十八 その名はヨーモウ。

 ミュウと黒龍が幼女の姿をした古龍帝の部屋に誘われ、この世のものとは思えない怒鳴り声と、この世の何処にででも聞ける謝罪の声が入り混じって聞こえて暫し、静寂に包まれた中でカチャリ、キキキ……。と、扉が開けられた事に驚き、ビクッ。としたカリン達一同。


「どうぞ。お入りになって」


 微笑んで誘う古龍帝に内心ビクつきながらも、カリン達は古龍帝の部屋に足を踏み入れました。


「わあ……」


 入室したシルビアが感嘆の声をあげました。カリン達は、ネオ・デレーラ城の様な玉座が置かれた謁見の間を想像していただけに、立派なシャンデリアや真っ白なレースのカーテン。天幕が付いたお姫様ベッドに木目が華やかなマホガニーの食器棚など、煌びやかな室内に驚きを隠せませんでした。その室内の端っこでは、ミュウと黒龍が焦げているのが見えます。


「さ、どうぞ。お掛けになって下さいな」


「失礼するでちよ」


 勧められたソファに腰を下ろすと、古龍帝の少女はテーブルに置いてあったハンドベルを鳴らします。リーン、リーン。という小気味良い音が室内に響くと横手の扉が開けられ、カリンと身長がほぼ変わらない二足歩行の獣が、ワゴンにお茶とお菓子を乗せて現れました。


「羊……?」


「彼は執事のヨーモウです」


 羊が執事で名がヨーモウ。そんな彼は夫々にお茶を配り終えると、一礼をして退室してゆきました。その動作はテキパキとしていて流石は羊……いえ、執事ですね。


「さ、どうぞ。召し上がって下さい」


 出された紅茶を一口啜ると、柑橘系の良い香りが鼻を抜けてゆきます。出されたお菓子もとても美味しく、人気スイーツ店の店長であるお店のマスターは、こんな美味しいモノがあるのか。と、驚いていました。


「さて、まずはお詫びをしなければいけませんね。小さき者、そしていと小さき者よ。我等龍の不手際に巻き込んでしまい、誠に申し訳ありません」


 コトリ。と、ティーカップをテーブルに置いて、古龍帝の少女はゆっくりと頭を下げました。


「そんな、頭をお上げ下さい古龍帝様。わたくし達は、世界の行く末を思えばこそ立ち上がったのですから」 


「そう言って頂けると嬉しいものですね……」


 言って古龍帝の少女が人差し指を立てると、指先に紫色をした珠を生み出しました。


「こんなっ」


「みぎゃっ!」


 部屋の隅で焦げているミュウ達に向かって指を折ると、指先に在ったビー玉程の紫色の珠が飛んでいき、バチッと音を立てて弾けました。


「ヤツラなんかにっ」


「にょふっ!」


「任せてっ」


「ぎょへっ!」


「おいたのはっ」


「あっふぅんっ!」


「妾の誤りでしたねっ」


「ああああんっ!」


 続けざま放たれる紫色の珠。平然とした表情かおでソレを行う古龍帝の少女をカリン達は怖いと思う一方で、罰を与えられるのは仕方が無いと思っていました。なにしろ、魔王が解き放たれれば、この世は終わりなのですから。それにしても、最後の方はむしろ悦んでいたように思えるのは気の所為でしょう。


「さて、スッキリした所で――」


 どうやらミュウ達に与えた罰は古龍帝の憂さ晴らしだった様です。


「あなた方が持っている龍の眼を、妾が預かりましょう」


「わかったでち」


 カリンは袋から赤い粒子が漂う龍の目を取り出し、コトリ。と、テーブルに置きました。


「赤龍の目。確かに還して頂きました」


 言って古龍帝は、何処からともなくへ仕舞い込みます。本当に何処へ仕舞っているのでしょうか?


