第6話


 三日後の午後八時に、僕とソラスは彼女の店で会うことになった。一応、秘密厳守なので、彼女には、ソラスと会うことは黙っておいた。(どうせわかるだろうけど)


 当日、そこに行くと、ソラスは相変わらず年齢不詳で、普通の人間が宇宙人の着ぐるみをかぶっているようにしか見えない。


 ソラスの他にもうひとり、高級スーツに身を包んだ謎の人物がいた。

 一見すると、白人の青年だが、ソラスの知り合いがただの人間のわけがない。

 これまでソラスと会うときは、居酒屋の座敷だったが、今回は洋風の店でテーブル席なので、少しあらたまった感じがする。


 テーブルの上には、この店で出せる最高の料理が並んでいるのだが、誰も手をつけない。食事どころではないのだ。

「紹介します。えーと、名前は……」

 ソラスがそう言うと、その人物は、

「名前はありません。便宜上、アンドリューとでも呼んでください」

「よろしくお願いします」僕は頭を下げた。

「こちらこそ」

 アンドリューも頭を下げた。

 

 それから沈黙が続いたので、

「では自己紹介を」ソラスがアンドリューを促した。

「はい。ですが、私のことを説明するのはとても難しく、うまく説明できるかわかりません」

「宇宙外生命体?」

 ソラスは他の宇宙の生命体で、この宇宙にいるときだけ、地球人がイメージしそうな宇宙人ぽい格好をしている。アンドリューもその類だと思ったのだ。


「いえ。生命体なのは確かですが、あなたやソラスさんのようにどこかの宇宙に所属しているわけではありません」

「キズキヨーコのようにいろんな宇宙を自由に渡り歩いてる?」

「たしかに彼女は元同僚ですが、私は彼女のように好き勝ってに行動しているわけではありません」

「元同僚って同じ仕事をしていたの?」

「はい。運営ってご存じですか?」

 数日前にキズキから聞いたばかりだ。しかもこの場所で。


 ずば抜けた処理能力を持つ彼女は、どこかの運営だったのだ。今目の前にいるアンドリュー青年は、彼女と一緒にどこかの宇宙を司っていた。でも、彼女は運営の経験がないと語っていた。あれは嘘だったのか。


「ひょっとして、彼女が運営やめて、人手不足で困ってるから、連れ戻しに来た?」

 僕がそう推測すると、ソラスが笑った。笑うという行為は、他の宇宙でもあるようだ。

「マルチバースは人材が豊富ですから、人手が足らないわけではありません。確かに彼女の能力は極めて高く、同じ能力の生命体を見つけるのは困難ですが、複数を雇えばよいのです」

 アンドリューは冷静にそう答えた。


「マルチバースって何?」

「こちらで使われていると聞いていますが」

「全宇宙じゃ言い方が変か」

 地球での滞在時間が長いソラスが代わりに答えた。「たくさんある宇宙の集合体」

 宇宙がひとつじゃないことくらい、僕にもわかる。どれだけあるかしらないが、それらの宇宙の集まり全体をマルチバースと呼ぶようだ。ユニバースの複数形みたいなものだ。


「アンドリューはマルチバースの運営のひとり。ヨーコもかつてはそうだった」

 ソラスがそう言った。そうか。彼女はマルチバースの元運営であって、ユニバースや惑星といったちまちました運営の経験がないのだ。了解。


「無数にある宇宙を束ねて、管理してるという解釈でいい? 県警や警視庁の上位組織、警察庁みたいなものか」

 僕は、そう納得したが、地球(というより日本)の事情に疎いアンドリューには通じなかった。


 彼は話を進める。

「宇宙は途方もなく数が多いですが、無限ではありません。ただ、分裂を繰り返し、どんどん増えていっています。我々、マルチバースの運営は、各宇宙の運営と協力して、宇宙のサイズや法則が適切であるかどうか、意味のある分裂かどうか判断し、違反のある場合は、運営の交替を指示したり、最悪、その宇宙を解散させます」

「へえ、ちょっとイメージしづらいな」

「俺も同じだよ」

 と、ソラスが言った。アンドリューを紹介してきたので、彼もすごい存在のような感じがするが、ソラスは僕と同じように、キズキヨーコに適当に選ばれただけの平凡な生命体なのだろう。


「そのマルチバースの運営の方が僕に何の用ですか?」

「そちらでキズキヨーコと呼んでいる生命体。本来は性別がないのですが、操作しているキャラクターが女性なので、彼女と呼びます。運営の主要メンバーであった彼女は、宇宙が限りなく増え続けていくことを問題視し、宇宙同士の合併を主張するようになりました」

