第4話


 食事に満足すると、他の事が気になってくる。

 これだけの広いホールにもかかわらず、店内に柱というものがない。上には八階建てのマンションがのしかかっている。構造上、問題があるように思える。


「崩れてこない? 何か特殊な方法で支えてるの?」

「ここの天井や壁にはオリハルコンという特殊素材を使ってるから」

 オリハルコン。どこかで聞いたような名前だ。

「アトランティスで使用されている金属。昔から使ってるけど、今では他の物質を加えることで強度がさらに増してる」

 と彼女がわざわざ解説してくれた。

 

 もうひとつ気になることがある。

「あまり広いマンションじゃないのに、店でかなりの面積とってて、君たち家族はどこに住んでいるの?」

 彼女は、厨房の入り口の横のドアを見つめて、

「あの先に5LDKの住居があるの」

「トイレかと思った。地下暮らしの5LDKね。でも、そんなに広いってことは、マンションの下からはみ出てるんじゃないの?」

「道路を越えて、向かいの家の下まで使ってる」

「完全に違法だな」


 そんな些細なことより、アトランティスの件だ。

「今回の僕の役目は何だ?」

「地球全権大使として、アトランティス大陸の復活を承認していただきたいのです」

 彼女は、大企業に自社製品を始めて売り込みに来る営業マンのように、頭を下げた。

「そういうことはこの星の運営が決めることじゃないのか」

 運営と全権大使の役割分担はどうなっているんだ。そもそも運営がいるのに、全権大使がいるのもおかしい。


「運営は反対するに決まってるじゃないの」

「そりゃ、ウェゲナーの大陸移動説が否定されるんだから反対するよな」


 大陸移動説とは、現在の大陸は大昔にあったパンゲアという巨大なひとつの大陸が分裂して移動したものとする考えで、プレートテクトニクス理論の基礎となっている。この観点からすると、アトランティス大陸は存在する余地がない。(但し、現在の大陸をひとつに合わせようとすると、日本列島程度の空白が生じ、それが大陸に誇張されたとする説もある。)


 しかも復活するとなると、その土地はこれまでどこにあったのかという問題が発生し、科学では全く説明つかないことになる。苦労してこの星の科学をまとめてきた運営にとっては大きな挫折だ。いや、すでに運営は大きな敗北を喫している。


 以前、地球が金に変化したことや、生命のほとんどが他の宇宙に移転しようとしたことは、地球の運営を無視して彼女が独断でしたはずだ。

 この星の運営程度では、彼女を制止できないということだ。


 僕が全権大使というのも、地球人の了解なしで進めるより、代表者をこしらえ、承認させたほうが、大義名分が立つからなのだろう。

 これは企業合併でいうと、強引な投資家が会社の役員を通さずに、労働組合のトップに合併話を持ちかけているようなものだ。


 役立たずの運営にかわって、僕にアトランティス問題が委ねられた。慎重に検討しなければならない。

「アトランティスが現れると、具体的に何が起きる?」

「現在、アトランティスの人口は三億人。人種は南欧系白人ですが、言葉は通じません。古代ギリシャ語の研究者はいますが、発音がおかしくなってますので、そのままでは通じません」


「南欧って、スペイン辺りから移住したってこと?」

「紀元前12世紀頃。古代ギリシャの冒険家が、大西洋に巨大な大陸を発見しました。そのころ鉄器を用いる海の民の進出に苦しんでいたギリシャ人は、大挙して新天地に移住。今日の世界史ではエーゲ文明の崩壊と呼ばれ、その後暗黒時代が訪れました」


「12世紀? アトランティスが沈んだのは1万2千年前って話なのに、たった3200年前に人が移住し始めたってこと?」

「伝説なんてそんなものです。沈んだ、つまり宇宙分裂はそれから二百年後です」

「随分最近で、世界史に載ってもおかしくない時代だな」

「当時は事実として語られていましたが、大陸沈没をまともに信じるのは難しく、さらに話に尾鰭が付いて、次第に伝説とされていきました。

分裂後、物理法則が独自に発達し、重力定数などの係数が若干異なります。

 我々と同じホモサピエンスですが、体型もかなり小柄で、これはこちらの人類が大型化したためです」

「同じ星でも物理法則が異なるの?」

「紀元前の物理法則は曖昧なところがあり、科学の発展で厳密に定義されました。その定義された時期が、分裂後のため、異なる点ができたのです。これは統一する予定ですので、ご心配なく」


「体が小さいって、食糧事情が悪いの?」

「古代ギリシャ人とほぼ同じですが、こちらの人類側が、食糧事情とは関係なく、大きくなっているのです。古代、地域によって人の大きさがかなり異なりました。それを調整するために、南欧の人々をかなり大きくしたのです」

 ゲルマン人はローマ人より30センチ背が高かったという記述は、本当だったのかもしれない。寒冷地で大型化しがちなゲルマン人がいくら大きいといっても、今より食糧事情が悪いので、男性の平均身長は170センチ程度だろう。それより30センチ小さいとなると140。古代ローマ人の人骨はそこまで小さくはない。地球の運営は、人骨まで大きくして、人類のサイズを調整してきたのだ。


「オ-ストラリアより大きくて、人口三億人の白人の国。アメリカがもうひとつ増えるようなものか。スマホとかある?」

 スマホという言葉が出ると、彼女は口調を変えた。

「向こうはもっと進んでる。携帯電話というより携帯プロジェクター。服に仕込んだ棒を前に倒すと、先っぽから蒸気みたいなのが噴出して、そこに映像を映す。その映像に指で触れて、いろいろ操作できる」

「それなら持ち運びも楽で、画面も大きい。宙に浮く携帯パソコンといった感じだ。そんなもの発売されたら、こっちの携帯メーカー全滅だな」

「だから貿易は当分中止にするつもり」

「アトランティス人が小さくて、みんなびっくりするな」

「向こうの人間の大きさをこっちと同じくらいにするつもり。人間だけサイズアップするわけにはいかないから、大陸を含めた向こうのものすべて2割ほど大きくする。但し、その分大西洋が狭くなるけど」


「乗り物は? 空を飛ぶとか?」

「水陸空で使える小型の乗り物が主流」

「反重力?」

「そこまで科学は進んでいない。効率のよいヘリコプターのようなもの。こちらにはない物質から作ったバッテリーがあって、蓄電技術が凄いから」

「面白そうだな。聞いててわくわくする」


「それって合併を承認していただけたと、解釈してよろしいでしょうか?」

 急に言葉遣いが丁寧になったのは、すぐにでも僕の承認を得ようとしてのことだ。

 だが、焦りは禁物だ。

「地球始まって以来の大事だ。よく考えさせてくれ」

 そろそろ帰らないといけない、と告げると、「タクシー呼びましょうか」と言う。

「近くだからいい」


 僕が店から出ると、両親(役)と従業員一同が店の前に勢揃いをして、お土産にソーセージとチーズの贈答品セットを渡された。全員で深々と頭を下げたまま、僕を見送ってくれた。

 かなり離れた地点で振り返ってもまだ頭を下げたままだ。今回のことがどれほど彼らにとって重要なのかわかった気がする。

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