第19話


 対してキズキは十億の大票田を狙ってきた。


 紅いチャイナドレス風ボディ、頭の左右には団子状の突起、手に持つ扇が武器だ。二胡や琵琶などの伝統楽器を使ったゆったりとしたBGM。

 テロップには「中華武術娘(ziong hua wu shu niang)」とピンイン(発音)まで表示されている。

 

 中華娘は、扇を投げた。誘導装置でもついているように(おそらくついている)正確な動きで、ゼウスの顔を切り裂くと、ブーメランのように自分のところに戻ってきた。


 彼女はもう一度扇を投げた。

 今度はゼウスは、宙を舞う扇を真剣白刃取りのように両手で挟んだ。ゼウスは怪力で薄い扇を折り曲げた。

 武器を失った武術娘は、素手で戦う。親指、人差し指、中指の先を合わせ、体を低く構えた独特のスタイル。蟷螂拳だ。


 動きが速い。ゼウスが繰り出した右腕を、外側から三本指で固定し、空いている手で相手の顔を打つ。

 ゼウスがひるんだ隙に、後ろに回り込み、首に両手をかけ、背中を膝で蹴り、そのまま後ろから地面に倒す。

 彼女の後ろ、いつの間にか地面に垂直に長い棒が立っていた。

 狼牙棒だ。


 先端にトゲがあり、これで打たれるとかなりダメージを受ける。

 彼女は棒をつかむと、立ち上がったゼウスの顔を棒の先端で何度も横殴りに打つ。それでゼウスはまた仰向けに倒れた。

 彼女は空中に飛び上がり、下に横たわるゼウスの心臓めがけて、狼牙棒を振り下ろそうとした。

 あれが直撃すればさすがのゼウスもまずい。


 ゼウスは体を横に向け、すんでの所で、命拾いした。

 彼女が地面にささった棒を抜こうとしているとき、ゼウスは寝た状態で体を回転させ、相手の足を蹴った。バランスを崩した彼女は派手に倒れ、ゼウスは狼牙棒を奪いとった。

 ゼウスは棒術を会得しているのか、巧みに狼牙棒を振り回す。ついには先端が彼女の額の中央にあたった。かなりの衝撃があり、中華娘は硬直した。

 しかし、額には傷口の代わりに第三の目があった。


 青黒い肌。四本の腕はそれそれ剣や三叉戟などの武器を持つ。人の生首をつないだネックレス、腰回りには切断された手足を巻いている。

 破壊と殺戮の象徴ヒンドゥー教の女神カーリーだ。


 中華の次はインドにアピールするようだ。BGMのシタールが耳に心地よい。


 ヒンズー教の女性神対ギリシャの男性神。

 ゼウスは中華娘から奪い取った狼牙棒でカーリーを攻撃するが、もともと自分の武器ではないので、うまく使いこなせない。一方、カーリーは四本の腕を巧みに操り、ゼウスの隙をつき、ゼウスの防具はぼろぼろだ。

 ひるむゼウスに、カーリーの額からレーザービームが放たれた。

 ゼウスは狼牙棒でビームを受け止めるが、みるみるうちに棒が溶けていく。

棒がまっぷたつに折れ、ビームはゼウスの胸当てを破り、心臓を直撃だ。

ゼウスの全身が赤く変色し、ゲージがみるみる下がっていく。


 勝負あったかと思ったら、ゼウスの手に再び伝家の宝刀ケラウノスが現れた。

充電時間はたいしたことないが、それでも前回よりは強力なはずだ。

 ゼウスは相手のビームに紡錘の先端を合わせた。ケラウノスは稲妻を放ち、カーリーの額は電撃に貫かれた。

 第三の目のあったところには穴が空いている。

 カーリーは前に倒れた。すると、すぐに半裸の全身が黒い布に覆われた。

葬儀でもするのかと思ったら、彼女は静かに立ち上がった。そこにアラブ女性風ロボットの姿があった。


 アラブの民族衣装といえばアバヤだ。肌の露出が少ない黒ずくめの格好で、頭にはスカーフを巻く。

 目元だけ露出させる忍者と似ている。

 中華、インドに続いて、十億超のイスラム人口を狙いにきたのだ。


 アラブ娘は戦おうとせずに、ベリーダンスを踊っている。

 そこへゼウスが鎌攻撃。アラブ娘は、踊りながら巧みにかわしていく。多少はあたっているが、黒い衣装は見た目より頑丈なようで、効いていない。

 アラブ娘は踊るだけで、ゼウスの攻撃は無効だ。

 このままでは埒があかない。


 ゼウスは本気を出し、かつてギガントマキアーの戦いにおいて使用した最強の防具、恐怖という名の甲冑をその身にまとった。

 すると防御力だけでなく、筋力が増したかのように、攻撃の威力が増した。彼女の動きが次第に鈍くなり、ついには片膝を前につけ、動くのを止めた。そこへゼウスは両手でアダマスの鎌を構え、彼女の頭上に振り下ろした。


