天動説の彼女2~アトランティスの謎

@kkb

第1話

      前書き


 NHK・Eテレ2017年12月7日放送、モーガン・フリーマン時空を越えて「この世界は仮想現実か?」というドキュメンタリー番組でオックスフォード大の哲学者が、我々は未来の人類が作ったシュミレーションのデータかというテーマを真剣に論じていた。

 番組では他に、目に見える光景以外は曖昧にする、少数のアクティブな存在以外はシンプルなキャラクターにする、などの計算負荷を下げるテクニックをゲームデザイナーが紹介していた。


 宇宙が仮想現実という前提の前作「天動説の彼女」でも、負荷を下げるアイデアをいくつかとりいれた。

 宇宙には地球しか存在せず、他の天体はみせかけだけで、その地球も表面だけ。原子や素粒子などは観察したときだけ存在し、老化やストレスで人体の処理負荷が限界に近づくと手抜き細胞であるガン細胞が増える。


 宇宙に地球しか存在しないということは、太陽、月、夜空の星々はプラネタリウムの映像と等しく、地動説ではなく天動説が正しいことになる。本当にこの世界が仮想現実なら、天動説だけでなく、魔法使い、幽霊、UFO、輪廻転生、アトランティスなど何でもありだ。



   前作のあらすじ


 主人公が出会ったキズキ・ヨーコという少女は、地球は宇宙の中心にあり、他の天体が地球の周りを回っているとする天動説は正しいと主張した。それどころか、本当は宇宙には地球しか存在せず、夜空の星々はプラネタリウムのような映像にすぎないという。

 

 いや、そういった他の星だけでなく、人間も含めたこの世の全てのモノはヴァーチャルな幻にすぎない。

 宇宙は生命の集合体が協同で計算・描画している一種の仮想現実であって、個々の生命はオンラインゲームの運営サーバーのひとつのCPUのように機能する一方、ゲームのプレーヤーのように、それに参加、体験をしている。


 生命の本質は、コンピュータに感覚と自我を持たせたSOC(システムオンチップ)的存在で、処理能力の程度で操作するキャラクター(生物)のランクが決まる。


 ほとんどの生命が肉体のデータ処理に処理能力の大半を費やし、老化に伴い処理量が増大し、ガンなどの疾病を引き起こし、死に至る。

 死によって操作する肉体を失った生命は、次の肉体が用意されるまで、幽霊(イメージ映像のみでデータ処理量が少なくてすむ)として過ごすが、処理能力に余裕があるので、物理法則を越えた現象を引き起こす場合がある。


 彼女の処理能力は人智を遙かに越え、自在に物質を操り、複数の宇宙を渡り歩いているという。

 現在、この宇宙には地球しか存在しない。その地球も地表のみの存在で、地中に関しては掘削した箇所のみ、データ処理される。


 二十一世紀の現在、アメリカなどでFlat Earthersと呼ばれる地球平面論を唱えるグループがいるらしいが、彼女によると、地球は元々平面で、それも今よりも随分小さかった。それが大航海時代に、人口増などで全体の計算能力が増えたことで、球体として表現できるだけの能力を獲得したことで、地球は丸くなったという。

 それ以前にヨーロッパやアフリカからアメリカに渡った証拠すら、大航海時代以降にねつ造されたものだという。


 彼女は進化論すら拒否する。進化論が唱えられて以降、その内容と処理負荷を考慮して正式に採用された。進化論が正しいことにするために、生物が進化してきたという化石などの証拠をねつ造した。

 進化論に限らず、優れた理論が登場すると、それが事実であるという証拠やデータが新規に作り出される。物質が分子や原子でできているというのも、事実ではなく、観察した場合だけ、そのような現象が起きるという。


 今地球には宇宙人が来ているが、宇宙内の他の惑星から来たのではない。


 高度な生命が、存在しない星から来たことになっている宇宙人として、地球の環境破壊をくい止めるため、人類を管理下に置く計画が進行中だという。

 そのことを知った主人公は、人類代表として、彼女の紹介で、宇宙人の代表ソラスと協議し、大型宇宙船に人類を移住させることに決定。ただし、宇宙船が出来るまでの間、全生命体をソラスの宇宙に避難させる手はずになった。そのために新惑星をこしらえたのだが、ちょっとしたミスで新惑星に居住は無理とわかり、地球の生命達は母星に戻ったのだった。