「さて、あなた達がこんな場所まで出向いて来た理由を、お聞かせ願いますか?」


 カリンはコクリ。と、頷き、事情を話します。カリン達の目的は三つありましたが、一つは既に渡した龍の眼ドラゴンズ・アイの保管をお願いする事ですので残りは二つ、一つは白龍の持つ龍の眼ドラゴンズ・アイの確認の為に、雪原を渡る防寒具が欲しい事。二つ目はエリザ王女に掛けられた、えっち方面の敏感肌の呪いを解いて貰う事です。


「なるほど……」


 紅茶を飲みながら話を聞いていた古龍帝の少女は、ティーカップをテーブルに置いて頷きます。


「では、二つ目の案件。先に済ませましょうか」


 呪いが解呪出来ると聞いて、エリザ王女の表情がパアァっと明るくなりました。正直な所、解呪出来ない。と言われるのではないかと内心ビクついていたのです。


「では、そちらのお嬢さんは妾に付いて来て下さい。他の方はそのままお待ち下さいね」


 古龍帝の少女は立ち上がり、羊の執事が入ってきたドアとは別のドアを開けると、エリザ王女を誘います。


『それでは服を脱いで下さい』


『は、はいっ』


 ドアが閉められると同時に耳に届いた声に、お店のマスターと何故かシルビアがギョギュリ。と、唾を飲み込みます。


『そのまま楽にしていて下さい』


『はい……あ、ぅぁん』


『それでは股を開いて』


『くぅん……ぁ。はぁん』


 壁を通して聞こえて来るエリザ王女の艶めかしい声に、お店のマスターは椅子から立てない程にマスターが主張しています。シルビアも耳を真っ赤にしながら、ドアの向こう側で繰り広げられているナニカに聞き耳を立てていました。


「古龍帝様のテクは最恐ですからねぇ……」


 言ってミュウは羊の執事を呼んでお茶を頼みます。


「ミュウ。大丈夫でちか?」


「ええ、あれくらいじゃ何とも無いですよ。むしろ、あれくらいで済んだのが奇跡に近いですけど……」


 運ばれて来たお茶を一口啜りました。


『それじゃ、ググッと押し込むわよ』


『え……? それはちょっと怖いです』


『大丈夫大丈夫。始めは痛いかもしれないけど、馴れれば良くなってくるわ』


 ピクリ。と、身体が反応するお店のマスターとシルビア。彼等の脳内では、エリザ王女のあられもない姿が浮かび上がっている様です。


『んっ……』


 ピクリ。神経を研ぎ澄まして聞いている二人の耳が動きました。


『んぁぁぁっ……』


『アラ、始めからこんなにイケるなんて素敵だわ。この分だともっとイケるわね』


『んんんぅっ』


「(いいい一体何をしているんだ?!)」


「(おおおお姉様が、あんなカッコウでこんな事を……!?)」


 お店のマスターとシルビアの脳内では、二人の行為がヒートアップしてゆきます。背景に百合まで咲いている始末です。


「聞き耳を立てるなんて失礼じゃないかしら?」


「「うわっ!」」


 突然耳元で聞こえた声にお店のマスターとシルビアが、お尻のチカラでソファから浮き上がる程に驚きました。その所為でソファが揺れてしまい、カリンの持つお茶が危うく溢れ掛けたのでした。


「無事、解呪出来たようでちね」


「ええまあ、あれくらいなら簡単です」


 他の二龍に出来なかったのですからそう簡単でも無い筈です。流石は龍達の長。と、いえるでしょう。


「はぁ。しゅご……すごく良かったです」


「そう? 美容にも効果抜群だから是非毎日やってね」


「「(毎日ヤる!?)」」


 明日はこんな事をして明後日はあんな事をして。と、お店のマスターとシルビアの妄想力は、止まる事なく益々広がります。


「そんなに良かったでちか?」


「ええ、良ければカリンさんも一緒にヤりませんか? 『すとれっち』っていうのを」


 ストレッチの話でした。




 再び腰を下ろし、次の案件をと古龍帝の口が開きかけた時でした。カリン達が入室してきたドアが突如ガチャリ。と、開けられ、室内の皆が開けた主に視線を注ぎます。その主とは、赤色の短髪で日に焼けた肌が特徴的な、一見好青年に見える男でした。