 アラブ娘の頭に鎌が刺さり、そのまま俯せに倒れた。


「アラビアンガールは負けましたが、次はどんなロボットが出てくるのでしょう」

 キャスターはそう解説しているが、アラブ娘は倒れたままだ。

「敵は起きあがりません。これは、我らがゼウスの勝利ということでしょうか」


 キャスターだけでなく視聴者のほとんどが彼女の敗北を悟ったそのとき、天使が空に舞い、ラッパを吹いた。それが合図になったように、異変が起きた。墓から蘇った死者がゾンビのように徘徊している。


 天が揺れ、大きく裂け目が入る。ジグゾーパズルのように切り取られ、そのまま地面に落ちてくる。

 大地も割け、海水が流れ込んでくる。


「勝負あったな」僕は言った。「さよならアトランティス。こんなに早く沈むならもっと楽しんでおけばよかった」

 僕は少し後悔した。


「大変です。天変地異です。ですがご心配はいりません。ゼウスは勝ちました。アトランティスが再び沈みます」

 キャスターは米国のスタジオにいるので、おそらくアトランティスに行ってはいない。僕以上に伝説の大陸が沈むのを残念に思っていることだろう。それでも喜びを伝えなければいけない。

「やりました。ご安心ください。これでアトランティスの横暴に苦しむことはなくなります」

 心のどこかで彼女を応援していた旧世界人類も、表向きはこの事態を喜んだはずだ。


 だが、おかしい。

 ゲージはキズキのほうがかなり高く、6対4ほどまで差を開いている。

 これはアトランティスの沈没ではない。その証拠にテロップには「最後の審判」という技名が出ている。


 これぞアラブ娘、いやプトレマイック・ガールの究極技。コーランに記された世界の終わりが出現したのだ。

 彼女は、絶対神ゼウスに対し、唯一神の力を借りたのだ。


 ゼウスは絶望からか両手で頭をおさえ、その場にひざまづいた。

 そして、体が石像のようになり、それがひび割れていく。最後には轟音とともに砕け散り、石の破片だけが残った。

 

 多神教の神は、一神教の創造主の前に敗北した。

 すぐに天変地異は収まり、元の平和なアクロポリスが出現した。

難敵を完膚無きまでに破ったアラブ娘は、すっくと立ち上がると、初期タイプのプトレマイック・ガールに戻った。

 直立したまま右腕を横に伸ばし、左手の平を胸の前につけ、軽く頭を垂れ、応援してくれた皆様に感謝の意を示した。

 日本の視聴者には「アリガトー」という言葉が聞こえた。キズキの声だった。


 ロボットは体を伸ばし、頭を上に向けると、そのまま空中へと飛翔し、雲の彼方へと消えていった。

 考えてみると、最初と最後に登場したプトレマイック・ガール本人は、姿を披露しただけで一切戦っていない。


 ゼウスが敗北しても、キズキの三分の二ほどゲージが残っていたのは、体力ゲージではなく、データ処理能力の比較グラフだからだ。少なからぬ旧世界(ひょっとしたらアトランティスも)の人間がキズキの応援に回ったため、アンドリュー側の能力が下回り、アトランティスはそのまま地球に残った。


 これは完全な敗北だ。敵を応援してしまうとは、人類は何と愚かなのだろう。

 我々人類の応援が結果を左右したとはいえ、全体からみれば一、二割の変化を起こしたにすぎない。

 そこからわかることは、アンドリューにしろ、キズキにしろ、おそらく一人で人類全体のデータ処理能力を上回っているということだ。もちろん、身体維持など必須処理を除いた余剰分の比較になるが、それにしても恐るべきマルチバースの運営。

 一人で七十億人を越える。なんというすごさだ。

 考えてみれば、二十世紀後半のコンピュータに使用されたCPUと最新のものを較べれば、そのくらいの能力差はあるかもしれない。

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