 

******************

 

 

 僕は、地方に本社のある自動車電装部品会社に勤める二十代半ばの技術系社員だった。それが、キズキ・ヨーコという若い女性に出会ったことで、運命が大きく変わった。


 僕だけでない。全人類、いや地球上の全生物が、彼女ひとりのせいで大変な目に遭った。

 今から考えても信じられないが、地球という惑星が黄金の塊と化した。比喩的な意味で言っているわけでなく、一部を除き地球を構成する全ての成分がAuという元素に変化したのだ。


 それだけでなく、僕を除く地球上の全生物が、別の宇宙に移動し、僕は極小となったこの宇宙にただひとり取り残され、究極の孤独を味わった。

 何かの手違いから元の状態に戻り、キズキ・ヨーコはこの宇宙を去っていったが、全権宇宙大使となった僕は、この宇宙の後処理について、ソラスという宇宙人(この宇宙の宇宙人ではなく、他の宇宙の生命体を地球人がイメージしそうな肉体を持ち、コミュニケーションの都合上日本語を話す)と相談していたのだが、ソラスはやる気もなく、雑談ばかりで、しばらくして現れなくなった。


 それで僕は、非常勤の国連職員という立場となり、会社の寮を出て、実家で生活している。実家暮らしの上、ほとんど何をしていないのに、国連から十二分な報酬を受け取り、暮らしには困らないのだが、することもないというのも結構苦痛で、働きたくてもいざという時の為に、体を空けておけと言われ、退屈しのぎに、「天動説の彼女」という体験記を記した。

 といっても機密事項も含まれ、世間に内容を公表できないので、一部の関係者以外は読んだ者はいない。


 あくまで体験に忠実に記したはずだが、読み返してみると、とても事実とは思えない。ということは、今はそれなりに平穏な生活を取り戻したことになる。

 あれだけの異常体験をしたのに、現在は非常勤の国連職員という特異な立場であることを除けば、ごく普通の人々の日常と何ら変わりない。


 いや、変わりなかった。キズキ・ヨーコを再び目撃するまでは。


 実家では父、母、弟と四人暮らしをしている。父親は、調味料などを扱う食品会社の営業課長だ。母親は最近までスーパーでパート。弟は高校二年で、勉強があまりできず、地元の学校に徒歩で通っている。

 弟は外見は僕と似て、きりっとした男前だが、人間が軽く、すぐ女の子にちょっかいをかける。一応、大学進学を目指しているらしいが、あまりというか、ほとんど勉強していない。


 家族は、政府関係者等様々な機関から僕に連絡があることから、僕があの騒動と何らかの関わりを持っていることに気づいている。しかし、守秘義務があるといって、詳細は教えていない。

 本当は特に何もしていないのだが、極秘のレポートを作成する仕事だといって、日中にぶらぶらしていることの言い訳にしている。


 一応重要人物なので、人との接触を減らすよう言われ、時々、警察関係者らしき人物が見張っているようなので、派手に遊ぶこともできない。遠出をする場合は、報告する義務がある。ちょっとした軟禁状態でストレスがたまる。それで、暇つぶしにちょっとした買い物によく出かけ、特に必要のない物で部屋が散らかっている。


 その日も夕方、車で自宅から二キロも離れたベーカリーに向かった。

 近所にもベーカリーはあるし、これといって評判の店でもないが、何でもいいから外出したいのだ。

 買い物を終え、自宅に近づいた頃、帰宅途中の弟を目撃した。後ろ姿だったが、海外のパンクバンドのワッペンのついた鞄で彼だとわかる。

 女子生徒と並んで歩いているが、その時点では驚かなかった。


 その女の子が弟のほうを向いたとき、横顔が見えた。

 見覚えがある顔だ。色白の丸顔にボブヘアの裾を切りそろえ、高校生にしては童顔だ。


 一生忘れることはないが、もう会うことはないと思っていた。

 彼女は、いつの間にこの宇宙に戻ったのだろう。

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