11話 贖罪と弔い
「約束の寝物語をしてやろう。近くに来い」
そう言って、ベッドで私の横に寝そべりながら、低く美しい声でアシュタムが話してくれたのは、異世界の話だった。
異世界から来たから、当たり前って言われたらそうなんだけど……。
美しくて綺麗な灼熱と黄金の
この世界と違って場所によって気候が違うんじゃなくて、その土地にある魔法の素になる成分?によって気候や太陽の熱の強さまで違うということを聞いてすごくびっくりした。
元々はアシュタムたちと、角なし……つまり私みたいな魔法を使えない人間も仲良くくらしていたし、結婚もして子供を産んだりしていたし、それをアシュタムのお父さんは止めなかった。
お父さんの跡を継いだアシュタムも、その時は自分の国の民が角なしの人間と結婚するのを国の外で暮らす場合は止めなかった。
紅鏡の国も、氷輪の隠れ里も、角なしの人間が住むには過酷で、人間と結婚した人たちは人間の国で暮らすお陰で小競り合いはあっても平和だったという話をアシュタムは懐かしむように、少し遠い目をしながら語ってくれている。
混血により、人間も魔法を使えるようになったこと、そして魔法の発展と共に角がある人たちの国の成分が毒にならない人間が増えてきたという話になって、アシュタムの声色は少し変わった。
「そして、魔法の力を得た角なしどもは魔石のある鉱脈を狙い、紅鏡の一族の村々を襲い始めた」
鉱脈を襲い、ある時は村を襲い、角なしの人間たちは以前までは見向きもしなかった魔石を奪い始めたのだと、アシュタムは言う。
「侵略と略奪は、圧倒的な暴力で制圧した。オレは角なしが持っていた領土を奪い、支配した領地全てを焼き払い、捉えた角なしを半分は見せしめとして殺し、半分は奴隷として過酷な労役に就かせた」
アシュタムは、
そして、これ以上角なしの人間に自分の同胞が傷つけられ穢されないようにと、紅鏡の民は他種族とのとの結婚や子作りを禁止した。
その話を聞いて、燃え盛る太陽のような巨大な火の玉を操る元の姿のアシュタムが容易に想像できた。
最初は、平和のための話し合いを求めて反撃をしなかった王の思いは踏みにじ
られ「角なしの王たちへ送った使者は悉く首だけになって国に送り返されてきた」とアシュタムは静かな、怒りを噛み締めるような声で話してくれている。
アシュタムは、自分の国の人たちの仕返しをしただけなのに魔王って言われるの?
まだ、彼が何故魔王とまで呼ばれたのかピンとこなかった。
確かに、王様が出てきて物凄い力で人間をたくさん焼き殺したら魔王と言われるのかもしれないけど、それはひどすぎる。アシュタムが人間のことを「角なし」と言って蔑むことにもなんとなく納得ができる。
アシュタムはさらに話を続ける。
「そして、オレは……そうだな、この世界の基準で言うと三十年ごとに角なし共を間引くことにした。自らの欲と力におぼれ、オレの同胞を無残に殺した罪を償わせるためにも、オレの甘い考えのために首だけにされ死んでいった同胞の弔いのためにも……」
まるで、忘れないように、自分に言い聞かせるように話すその話は、自分のしたことを懺悔しているようにも聞こえた。
「でも、それでアシュタムが魔王って言われるなんてやっぱりわからないよ……」
「この世界でもだが、オレの世界でも角なしの命は短い。世代を重ねれば、事実も歪んでいく。たった十度の弔いの間に、やつらは物語を変えたのだ」
三百年……それはアシュタムたちにとっては少し長いくらいなのかもしれないけど、私と同じくらいの寿命なら、あっちの人間にとってはものすごく長い時間だ……。
っていうか、今更だけどアシュタムもしかしてすごい年上だった。
「突然生まれた魔界の王は、罪もない人間をたくさん殺し、黒い壁を築いた。そこから溢れ出す魔物は人を殺し、そして魔族は三十年に一度、繁殖させた人間を楽しみのために嬲り殺す……そういうことに角なし共の間ではなっている」
「それって……」
「突然生まれた魔界の王はオレ、そしてオレの宝である民草は残酷な魔族ということになったらしい。祖先がしたことも忘れる恥知らずの一族はそうして神に祈り、神は魔なる王を打倒すための救世主を遣わした……というわけだ。この世界でもよくありそうな話になってきただろう?」
「その救世主っていうのが、夢に出てきた金髪の人?」
「ラートリシュ……それが救世主の名だ。角なしで、オレと対等に渡り合い、氷輪の姫をも射止めた救世主」
眉間に皺が寄るのが暗がりでも見える。
それだけ嫌な相手なんだろうなということは、声のトーンからもわかった。
自分を犬の姿にした相手のことをめちゃくちゃに罵倒をしないのはすごいなって思う。
だから、他の人にどんなにひどいことをしたとしても、私がアシュタムをすごい悪い人だとは思えない。
そんなことを考えている間にアシュタムはまた少し目を伏せて話を続ける。彼の低い声がさらに低くなり、掠れるのは悲しげだけど、とてもすてきだと思った。
「そして、悪い魔王であるオレは、この世界に犬にされてやってきた……というわけだ」
話を終えたアシュタムは、私の方へ優しい視線を送る。話を聞いた今でも、彼が酷い人だとは思えない。
「……話しすぎたな。綺麗なところを搔い摘んで話してやろうとしていたのに、下らん諍いの話までしてしまうとはな。オレもまだまだ自制の心が足りない」
「そんなことない。全部話してくれてうれしかった」
「幻滅したのなら、もう手伝わなくてもいいんだぞ。オレはそれを止めない。……全てを諦めこの世界でお前と生きるのも悪くはない」
悲しげな声と、少し憂いを帯びた表情で私を見るアシュタムに、私はさっきしっかりと見た元の姿を重ねてしまって、息を呑む。
悲しげな瞳のまま微笑みを浮かべる褐色の肌の王は、私の想像の中でもとても美しくて、そんな人が私なんかのために何かしてくれることがうれしいを通り越して畏れ多かった。
だから、せめて恩返しをしたい。返せるものなんて大したことがないだろうけど、元の世界へ私のせいで帰れないなんていやだった。
「……幻滅なんてしない。アシュタムは、私をいつでも救ってくれてる。だから、私はその恩返しをしたいし、手伝いたい……」
「そうか。お前の口からそれを聞いて安心したかったのかもしれないなオレは……」
元の姿になったアシュタムに頭を撫でられた気がした。わ……と慌てて彼を見直すと、彼はちゃんと?犬の姿のままでちょっと安心する。
目に焼き付けておけなんていうから……。と照れ隠しみたいに心の中でアシュタムに文句を言ってから、私は眠気に身を任せた。
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