 アトランティスの復活も、まさにそれだ。


「合併することに問題があるの?」

「これまで行われたことがありません。その理由は、それぞれ固有の法則を持ち、性質の異なった宇宙をひとつにすれば、大変な問題が発生することが明らかだからです。 ひとつの宇宙にするには、法則を統一する必要があります。相手側に合わせるのはかなり大変です」


 会社の合併では、同程度の規模で対等に合併する例は少ない。たとえ対等でも会社の決まりは、これまでどおりにはいかない。慣れないルールを押しつけられたほうは混乱する。こんな解釈でいいのだろう。


「我々は反対しました。すると彼女は、運営を辞め、自分一人の力で宇宙の合併を押し進めようとしています」

「一人でそんなことできるの?」

「我々運営全体が阻止しようとすれば、彼女の力でも合併は無理です。ただ、運営の中でも、彼女の意見に賛成とはいかないまでも、一理あると考え、様子見を決め込むメンバーがいて、運営全体で反対というわけにはいかないのです。

 そのうえ、彼女は複数の宇宙に、環境破壊で住めなくなるから他の天体に移住させるとか、惑星間トンネルを作るとか、嘘話を持ちかけて、その天体の計算力の幾分かを自分のために利用しようとしています。

 そうなると本当に宇宙同士が合併されてしまいます」


「ちょっと待った。環境破壊で移住って地球のこと?」

 ソラスが苦々しい顔でうなずいた。

「あれ、詐欺だったんだよ。うちの宇宙も騙されそうになった。アンドリューさんの話を聞いて、とりやめにした」

「危ね~」

 僕は肝を冷やした。

「今、彼女はそちらにアトランティスの復活を提案してきていると思います。もともと同じ惑星でしたので、難易度の低い合併です。それを成功させてしまうと、マルチバースの運営の何割かは彼女側につき、全宇宙は混乱をきたします。

 私はそれを阻止するために、運営の仕事を休んで、このアンドリューという醜いキャラクターを操作しているのです」

 彼はアンドリューの容姿が気にいらないようだ。ということは自分でデザインしたのではないことになる。


「アンドリューは誰の案?」

「俺だよ」ソラスが答えた。

「宇宙人ソラスは?」

「ヨーコが考えた」

「ぷっ」

 僕は思わず吹き出した。


「で、僕とすれば、どうすればいい?」

「合併話を断ってください」

「いいけど、もし断って彼女からいやがらせされたら僕の力じゃどうしようもないけど」

「彼女はこの宇宙の運営を無視して、強引に事をすすめています。その代わり、各天体に自分で選んだ代表を作り、その代表と正当に交渉した結果として合併が行われたという大儀を作りだそうとしています。

 言うことを聞きそうな人物を選ばず、代表の選抜は無作為です。そこまでする理由は、我々運営が彼女の行為を監視しているので、あまり無茶はできないのです。

 ですから、あなたやご家族が危険にさらされることはまずないと思われます」


「へえ、そういうことか」

 ようやく彼女の意図が飲み込めてきた。もともと同じ惑星だった、アトランティスのある地球なら、こちらの地球と合併が容易で、成功する確率が高い。向こうもこちらも、失われた大陸の伝説があるので、人類の心理的抵抗も少ない。

 最初から彼女は目的を持って、この惑星にやってきて、合併を用意周到に準備してきたのだ。


「以前、ソラスさんの宇宙に地球と似た惑星を作りだし、あなたを除くこの惑星の全生命体を移住させようとしたのも、合併の練習だったのです。合併にまでいかないように、あえてあなたひとりを残したのです」

「そういうことか」

 人間の女の子の格好をしているからつい油断しがちだが、本当の彼女は、秦の始皇帝もカエサルもナポレオンもヒットラーも、その足元にすら及ばない、途轍もなく恐ろしい生命体なのだ。

 

「ご理解いただけたようですね。次にキズキヨーコと会ったとき、アトランティスの復活を拒否してください。それで彼女は、今回の合併に対する正当性を失います」

「早いほうがいいですね?」

「もう面会の約束をとりつけているのですか?」

「そうじゃないけど、ここ彼女の店だから」

 僕がそう言うと、アンドリューとソラスの二人は、「えっ!」と声を上げ、両眼を見開くという、地球人風の驚き方をした。


「もしかして手の内がばれてしまってまずかった? どうせ僕の心くらい簡単に読みとるから、彼女に隠し事したって無駄だと思うけど」

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