「にぃにっ!?」


「「「にぃにっ?!」」」


 ミュウの口から出た言葉に驚くカリン達一同。突然現れたその男よりも、むしろそっちで驚きました。


「おおっ、愛しの妹よ」


 言って男はツカツカ。とミュウに歩み寄り、ギュッというよりガバッと抱き締めます。


「話を聞いて慌てて会いに行ったが、棲み家はもぬけの殻でにぃに心配したんだぞ?」


 その頃のミュウはカリンとの契約を済ませてロクス・フォレストに棲まう緑龍、オトコの娘セーラに会った帰り道でした。


「だが、こうしてまた会えたんだ。にぃには嬉しいぞ。さあっ、にぃににいつものチューをしておくれ」


「いや、してないから」


 ミュウから即座にツッコミが入りました。


「丁度良い。赤龍よ、各地を回り龍達に帰還するよう伝達をしてくれ」


「え……? オレがですか……?」


 なんで行かなきゃならないの的なニュアンスを漂わせる赤龍です。ですが――


「お願いにぃに。行ってくれないかな?」


「ミュウの頼みなら喜んでっ!」


 上目遣いで頼み込むミュウに即答した赤龍は、妹にはめっぽう弱いようでした。


「黄龍と黒龍は、小さき者達と共に白龍の元へ赴き、目を回収してくるのだ」


 古龍帝の言葉に、赤龍がえっ。と、声を上げました。


「なんだ、妾の決定に不服でもあるのか赤龍よ」


「あ、いや。その……出来れば、そっちの方がいいなぁ……なんて」


「にぃに。ダメだよ。古龍帝様の命令は絶対だからね」


「はい……」


 溺愛妹ミュウに強く言われ、赤龍はシュン。と、項垂れます。


「それでは小さき者達よ。そなた達にコレを貸し与えよう」


 言って古龍帝の少女は、何処からともなく取り出した指輪をテーブルの上に置きました。銀のリングに、爬虫類の目の様な模様が入った青い宝石が、その上部にハマっています。


「指輪……?」


「これはなんでちか?」


「これは防寒具だ。その名もC・キャンセラー。これならば問題なく寒さを凌げよう」


 極寒地における凍てつく波動対策の道具です。カリン達はそれぞれ指輪をハメてその効果を確認しようとしましたが、何も起こりませんでした。


「あれ? 何も起こりませんわね……」


「ここで着けても無意味だぞ」


 寒くもない場所で着けても何も起こらないのは当然です。こういったアイテムはその場に行かないと効果が得られないのが一般的なのです。


「あの、古龍帝様。私達には何を……」


「お前達には必要はないだろう? とっとと行ってこい」


 両手を揃えてにこやかな笑顔で何か頂戴アピールをした黒龍ですが、古龍帝の少女に冷たくあしらわれました。


「我が眷属達よ。世界の滅亡は目前に迫っている。心して事に当たれ!」


 古龍帝の言葉に、その場に居る皆が応え頷きました。こうしてカリン達は、最後の龍の眼ドラゴンズ・アイが保管されている、極寒の地へと旅立って行ったのでした。




 古龍帝の庭園を出発したカリン達一行。現在は黒龍の背に乗り海上の旅人となっていました。高速で飛行する黒龍の後からは、オレたちゃオプションだぜ。と言わんばかりに、立ち昇った水の柱がくっついて来ています。結局の所、エリザ王女の高所恐怖症は治っていなかった様で、現在も白目を剥いて失神&失禁中です。お店のマスターとシルビアはこれに慣れた様で平気な顔をして乗っています。


「黒龍さんよ。出発前に赤龍さんに呼ばれていたみたいだが、何か言われたのか?」


 出発直前に赤龍に呼ばれた黒龍は、陰でコソコソと何やら話をしていました。


『いえ、別に大した事ではありません。黄龍に手を出したら溶岩の海に沈める。と、言われただけですよ』


 十分に大した事です。


「それにちても、懐柔されたのは赤龍じゃ無かったんでちね」


 赤龍は血の契約によって魔王崇拝者と契約を結んでいた。と、思っていたカリン達ですが、実際契約を結んでいたのは緑龍のオトコの娘セーラでした。


「ええ、にぃに……コホン。お兄ちゃんの話じゃ、契約の石版は数千年前に溶岩に飲み込まれたそうです」


「なるほど、それで懐柔される事が無かったのか。だけど、目は奪われちまったんだろ?」


 一度は奪われた赤龍が保管していた龍の眼ドラゴンズ・アイですが、現在は取り返して古龍帝に返還しています。


「まあ、そうだな。やって来た黒装束の奴等に私の事を言われて、慌てて飛び立ったらしい」


 方々探し回って疲れ果てた赤龍が自身のねぐらに戻った時には、護れと云われていた龍の目ドラゴンズ・アイは何処にも無く、慌てて古龍帝に報告をしに来たのだそうです。ちなみに、赤龍への罰は、拳骨でこめかみをグリグリグリの刑でした。ミュウと黒龍より軽いと思いがちですが、古龍帝がちょっと力を込めれば、面長の顔になる事請け合いの破壊力があります。


