2話 学校の異変
いつも通りの授業。
いつも通りの休み時間。
高校生にもなると、友達らしい友達がいなくてもそれを理由に露骨に
少し不便なのは、トイレに席を立っている間に、私の席に後ろの席や隣の席のクラスメイトの友達が座っていることがあることくらいだし。
それも、困って立ち尽くしているとたいてい謝罪をして席を立ってくれるけど、それもなんだか居心地が悪くて、私はトイレに立った時は、つい休み時間が終わるまで廊下や階段下などで時間をつぶすことが多かった。
「へぇ、
「ひぇ……あ、うん……」
「そんな驚かなくてもー! ってか明崎さん、犬とか生き物苦手だと思ってたから意外ー」
話しかけられることが少ないので急に話しかけられるとびっくりしてしまう。
そんな失礼な態度も笑って流してくれるのは、最近後ろの席になった
川上さんは私の携帯端末に表示されている真っ黒い犬の写真を見てにこにこしてる。犬好きなのかな…。
「ちょっと、大型犬を預かったんだけど、種類がわからなくて……」
川上さんは、私がそういうと「うらやましいけど超大変じゃん! うちも犬飼ってるよーコーギーだけど」と身を乗り出してきた。
席が近くなってから、よく話しかけてくれる川上さんは、親しみやすくて嫌みっぽくもない。
だから私なんかと違ってクラスでも人気があって親しまれてるんだなっていうのがなんとなくわかる。
「明崎さん、犬の種類調べたかったんだ! いっぱいいるから大変でしょ?彩夏も詳しいわけじゃないけど一緒にしらべたげるよ。どんなわんちゃん?」
「えっと、ラブラドールレトリバーみたいだけどなんか細くて、黒くて、毛がすこしだけ波打っててながくて……」
私は、川上さんに聞かれたので、朝見た犬の特徴をなんとなく伝えてみることにした。
前のめりになっている川上さんの手が、携帯端末に手が届きやすいようにと、私は話しながら体の向きを横にして画面に映った【大型犬 黒い】という検索結果を彼女に見せる。
彼女はそれを見ながら「えーっとねー」なんて可愛く言いながら、キラキラしたネイルがついた指で器用に画面をスクロールしていく。
「あ! これ!」
そっくりな犬が出てきたところで声を上げると、川上さんが驚いた顔で私を見ている。
しまった……と思ったけど、もう遅い。気持ち悪いと思われちゃったかな……と心臓がきゅっとして、変な汗が背中を伝っていく。
「明崎さん、そんな大きい声でるんだって彩夏びっくりしちゃった! それね、フラットコーテッドレトリバーかも……えーっと……」
何も気にしてない様子の川上さんの態度にほっとしながら、私は話を続ける彼女に自分の端末を傾けた。
川上さんが犬の画像をタッチすると、彼女が言った通りのフラットコーテッドレトリバーという名前が書かれたページが表示される。
タンタンッとリズムよく私の携帯端末の画面を指で叩く川上さんの爪にはキラキラした色とりどりの小さな石が飾られている。
可愛いけど画面押しにくそうだなー、器用だな―って見てたら、それに気がついたのか川上さんがいつの間にか手を止めて私の顔を見ている。
私ったらせっかく説明してくれてるのに……。謝らなきゃ……と焦った私の予想とは逆に、川上さんは可愛らしい桃色の唇の両端をあげてニコッと笑いかけてくれた。
「もう! 明崎さん面白い! ネイル気になるなら彩夏が今度やってあげよっか」
「う、ううん……私がしても似合わないから……でも、可愛いね。ほんとにすごい……」
川上さんが「そんなぁー」と残念そうな声で膨れたタイミングで世界史の先生が教室に入ってくる。
嘆く川上さんをたしなめながら前を向く。そして、さっき彼女が探してくれたフラットコーテッドレトリーバーのページを先生に見えないように携帯端末を机の陰に隠しながら読んでみた。
あたりまえだけど、やっぱり喋る犬とは書かれていない。
それはわかってたけどさ。とりあえず、見た目としては目の色とか細かい違いはあるけど、たぶんこの犬なんだと思う。思うけど……。
そのまま授業は終わり、私はのろのろと帰りの支度を始める。
川上さんは私に軽く挨拶をして友達と教室を出て行った。そんな彼女の後姿を見ていると、視界の隅に違和感がよぎる。
なにか川上さんの背中についていた……?
なんとなく教室を見回す。出て行った彼女の背中についていたものを視線で辿ると、部屋の天井の隅にたどり着いた。
天井の隅には黒みがかった紫の大きな、まるで人の赤ちゃんでも入っていそうなくらいの大きさの繭のようなものがものがある。
喋る犬に続いて、謎の幻覚まで見えるなんて…親に言って病院にでも行ったほうがいいのかもしれない。なんかいっぱい色々ありすぎて眩暈がしてくる。
勘違いかもしれないと目を閉じて深呼吸をした。教室ではまだ人が残っているからかガヤガヤとざわめきが聞こえる。
ゆっくり目を開き、同じ場所を見る。
うん。消えてない。
なんとなく嫌なものを発しているような気がするその繭が、急にがたがたと動いた。
動いた繭は、一部が裂けて、その開いた裂け目からは人の目のようなものがぎょろっとこちらを見ているのが見えた気がして身体を竦ませる。
繭の中にいるものは明確に私を睨み付けているということがわかって恐怖で血の気が引く。
皮膚がチクチクする。まるであの眼から出た悪意とか敵意に刺されたみたい。
私は周りの様子に気を配る余裕もないまま慌てて教室を飛び出して家へと走った。
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