第7話
自分のいる場所がキズキの店だと知って、アンドリューは頭を抱えた。
「おっしゃる通り、彼女に秘密は通じません。ですが、我々が敵の陣中で作戦会議をしたという事実は、他の運営から見ればマイナスポイントになります」
「つまり?」
「わかりやすくいうと、審査員の評価が下がることをしてしまったってこと」
と、ソラスが補足した。
「それなら、ここが彼女の店だと知らない振りをして、あえて相手に聞かせるという高等戦術を使ったことにすれば?」
僕のアイデアをアンドリューは一顧だにしなかった。
「そんな詐術が通用するほど、運営は馬鹿ではありません。無数の生命からなる、マルチバースの中のとびきりの天才が集まっているのです」
そういうアンドリューもその天才たちの一人だ。自慢に聞こえないのは、はなから僕クラスなど相手にしていないのだろう。つまり、自慢するだけの価値のない存在。人間が昆虫相手に自慢をしないのと同じだ。
ニュートンやアインシュタインといった人類史上屈指の天才が、ユニバースの運営とすれば、その集合体の中から選ばれた一握りの存在。能力からすれば、神に等しい。
「今、キズキはこの話、聞いているかな?」
僕がそう言うと、「呼び出せますか?」とアンドリューが聞いた。
僕はドイツ人給仕を呼ぶと、「ここの娘さん、いる?」と尋ねた。
「帰宅してから外に出てませんので、呼んできます」
彼が奥のドアに向かおうとすると、いきなりドアが開いて、普段着の彼女が現れた。普段着といっても、最近のファッションを研究しているようで、随分、あか抜けている。いや、おそらくはファッション誌に載っていたカジュアルな服装をそのままデータコピーしてきたに違いない。
「厨房に私の歯ブラシなかった?」
彼女は給仕に尋ねた。
「見てませんけど」真面目なドイツ人が答えた。
「わざとらしい登場の仕方だな。全部盗み聞きしていたんだろう」
といって僕は立ち上がり、彼女のほうに近寄ると、彼女はテーブルのほうを見て、
「あ、今日も来てたんだ。連れがいるかと思ったら、ソラスさんじゃないの。そちらの外人さんは?」
「僕の名前で予約したんだ。今頃、気づくなんておかしい」
「そんなことより、この間の返事、聞かせてくれる? もちろん、OKよね」
「僕等の会話、聞いてなかったのか。ダメに決まってるだろう」
「何のこと?」
彼女はしらじらしくとぼけたが、僕はかまわず、
「君の猿芝居につき合うつもりはない。はっきり言う。アトランティス大陸の復活は人類代表として認められない。これが結論だ。わかったら、さっさとどこか他の宇宙にいけ」
ソラスとアンドリューが拍手した。
アンドリューは立ち上がると、彼女の前にきて、
「他の宇宙なんかより、また運営に戻ってください」と頼んだ。
「私の代わりなんかいくらでもいるんでしょう」
彼女はいやみたらしくアンドリューに言った。
「やっぱり盗み聞きしてたんだ」僕は言った。
僕等がそんなやりとりをしている間、ドイツ人給仕は厨房であるはずのない歯ブラシを探していたが、「ありました」と大声を上げて、ホールに戻ってきた。
「これですね」と言って、彼女に渡した。
「ありがとう。これで歯磨きできる」
彼女はそう言うと、奥のドアを開けて、戻っていった。
「歯ブラシあったんだ」とソラスが驚いているので、
「歯ブラシくらいいくらでも、作り出せる」と僕は言った。
「これで、地球代表の口から正式に合併は拒否されましたことになります。けれど、彼女がそう簡単にあきらめるとは思えません。私はしばらくの間、こちらにいます」
そう言いながらも、アンドリューは一安心したようで、テーブルの上の料理に直接手をつけた。直接といったのは、手づかみでソーセジをつかんだからだ。
僕も、チーズやソーセージを食べるのに、かしこまる必要はないと判断し、渦巻き状のソーセージを右手でつかみ、先端からかじっていく。
ソラスも同じことをしようとしたが、手の構造が人類と違うのでうまくいかない。あきらめてフォークを使いだしたが、それも難しいようだ。(不思議なことに箸ならうまく使える)
「どうやって連絡をとればいい?」
僕は食べながらアンドリューに聞いた。
「電話番号は12345678910です。そこにかければ応答します」
「覚えやすいけど、変な番号だな。よくそんな番号で登録できたね」
「電話ではありません。その番号で電話がかかったら、私に音声が届くようにプログラムに変更をくわえたのです」
「プログラムって?」
「この宇宙、いや全ての宇宙はプログラムで動作しています。私やキズキはそれにアクセスできます」
「データだけじゃなくて、プログラムまでいじれるんだ?」
「はい」
「頭の中にプログラムを呼び出して、コーディングするの?」
「私自身はプログラムやデータを意識しません。私がそう決めると、潜在意識が自動的にプログラムを修正するのです」
彼らと僕らの意識上の違いはそれほどなさそうだ。違いのほとんどは潜在能力の差なのだ。
ソラスはソーセージ相手に格闘していた。
「もつ鍋はOKなのに、ソーセージは無理なの?」
僕は見せつけるように、ソーセージをほおばった。
「箸ならうまく使えるんだが、こいつはやっかいだ」
「普通は箸のほうが難しいのに。そうだ、アンドリューに頼んで箸を出してもらったら」
「おやすいご用です」
するとテーブルの上に長さ1メートルはあろうかという巨大な二本組の箸が出現した。しかも漆塗りの高級品だ。
「こんなの使えるか」
ソラスは怒ったが、僕とアンドリューは笑った。
そのときの僕等は目的を達成して満足していた。だが、後から思えば、ほんのつかのまの安らぎだった。
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