『シスコンの彼らしいですね』


「冷静に考えれば、人間如きが我々をどうこうする事なんか出来ないのだがな。冷静さを失って護るべきモノを見間違えるとは、浅はかというかなんというか。にぃに……我が兄の仕出かした事ながら情けない」


「兄妹揃って情けなさ過ぎるでちよ」


「うっ!」


 カリンの言い様にミュウはピタリ。と、その動きを止めて石像の様に固まりました。


『ハッハッハ。この兄妹は何処か抜けてますからね』


 そう言う黒龍ですが、人の事は言えません。


『ところで、直接向かわなくて本当によろしいのですか?』


「え? ああ、そうでち。手前の街で装備を整えたいのでちよ」


 黒龍は自分に火の粉が降りかかる前に話題の転換を仕掛けました。


『装備、ですか?』


「そうでち。龍達みんなの大ぽかの所為で龍の眼ドラゴンズ・アイも最後でち」


 カリンの物言いにミュウの肩がピクリと震えました。黒龍も内心で大汗を掻いています。どうやら話題の転換は成功を収めてはいなかった様でした。


「だから、装備を整えて用心するに越した事はないでちよ」


魔王崇拝者ヤツラ出会でくわす可能性があるって事か……」


 カリンはお店のマスターにコクリ。と、頷きました。


「あそこにはドルワフの北方支部があるでちから、質の良い武具があるのでちよ」


「ドルワフの北方支部……? あれか! 永久凍土をくり抜いて作ったという、『北の双洞窟ノスケイヴ』か!」


「ノスケイヴ……?」


 北の双洞窟と呼ばれるノスケイヴは、永久凍土の氷山内部にある大きな街です。その辺は、微笑む魔山オニクウッガの地中都市アスホルンと同じですが、そこで採掘されているのはクリアストーンと呼ばれる鉱物で、純度の高い物ともなれば、エリザ王女の国の四分の一くらいは買える程の値が付きます。高純度のクリアストーンで生成された武器の刀身は透明に近づき、まさに見えない刃として気付かぬうちに斬られているそうです。


『なるほど。見えない武具ですか……』


 黒龍はそう呟きます。その内心では何か良からぬ事を企んでいる様子でした。


「でも、あそこは詐欺が横行しているって話だゼ?」


「詐欺……?」


 お店のマスターはシルビアにそうだ。と頷きます。高純度で生成した。と偽り、ただの剣の柄だけを売り捌いたり、バカには見えない鎧等も売っているそうです。


「ハッ! 馬鹿な奴等だ。そんなモノに引っ掛かるとはな。剣なら斬ってみればいいし、鎧なら着てみればスグに分かるものだ」


「そうだと良いでちね」


「えっ?!」


 ミュウが言う事も最もなのですが、彼女は客を欺くための裏技を知りませんので、そう言えるのです。




 ペチペチ。


「んぅ……」


 小さな手の平がエリザ王女の頬を叩くと、艶めかしい声を漏らして寝返りを打ちました。


 ペチペチ。


「んふっ、そこはらめれすぅ」


 何がダメなのかは知りませんが、カリンは更に続けます。


 ペチペチ。


「そんなに突いたらわたくし……ハッ! こ、ここは?!」


 エリザ王女が目を覚ますとソコは草原の只中で、青々とした空に白い雲が飛んでいます。サアッと身体を撫でて通りゆく風は、何処かほんのり冷たく感じます。そして、突いたらどうなってしまうのか? 一同はソコが気になりましたが、敢えて何も聞かない事にしました。


「ここは北の双洞窟の近くですゼ、姫サ……ン」


 お店のマスターの視線が、とある場所で釘付けになります。


「北の双洞窟……? あっ! あの、永久凍土を掘って作った街があるという、あの双洞窟ですか!?」


 その辺は説明済なので割愛します。


「いいからとっとと立て。お前の服も変えなきゃならんのだ」


「え、服……?」


 エリザ王女が視線を落とすと、スカートにはそこそこの大きさの地図が描かれていました。それに気付いたお店のマスターはあさっての方を向きつつもチラ見し、黒龍に至ってはほぼガン見でした。


