14話 虚像

「どんな手を使ったか知らないけど、ボクの監視をかいくぐって使い魔を取り戻すとは大したものじゃないか……」


 学校の下駄箱の前、急に話しかけられた私は思わず硬直する。

 ぎょっとして立ち止ると、そこには昨日公園で出会った青年、羅紗らしゃがいた。

 というか、人目のあるところで使い魔とかそういうファンタジーなことを平然と言ってくるのはすごいと思う。


「すげーなあいつ。誰にも相手されないからって二年に声かけるとか」


「二年の女も戸惑ってるじゃん」


「もうすぐ進級なのにまだ頭の中、中学生かよ」


 遠くから同級生と思わしき男子が羅紗を囃し立てるような声が聞こえてくる。少しだけ胸が痛い。

 羅紗は……と視線を目の前に戻すと、昨日の尊大な態度が嘘のように唇をかみしめて黙って俯いている。

 なんとなく、昨日とは様子の違う彼の様子に同情しながら、私は無言で羅紗君の前から去った。変に誤解されても困るし、昨日失礼なことをされたのもあって彼を助けたり、彼の同級生を諭すほど私は優しくない。


「待てよ!」


 それでも羅紗はしつこく私の後を追ってくる。

 家までついてきかねない勢いに、私は根負けして足を止めて振り向いた。


「羅紗……くんだっけ。とりあえず、学校でこの話はやめておこうよ。お話があるなら、うーん……昨日の公園で犬の散歩の時に聞いてあげるから」


 振り向いた時に目に入った羅紗の顔があまりにも泣きそうな、情けない子供の表情だったので毒気を抜かれた私は、小さな子に言い聞かせでもするかのようにそういっていた。

 できるなら関わりたくない。そう思っていたのに。

 黙ってうなずく羅紗を見て、私は再び彼に背を向けると、家に向かって歩き始めた。

 もう私を追ってくる足跡も、虚勢を張ったような声も聞こえない。


 家に帰って、アシュタムの黒くて長い毛にブラシを通しながら、羅紗に言われたことを話す。

 昨日出会ったときはあれだけ唸っていたのだから少し嫌な顔とかするかなと思ったら、アシュタムは上の空になりながらも、穏やかな声で「だろうな」と一言だけ言うと、前足を組み、そこに顎を乗せて、また物思いにふけったような顔になる。


 昨日の夜、家に帰ってからずっと何かを考えているようなアシュタムを心配してみたけど、彼は「気にするな。オレの問題だ。夜には答えを出す」とだけしか答えてくれなかった。

 隠し事をされてるみたいで少しさみしいというか、悲しくなったけど、なにかを察したのかアシュタムが「洗脳や魔術の類はかけられてない、安心しろ。オレの主人は紬だけだ」と付け加えながら頬に鼻を押し当ててきたことに少しだけ安心する。

 

※※※


 いつも通りの時間に、私はアシュタムと散歩に出る。

 来週からは春休みだけど、私は彼と桜の花を見られるんだろうか。綺麗だから満開になった桜並木、一緒に見たいんだけどな……と思いながら歩く。

 烏の石像の間を通って公園に入っても、昨日のような謎の気配は感じない。てっきり学校の外だから、羅紗は昨日みたいに高圧的に食って掛かってくるのかと思ってたので肩透かしを食らった気持ちになってしまった。

 きょろきょろとあたりを見渡す。公園の中にポツポツとある街灯に僅かに照らされている公園は夜だけあって人もほとんどいない。

 歩きながら見回していると、ベンチに力なくうなだれて座っている人影を見つけた。それとなく近寄ってみると、予想通り羅紗だった。

 私とアシュタムが近くにいても彼は気が付かない様子だったので仕方なく声をかける。


「……ああ、本当に来たんだ。案外いいやつなんだな君は」


 青ざめた顔をしてる羅紗は、私たちを見上げると少しホッとしながらそう言った。

 今日の放課後見た時よりも元気がないというか、それを通り越して生気がないと言った方があっているような気がした。


「悪いが、ちょっと今日は調子が悪くてね……それよりも、もうお前の使い魔に用はないから。それだけ言おうと思ったんだ。母が手を出すなって言ったから諦めてやる。感謝することだね」


 それだけのために、まだ寒さの残る中、来るかもわからない私を待っていたの?とビックリしてしまいそうになったけど、羅紗の顔が家族のことを話したとき少し曇ったことが気になった。

 これは……私と同じで、家に居場所がないから理由をつけて家にいないようにしてるだけなんじゃないかって思った。


「家に、居場所がないの?」


「なッ!? どうやってボクの心を覗いた? そんな高度な術を使えそうにないのに…」


「直感」


 驚いてのけ反る羅紗の反応に親近感を覚えた私は、なんとなく彼がなんで私に対してあんな嫌な感じだったのかわかった気がした。

 きっと努力をしているのに褒められない自分よりも、全然ダメそうな私が良いものを持っていて、すごい力を使っているのがうらやましくて悔しくて許せなかったんだろうなって。

 私も、小さいころお菓子売り場で大の字になって泣きわめいている子供が、その子のお母さんに抱きしめられているのが嫌で「ずるい! ダメな子はお菓子かったらダメ! だっこもぎゅうもされちゃダメ」って意地悪を言ったことがある。多分それと似た感じなんだろうなって思った。


「じゃあ、帰るから、あなたもがんばってね」


 私はそれだけいうと、アシュタムと帰路についた。

 ずっと難しい顔をしていたアシュタムは、部屋に帰ってからやっと口を開いた。


「一つ約束をしたんだ。その関係で、家を少し空ける」


「え?」


「詳しいことは言えない。お前を危険な目に遭わせたくない。言うべきかずっと悩んでいたんだが、言わない方が危険だと判断した」


「急に何? どういうこと?このタイミングってことは羅紗くんと関係あることなの?」


「……」


 アシュタムは嘘を私につかない。言わないってことは多分、私の言ったことが当たってるんだろうなって思った。

 正直ってことは時には残酷なこともあるんだなって思った。


「危険でも……アシュタムを一人にしたくないし、私は一人になりたくないよ。私がいないと元の姿に戻れないのに危ない場所に行くなんて……そんなのいいよって言えないよ」


「オレには不死の加護がある。手足がもげようと体が粉々になろうと平気だ」


「それでも、アシュタムが傷つくことには違いないじゃない……」


 どうしても引き下がれなかった。羅紗が関係してるってことは、私のせいで、私を守るためにアシュタムが危ない目に遭うかもしれないから……。

 いつも守られてばかりな上に、今度は私の代わりに手足がもげたり、体が粉々になるくらい危ないことをさせられるなんて嫌だった。

 せめて、私を連れて行ってほしい。そうすればなんとかできるから……そう思って食い下がる。


「そうだな。お前はそういってくれるとわかっていた。わかっていたから……こうせざるを得ないんだ。必ず戻る。信じてくれ」


 アシュタムが優しい声でそういうと、不思議な香りが漂ってきて私の体は強烈な眠気に襲われる。


「あしゅ……たむ……」


 最後に見えたのは、部屋の窓から飛び込んできた白い紙のようなものと一緒に出ていくアシュタムだった。

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