17話 王としてではなく
「
輝血たちを無視して一瞥すらしないまま、アシュタムは抱いていた
流れるような動作で、服の裾から剣を取り出すと、振り向かないまま剣を薙ぐように払う。
すると、剣の軌道を追うみたいに煌めく炎が生まれて、私たちと風の刃の間に盾のよう炎の壁が聳え立つ。
その炎の壁は、輝血の扇から放たれた大量の風の刃を全て静かに飲み込むと、炎の粉をきらめかせながらスゥッと消えた。
風の刃の残滓のようなそよ風がアシュタムが身につけている装飾品たちの間を吹き抜けると、揺れた装飾品たちはシャラシャラと可憐な声で歌うよう鳴った。
下を向いて何かを考え込んていたアシュタムは、装飾品たちの揺れが収まると顔をあげて私の方をチラッと見た。
「
アシュタムは剣を肩に担ぐと、クルッと輝血の方を向いてそう言った。
それから羅紗と、まだ倒れている金襴と輝血たちを見比べて「やれやれ」と言いたいようにゆっくりと首を横に振る。
なにをするのかいまいちわからない私は、ただその様子を黙って見つめる。
「どうした異国の火の神よ。こちらに鞍替えをするというなら命だけは助けることも考えてあげましょうか?」
「そうだな……オレは神でもなければ、今、この世界では王としての責務もない。道理や義理立ての規律を重んじなければならぬというわけでは、ない」
もったいぶったようにゆっくりと私の周りを歩くアシュタムは、なんだか時間稼ぎをしているようにも見えた。
輝血の方につこうとしているのかも……なんて全然思わなかったのは、私が少しだけアシュタムがどんな人なのかわかっていたからなのかもしれない。
アシュタムは、絶対に不利だからって自分のしたいことなんて曲げないし、少なくとも私の嫌がることをいきなりするはずないってわかるから。
「他の一族や種族の道理に介入したところでそれは王としての判断にならぬ。オレはこの娘の使い魔だ。ならば、オレのすべきことはこの娘の選択に託すとしよう」
急にアシュタムに手を差し伸べられて動揺する。
輝血たちの視線が私に注がれる。
アシュタムの手を取りながら立ち上がった私は、さっきまであんなに怖かったのに、今は全然怖くないことに気が付いた。
「わたし……」
「さぁ、紬。お前がしたいことを言え」
「……早く部屋に帰りたい。だから……」
私の手を握るアシュタムは、微笑んでいる。これでいいんだ。
早く帰りたい。アシュタムと一緒に。
私は彼の角についている二つの金の輪を見ないようにして、大きく息を吸い込んだ。
「この人たちをなんとかして」
「承った」
アシュタムはそういって恭しくお辞儀をして、私の手の甲に口付をすると、バッと体に巻きつけて余らせている布の部分を勢いよく翻して輝血の方へと向き直った。
いつの間にか私たちの周りにはパチパチという音と共に紅い光の粒がふわふわと漂い始めている。
「この顕現に跪き畏れ敬え。その瞳に異界の王を写す不幸に恐れ戦け。我こそが魔を総べる王、魔法を極めし焔の一族、
厳かに私の王が名乗りを上げる。
「偉大で強大な
アシュタムがそういい終わるとともに、ゴウっという音と共に私たちを避けるように、炎が床へと広がっていく。
最初にアシュタムが元の姿に戻った時と同じように広がるその炎は真っ赤なじゅうたんのように見えた。
「アシュタム様……偉大なる異界の王からそのようなお力添えをしていただくわけには……」
「勘違いするな。お前たち一族の諍いには興味がないし、例の契約もなしでいい。オレはオレの大切な者のために邪魔者を排除する、それだけのことだ」
意識を取り戻したのか、肩を抑えながらそういって私たちのところへきた金襴さんは申し訳なさそうにそういうけど、アシュタムは凛々しい顔で金襴さんのことを見てそう言った。
例の契約ってなんのことだろう……っていうか、金襴さんはアシュタムがどんな経緯でこっちにいるか知ってるの? どういうこと?
「お前に羅紗が手を出さないように力を貸すと約束していただけだ。やましいことは何もない」
「また心の声が漏れてた?」
「心の声を聴かずとも、お前のその顔を見ればわかる」
にっこり笑って私の頬を撫でたアシュタムは、そういうと剣を下に向けて振りおろして手首を返し、刃を後ろに向ける。
――グラララァァアァァ
――グラララァァアァァ
地響きが二度響いたかとビックリする。竜の鳴き声だった。
アシュタムの雰囲気にのまれていたのか、竜の鳴き声でハッとした様子の輝血は、扇でアシュタムを指すと怒ったようにこう言った。
「妾たちを無視して随分と余裕のようだな……人間の使い魔の分際で調子に乗るでない。一信もいつまで休んでいる! 早く邪魔者を排除しなさい」
「はっ」と短く返事をした一信はまっすぐにこちらに向かってくる。多分魔術的なあれこれでパワーアップしてるせいで鱗で皮膚が覆われているのもあるけど、あまりのムキムキさに、これが老人だったとは思えない見た目をしてると改めて思う。
――ガギィン
と、金属が激しくぶつかったような音がした。
また、アシュタムの剣と、一信の体がぶつかり合った音かな? と目を向けると、少し前で膝をついてゆっくりと倒れる一信と、拳を振りぬいた姿勢で静止したアシュタムがいた。
剣……使わなくてもそんなに強いんだ……。
一信は力が使えなくなったのか、まだ青い線のようなもので竜と繋がっているにも関わらず、しおしおと小さくなって私が知っている老人という文字が似合う姿になっていた。
「力添えは終いだと言っただろう?」
金の輪が一つ、金の粉になって消えていく中、アシュタムは剣で輝血を指して、不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
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