「き、きゃぁぁ!」


 股間を腕で隠し悲鳴を上げるエリザ王女。直後にザアッと吹いた風が、その悲鳴を何処かに持ち去っていったのでした。




 ガサリガサリ。と、草葉を踏みしめるカリン達一行。行く手には大きな丘があって、目的の双洞窟は見えませんが、山の頂だけは見えていました。エリザ王女は現在、魔王崇拝者が着ていた黒いローブを羽織って地図を隠しながら歩いています。後々に役に立つかもしれない。と、お店のマスターが持ち出したローブが早速役に立ちました。


「見えたでち。ノスケイヴの入口でち」


 丘を登りきったカリン達の眼下には、山の麓に開く大きな洞窟が見えていました。


「なんか、ヒトの鼻の様に見えますわね」


 永久凍土の氷山にポッカリ開いた二つの穴。その周辺の形といいそれはまるでヒトの鼻のような様相。しかも、穴に向かって氷柱が垂れ下がり、あたかも鼻を吊り上げたノーズフックのような形を成していました。


「ああ。だけど、コッチも凄いな……」


 言ってお店のマスターは腕を前に伸ばします。伸ばし切るとその手の甲に冷たい塊が触れました。


「一体どうなってるんだこりゃ」


 一歩前に進み出れば、そこは白銀の別世界。丘の頂上を堺に雪原が広がっているのです。


「どうやらこの先は、氷の女王のテリトリーみたいですわね」


「氷の女王……?」


 聞き慣れない二つ名に、シルビアはオウム返しで聞き返します。


「水系統の上位に属する精霊の王ですわ。名前はエリッサ」


「なんか姫サンの名前に似てるな」


「ええ、私の名前はその方から頂いたのだとお父様から教えて頂きました。彼の女王のように公明正大な人物になる様に、と」


「フン。氷の女王から名を取った者にしては生暖かい体液を垂れ流すなんて、ソイツが聞いたら怒り出すだろうな」


「たっ、体液なんて流してませんわ!」


 エリザ王女は顔を真っ赤に染めて全力で否定しますが、そのローブの下には立派な地図が描かれていますので説得力はありません。


「とっ、とにかく、彼女を怒らせない様に気を付けなければ、全員永久凍土に閉じ込められるかもしれませんわ」


 エリザ王女の物言いに、龍以外の者達はギョクッ。と、唾を飲み込みました。


「まあ、エリザの言う通りに妙な揉め事に巻き込まれない様にするでち。さあ、暗くなる前に街に入るでちよ」


 言ってカリンは雪原の中に踏み込みます。途端に指輪が輝き出して、その光がカリンの身体を包み込みました。


「(なるほど。確かに全然寒くないでち)」


 完全に発動するまでの少しの間は肌に刺さる様な凍て付く感じがあったのですが、発動後だとそれも無くなり降雪地帯に入る前と大差ない温度を保ってくれています。もしこれが彼のボス戦で使用出来たなら、強化も消えずに済む事でしょうね。




 真上にあった太陽が、とっくの昔に見えなくなった頃にカリン達はようやく双洞窟の入口へと辿り着きました。寒さには問題は無かったのですが、馴れない雪中行軍に体力を奪われた挙句に巨大なクレバスが行く手を遮り、ようやく渡れる箇所を見つけたと思えば今度は魔獣に襲われ、黒龍が不用意に放った光弾のお陰で雪崩が発生してミュウに殴られる。という、ハプニングが続出。


 いざ橋を渡ろうとすれば、今度は高所恐怖症のエリザ王女が立ち往生してお店のマスターに抱き付き、お店のマスターは自身のマスターが猛り狂うのを必死で抑えながら、エリザ王女を抱き抱えて(実際、手を離しても落ちない程の物凄い力でしがみ付いていました)、何とか現在に至ります。


 そして、洞窟を抜けた先の街がある大空洞にやって来たカリン達一行は、その様相に唖然として立ち竦んでいたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ちっちゃなメイドが世界を救うハメになりました。 ネコヅキ @nekoha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