴミだけは捨てるように気を付けていた甲斐がある。
「……なんだこれは」
「私の洋服とかゲームとか教科書だよ」
私の物が捨ててあったことを耳にしたアシュタムは、先に歩いていたのにわざわざ早足で私のところに戻ってきた。
そして、私が抱えているものを見ると低い声でそう聞いてきた。怒っているような声で体がこわばる。
私がだらしないことに呆れてるのかもしれないなと思いながらも、一応聞かれたことに答えると、アシュタムは首を左右に振って溜息をついた。
「そうじゃない。何故お前の物がゴミ袋に詰められて、
「何故って……片づけ忘れてたからじゃないかな」
「お前は何故平気な顔をしてる?」
「平気ではないよ。悪いことをしたなって思ってる」
反省をしているように見えない。よく母に言われる言葉だ。
いつも私は、その場限りの言い訳と言葉だけの謝罪で両親を怒らせる。
両親はともかく、アシュタムにまで
「それは違う」
思ってもみない言葉が彼から聞こえてきて、どうすればいいかわからない私にアシュタムはさらに言葉を続ける。
「どんな理由があれ他者の所有物を勝手に捨てるのはおかしい。オレの世界では奴隷ですらそのような仕打ちをすれば激怒する。奴隷でもないお前がすべきことは反省ではなく怒ることだ」
さっきまでの怒った声じゃなくて、優しい声で諭すようにアシュタムはそういった。でも反省ではなく怒ることが必要って言われても全然わからない。
「……でも、片付けをしてなかったのが悪いから」
しどろもどろに答える。なにがいいたいのかなにをこたえればアシュタムの機嫌が治るのかがわからない。
私が部屋を片付けなかったから、母は怒って私のものをゴミ袋に詰めて
ダメな私のために、母はこうして身を以てわからせてくれているのだ。それを怒るなんて……。
私の世話をしてくれている母に、ダメな私が怒る権利なんてない。
そう言おうとするけれど言葉が出なかった。
心の中のモヤモヤが、押し殺していたなにかが私の中でざわめき始める。
「悪いからと言って、我が子の物をゴミ扱いすることが許されるわけではない。それは侮辱であり、お前を……お前の価値や気持ちを軽視する行為だ」
「それは……私が、ダメな子でだらしないから仕方ないよ……」
侮辱とか、価値とか難しい言葉がならぶ。王様のアシュタムと違って私に価値なんてないし、侮辱をされて怒るなんて発想はないもん。
よくわからなくなって、私がお母さんからされていることは酷いことなのかもしれないと思い始めて涙が滲んでくる。
「お前はダメでもなければ、このような仕打ちをされる謂れもない。お前にわかりやすく言ってやろう。お前はオレに同じことをしようと思うのか?」
「そんなことしない!」
自分で言ってやっと気が付いた。
やっぱり私がされてるのは酷いことなのか…と自覚してしまった。気が付いてしまった。
溢れてきた気持ちと同じように次から次へと目から涙がこぼれてきて止まらなくなる。
しゃがみこんで幼児のように泣いてしまう私の服の袖をアシュタムはそっと咥えて、マンションの陰にある人目につかない憩いスペースへ連れて行ってくれると、私をベンチに座らせてくれた。
「お母さんは……私に酷いことをしても平気なのなんでだろ」
口に出してみると本当に惨めな気持ちになってくる。
「わからない。私がいい子じゃないから? ダメな子だから? いい子になればお母さんは優しくしてくれる?」
「紬、お前はダメなんかじゃない。お前の母が……母親としての債務や大義を怠っているだけだ」
顔を両手で覆いながら泣きじゃくる私の手の甲に鼻を押し当て、前足を私の膝の上に置きながらアシュタムはそういった。
ダメじゃなければ私はなんでお母さんにきらわれなきゃならないの?どうして…。思うことが言葉に出ないし、これをアシュタムに言ってもなにもわからないのは知ってる。
でもどうしようもなくて私はアシュタムのことを抱きしめながらさらに泣き声を上げた。
「どんなお前でもオレは紬を認めてやる。お前に角があってもなくても、オレの国の民でもそうではなくても、オレは紬の味方だ。誓ってやる」
そう言ってくれたアシュタムに何も言えないまま、私は彼を更に強く抱きしめた。
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