第18話
しかし、爆発の跡には、別の聖母像が立っていた。いや、聖母像ではない。顔はさきぼどのマリアに似ているが、顎ガード付きヘルメットをかぶっていて、肩の部分が盛り上がり、クリケットのレッグガードのようなもので手も足も覆っている。
一言で言うと、スタイリッシュな女性型ロボットだ。
像の中には、人型巨大メカが入っていたのだ。
おまえはマトリョーシカか。
その名も「プトレマイック・ガール」。
そうテロップが出ている。
英語だと、PTOLEMAIC GIRL。発音上はトレマイックなのに、プトレマイックなのは、そのほうがわかりやすいからだろう。直訳すると、プトレマイオスの少女。PTOLEMAICには「天動説の」という意味がある。天動説ガール。僕が彼女につけた呼称を使って来るとは、恐れ入った。
さきほどのマリア像が白一色だったのに対し、ピンクをベースに青や緑などカラフルに彩色されている。
ベルトのバックルにはいかしたロゴマーク。
適度なふくらみの胸と首に挟まれた辺りが操縦席になっていて、そこにヘルメットをかぶった人間がいる。カメラがズームアップすると、それがキズキヨーコだとわかる。
特徴的なのは、その名にふさわしく、ショートヘアの頭に天球儀(天球上の天体・星座の位置などを示した球)模様のヘルメットをかぶり、星や星座が蛍光色の輝きを放っていることだ。
地球のロボットアニメを参照しているようだが、武器が見あたらず、マネキンみたいであまり強そうに見えない。
アニメファンだけでなく、おしゃれな外観で、若い女性の気持ちをつかもうということか。威厳があるが、いかついゼウスより、人気が出そうだ。これでまた応援が増えるのだろう。
しかし、プトレマイック・ガールはゼウスと戦う前なのに、すぐに姿を変えた。今のは ただのお披露目なのか。
今度のは、黄色をベースに、白の短いスカート。足は人の素足を思わせる。両手には巨大な房のような武器?
最初の姿を標準形態とするならば、これはどうみてもアメフトの試合に欠かせないチアガールだ。僕の予想通り、「チアガール」と表示されている。
BGMも陽気なものに変わった。人口三億のアメリカ人にアピールするのだろう。
あまり強そうに見えないが、チアガールのほうが、最初の攻撃をしかけた。
いきなりのハイキック。それもチアガールのダンスのようだ。足を高くあげることなら得意だろう。
ゼウスは不意をつかれ、あごに命中。真後ろに飛んでいく。ふらふらと立ち上がったところを、チアガールは背面飛びの要領で高く飛び、そのまま相手の頭に自分の頭を落下させた。
ゼウスは衝撃で前に倒れ、起きようとしない。
「がんばれゼウス。神様のくせに、チアガールなんかに負けるな」
と日本語通訳が興奮して叫んでいる。おそらくキャスターの言葉を翻訳したものではなく、通訳本人の気持ちなのだろう。
簡単に勝負がついたと思ったら、倒れたゼウスの握っていたケラウノスから、前回よりはるかに弱い雷撃が、すぐ前に立つチアガールに発射された。
おそらくケラウノスはEV車のバッテリーと同じで、充電に時間がかかり、前回放電してから少ししか時間が経っていないので、しょぼい攻撃しかできないのだ。
それでも、雷撃は首の下、ちょうど操縦席辺りに見事命中し、大爆発が起きた。周囲は煙に包まれ、状況がわからない。
しばらくして爆発が収まると、ロボットは違う形態に変身していた。鍔広のテンガロンハット、両腰には拳銃を差し込んだホルスター。皮風のジャケット。片手に投げ縄。
馬型ロボットに乗ったロデオガールだ。アメリカンな形態が二回も続くのは、キャスターがアメリカ人だからだろう。キャスターの気持ちが少しは自分よりになるだろうとの姑息な読みだ。
ゼウスはやっとのことでケラウノスを使う程度にしか、体力が残ってないのか、うつぶせに倒れたまま、身動きしない。
ロデオガールは相手の様子をみるため、馬から降りて近づき、ヒールの踵で相手の脇腹を蹴った。
反応がないので、彼女は口笛を吹きながら、馬のほうへ向かう。その口笛が西部劇風のBGMに見事にマッチしている。
しかし、それは死んだ振りという動物でも思いつきそうな単純な作戦だった。背中を見せた敵に対し、ゼウスは猛獣のように飛びかかった。
