第14話


 4月1日午前4時。何の兆候もなく、その時が来た。


 大陸復活となると天変地異には違いないが、大地震や大津波といった現象が起きることなく、大西洋上の巨大な陸地が衛星写真に映し出されることで、人類は異変を知ることになった。昨日までそこにあったと言われても不思議がないくらい、違和感がなく、大陸出現に伴う大規模災害の心配は杞憂だった。


 おそらく地球が平面から球体に変わった時も、誰にも気づかれないように、運営がやってのけたのだろう。地球の運営など足元に及ばぬ、キズキヨーコのことだ。このくらいは朝飯前のはずだ。


 大手の報道機関には数日前に連絡がいっており、どの局のニュースキャスターも冷静に事の次第を伝えた。

 しかし、4月1日のエイプリル・フールということもあって、真に受け止める人はほとんどいなかった。報道はそれ一色なので、いくらエイプリル・フールでもやりすぎだと、テレビ局には苦情が殺到した。


 それが事実だとわかると株価は大暴落、人々は生活物資の買い占めに走った。

 アンドリューの提案で、アトランティスを除いた世界を旧世界と呼ぶことになった。その旧世界とアトランティスとの交流は、彼の仲介で最初のうちはスムーズにいった。


 最悪の事態は防げたとはいえ、アンドリューはこの状況に不満だった。宇宙同士の合併が実際に行われ、それを防げなかった自分が許せないのだろう。

彼は、僕とソラスを呼び出し、分裂案を提案してきた。


「アトランティスと非アトランティスとを争わせ、人々が分裂を望むようにしむけます。

 具体的にはアトランティス側の野心を募らせ、彼らを旧世界の支配に駆り立てます。旧世界の人々は、アトランティスを憎むが軍事科学力の差は歴然です。なすすべくもなく、人々は全能なる存在に期待するようになります。

 そこに私が、絶対神ゼウスとして降臨し、アトランティスを再び沈めます」


 ゼウスとは、ギリシャ神話に登場する最高の神で、人類に加えて、オリンポスの他の神々の父であって、彼らを守護し、支配する。12000年前にもアトランティスはゼウス神の怒りをかい、海中に消えたと伝えられている。


「別に旧世界とアトランティスを争わせなくても、最初からゼウスが登場するだけでいいじゃないか」

 と僕は聞いた。

「残念ながら今の私ではキズキヨーコに勝てません。私が彼女に勝利するには、人類の応援が必要なのです。

 私と旧世界の人類全体のデータ処理能力を合わせれば、キズキとアトランティス人のデータ処理能力の合計を上回るのです」


 根っからの合理主義者である僕は、昔から応援というものの価値がわからなかった。あるサッカーチームを応援しても、選手自体の実力が上がるわけでもないのに、何故、サポーター達は熱狂的な声援を送るのだろう。せいぜい、応援されると気分が高揚するくらいだ。応援されてパフォーマンスが変化するようなら、その程度の実力なのだろうくらいに考えていた。

 ところが、生命SOC的考えでは、応援とは、応援者のデータ処理能力を応援対象に費やすことらしい。 


 僕は納得して、

「僕のすべきことは、旧世界の人類にゼウスを応援させればいいんだな?」

 と確認した。

「国連始め各国政府への根回しをお願いします」

「ゼウスの応援ね……結構大変かもな」


 重責に緊張している僕に、アンドリューは、

「まずはその前に弟さんの結婚式を派手にぶちこわしましょう」

 と、気を紛らわすことを言った。

 そうだった。まずは、それでキズキのやる気をそぐのだ。

   

 アトランティスに向かう前週に、ニューヨークから一旦日本に帰国した。理由は発着する空港が国内にあるからだ。

 空港は普段通りで、ターミナルビルのショッピングコーナーで待ち時間をつぶした。


 予定より早く、お迎えの飛行機が到着した。早めに来たのは、空港職員が多少混乱することを見込んでのことだ。異なる文明圏の乗り物だ。何の混乱もないほうがおかしい。しかし、衝撃は予想以上だった。


 アトランティスの最新旅客機を予想していたが、それは巨大な龍だった。

 龍の模様がペイントされているのではなく、龍のオブジェのような物体が飛行するのだ。ドラゴンの概念がアトランティスにも伝わっている可能性もあるが、やはりこれは向こうで実際に利用されているのではなく、キズキが作り出した一時的存在なのだろう。


 龍の口から異常に長いタラップが舌のように伸びてきて、そこをごく普通の男性搭乗員パーサーが降りてくる。

 彼と空港職員が話し合った後、乗客への案内があった。僕一人かと思ったら、数十人もいて、そのほとんどが日本人のようだ。


 恐る恐るタラップを登った。

 龍の喉にあたる部分にドアがあり、中に入ると、窓がない点を除けば普通の旅客機と変わらない。

「この客達は誰だ。こんな乗り物でアトランティスに行く人間が僕以外いるのか」

 と、僕はすました顔で通路に立っているCAに文句を言った。


 制服をまとったキズキヨーコだった。

「どうされました? お客様」と聞かれ、本人とは限らずサイボーグ的存在かもしれないが、「お招き頂き光栄です」と社交辞令な挨拶をしておいた。


 隣の席は、年輩の日本人男性だ。僕が会釈すると、

「どうぞ、よろしく」と挨拶を返してきた。

 その男性がやたらと話しかけてくる。長野県でキャベツ農家をしていて、娘の結婚式に出席するため、生まれて初めて飛行機に乗ったという。

 アトランティスで一般人の結婚式があるわけがない。どうせキズキの描いた架空の存在なのだろうが、年長者をぞんざいに扱うわけもいかず、「はい。そうですね」などと愛想よく振る舞った。


 シートベルトを閉め、離陸に備える。

 パイロットの挨拶も普通だが、どこに操縦室があるというのだ。

 外見が龍なので、荒い運転を予想したが、ごく普通に離陸し、その後も順調だった。

 十時間ほどで現地空港に到着した。見た目は異様だが、通常の速度で飛んでいたようだ。


 順番に外に出る。ドアを抜けると、龍の口のなかが洞窟のようだ。タラップに足をかけたとき、眼前の光景に心を奪われた。

 そこは空港というより、大きな公園や広場のような感じで、地面はアスファルトではなく、光沢のある白い素材で一見すると大理石のようだ。空港にしては面積が狭すぎる。こちらの飛行機は、ごく短い滑走路でも離着陸できるのだろうか。


 遠方に視線を移すと、一瞬、中東のドバイにでも来たかと思わせる景観広がっていた。

 が、よく見ると旧世界とは異なる。

 ギリシャ建築とマヤのピラミッドを合わせたような高層建築群を緑が取り囲み、それらの先には人工的な形状の湖が広がっている。

 ということは、ここはアトランティスの中心、アクロポリス。

 伝説通り、円状に広がる運河に囲まれているのだ。

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