第21話
三日後、キズキの店は再び閉店し、元のマンションに戻った。
だが、アトランティス大陸は大西洋に残ったままだ。せめてもの救いは、ゼウスの出現を反省し、旧世界に対し、以前より協調的になったことくらいだ。
それでも、アトランティスは優位な立場にある。日本と米国は独立したが、ギリシャは属領のままだ。
彼らも同じ人間なので、頭脳や肉体に優劣はなく、その差は主に技術力による。技術の流出を防ぐため、アトランティスからは出来る限り人や物を出さず、旧世界の人間を受け入れることもない。
文明のレベルが異なるので旧世界側も準鎖国政策については大方受け入れている。しかし、旧世界から食料や資源が輸出されるが、支払いはアトランティス債と呼ばれる百年後から償還が始まる債権が使われていることはどう考えても不公平だ。
どこかの国がせっせと米国債を買い続けるが、米国との関係上、それを売却できないのと同じだ。
だが、大方の庶民の暮らしは以前とあまり違いはなく、政治経済の話はさほど関心を持たれない。
僕の家も落ち着きを取り戻した。
弟は学校に行くようになり、前の明るい性格に戻った。ひとつ気になるのは、彼女のことをすっかり忘れたはずが、ときどきあのマンションの前に立ち、ぼうっとしていることがあることだ。
「どうかしたか?」と聞くと、「いや、別に」と答えるが、おそらく本人にも自覚がないのだろう。
女好きだったはずが、新しく彼女を作ろうともせず、
「兄さんって国連職員だろう? コネかなんかでアトランティスに行けないか?」
と、よく聞いてくるのは、彼の記憶が、ハードディスクの通常デリートのように、システム上は消えたことになっているが、本当は削除されずまだ残っていて、特殊なアクセスをすれば、リードできるようなものなのだろう。
彼女は理解していないが、普通では起こりえない特殊なアクセスをしてしまうほど、彼の思いは強かったのだ。
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キズキヨーコの思考には、プロテクトがかけられていて、外部からはその内容をうかがい知ることができない。
森羅万象の全てを知るはずの彼女にもわからないことがある。生命とは何かというテーマだ。運営メンバー達は、生命とは創造主の作りだしたもので、創造主がいかなる存在かは、我々の知性の及ぶところではないと言っていた。
人間という知性の劣る動物の生み出したティマイオスという書物によると、宇宙は一つの動物、あるいは神の一人子とされ、知覚できる神とも形容されている。
もしかしたら、別々の存在だと思われている各生命も、本当はひとつで、それが複数の意識を持っているのかもしれない。ひとつのCPUが複数のコアやスレッドで作動するように。
とするならば、この世の全ては、ひとつの知性の中で展開する妄想ということになる。
彼女は、異なる宇宙同士の合成に成功した。それは嘗てない偉業といえるが、これから彼女が行おうとしている計画からすれば、ほんの一里塚にすぎない。
彼女の元同僚マルチバースの運営メンバーの間では、反対の声が大きかったが、アトランティスと旧世界はもともと同じ星だったので、うまい具合に懐柔工作を行い、実行にこぎつけることができた。
反対派の一人が妨害しにきたが、その程度の障害は織り込み済みだ。いくら彼が邪魔しようにも、地球全権大使が合併を認めたのだから、こちらに大儀がある。
今回はうまくいったが、次は少々やっかいだ。分裂した宇宙同士を元通りにするのではなく、今回作り出した地球のある宇宙に、無関係な宇宙を無理矢理くっつけるのだから。
その後もその宇宙に他の宇宙を加え続け、超巨大なメガユニバースを誕生させる。一旦巨大化に成功すれば、その計算力は途方もなく、巨大惑星に隕石や小惑星が引き寄せられるように、他の宇宙を次々に飲み込み、運営が抵抗しようと止めることはできない。
最終的にマルチバースは、ひとつのユニバースとなり、彼女はそこを永遠に統治することになるはずだ。
今回の勝負は、ゼウスとの勝負だったが、運営を含めたほとんど全ての知性は、ゼウスの存在を単にアトランティス伝説をなぞらえたイコン的役割に解釈しているだろう。だが実は、これはゼウス率いるオリンポスの神々が、クロノス率いる巨人族と戦った、ギリシャ神話のティーターノマキアーにも勝る重要な戦いだった。
ティーターノマキアーは全宇宙を崩壊させたが、今回の戦いの結果が、全宇宙の将来を左右することを、彼らは後になって知ることだろう。
天動説の彼女2~アトランティスの謎 @kkb
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