ロデオガールはそれを予測していたように、素早く銃を抜いて振り返り、相手の胴体に数発お見舞いした。
ゼウスは仰向けに倒れ、鎧の腹部には数個の穴が開き、そこから血が流れている。
ロデオガールは敗者に投げキスをしてから、馬にまたがり、手綱を握りしめた。その瞬間、ゼウスは素早く起きあがった。その右手には新たなる武器、万物を切り刻むアダマスの鎌が握られていた。
ゼウスはその場から大きく飛び上がり、ロデオガールの背後から襲う。鎌は彼女の首を横から刎ね、馬の足元には不気味な首が横たわった。
馬は主人の危機を知ってかひんなく。
しかし、切断された首は浮かび上がり、再び胴体と合体した。
彼女は馬とともに光り輝いた。
光が収まると、そこには長い槍をかまえ、鎧を身につけた馬上の戦士がいた。
ジャンヌダルクだ。
BGMはフランス国歌ラ・マルセイエーズ。アメリカ人の次はフランス人の応援を狙ったのだ。
ジャンヌは左手で手綱を繰り、ゼウスめがけて猛突進。右手に握った槍でゼウスの腹部を突く。ゼウスはもんどり打って倒れた。
この時点で、ゲージの高さはほぼ同じ。
キャスターや専門家は相変わらずゼウスを応援しているのに、かなり旧世界の人間がプトレマイックの応援に回ったようだ。
だが、こんな程度で参るような絶対神ではない。ゼウスは立ち上がると、その鎌で馬の首を切断した。馬は体勢を崩し、彼女は馬から転落し、槍を落としたた。
ゼウスも武器を捨て、立ち上がったばかりのジャンヌに真っ向勝負をしかけた。アマチュアレスリングのように相手の両肩に手をかけ、力で押し倒した。そうなるとロボットとはいえ、女のほうが不利だ。
古代ギリシャでもレスリングは盛んだった。
ジャンヌは腹這いの状態で、相手にバックをとられた。ゼウスは力づくで彼女を裏返し、フォールをとった。
ゼウスのゲージが上がり、その分、彼女のゲージが下がった。
武器なしの接近戦ではジャンヌが不利だと悟った彼女は、別形態に変身した。
仰向けのまま、目元を除く全身が紅い装束に包まれた。
女忍者、クノイチだ。
BGMは琴や尺八といった和楽器を使用している。
日本人の応援を得ようというのか。彼女には悪いが、一般の日本人はそれほど忍者に親近感は抱いていないように思える。
いくらクノイチでも筋力勝負では勝ち目がない。そう思ったが、彼女の口から毒切りが吹き出し、ゼウスは両手で目を覆って、その場で転げ回った。
忍者は仰向けの状態で両足を上に上げて、降ろした勢いで起きあがった。立て続けに手裏剣を投じ、ゼウスの動きが止まった。
ここにきて僕は大きな疑問を持った。
「データ処理能力の優劣を競うのに、どうして戦闘になるんだ?」
とソラスに聞いた。
「人類に応援してもらうには、戦っているところを見せつけるのがいいと、アンドリューが考えたからだろう。戦闘自体は全体の処理からすればごくわずかで、実際は相手側のデータ処理を妨害してるんだ。イメージ的には将棋の盤をたくさん並べ、それぞれ敵の駒を塞いだり、とったりする感じかな」
「それなら、キズキからすれば戦闘の相手をするメリットがないはずだ」
「裏をかいたんだよ。現にもうヨーコの処理能力のほうが多くなってるだろう」
わずかだが、ゲージはキズキ側のほうが高くなっている。旧世界人類の心を引きつける自信があったのだ。
忍者は格闘技も習得している。倒れたゼウスから離れて、後ろ向きにバク天を繰り返し、最後に大ジャンプをした。落ちる勢いで下にいるゼウスの腹部につま先を食い込ませた。
ゼウスの不利は誰の目にも明らかだ。
アナウンサーが叫んだ。
「ゼウスが負けたら、私たち人類はこれからずっとアトランティスに支配されてしまいます。何としてでも、ゼウスに勝ってもらわなくてはいけません。この中継をご覧の皆様、どうかゼウスに暖かいご声援をお願いします」
旧世界の人間といわずに人類と表現したのは、心の底ではアトランティス人を同類と認めていないのだろう。
この発言でかなりの数の視聴者が目覚め、ゼウスのゲージの方が高くなった。何事もなかったかのように立ち上がり、勇敢に忍者に向かっていく。
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