十二 大海原でご休憩。

「「古龍帝様です」」


 青ざめた表情で黄と黒の両龍がそう答えます。


「古龍帝様というのは、あなた方龍の主人あるじですね?」


「そうだぞ人間。古龍帝様はかつて神様の傍らに控えていた。と、聞いた事のある大変偉いお方なのだ」


「と、いう事は、ン千歳という事でちね」


「いえいえ、万は軽く超えていると思いますよ」


「「「「万!?」」」」


 一同の声がハモりました。そもそも、聖魔戦争が起こったのは神話の中の伝説とも云われる程の大昔です。つい最近じゃありません。


「ふわぁ、めっちゃ年寄りじゃん」


「ちょっとシルビアさん。無礼が過ぎますわよ」


 驚いて思わず声に出たシルビアをエリザ王女が諌めます。


「まあ、年寄りですよ」


 ですが黒龍は、サラっと無礼を働きました。


「その古龍帝様の棲家は何処でちか?」


「海の上ですよ」


「海の上……?」


「はい。ここより北西。赤龍お兄ちゃんの棲家よりさらに西に広がる運命の大海原デスティニー・シーに居ります」


 運命の大海原デスティニー・シー。カリン達が住む大陸を取り囲む大海の一つです。有史以来誰一人として渡りきった事が無いそうで、その広さは比較として良く登場を果たす某ドームが幾つ入るかも分かっていません。とにかく巨きい。と、いう事だけは分かっています。


「と、なるとだ。船で行くか空で行くかって事か」


「ひっ?!」


 お店のマスターの言葉にエリザ王女が反応します。高所恐怖症の彼女は、暗黒ハーレム島に来た時の事を思い出してくれたようです。


「今度はオムツを履いてくでちよ」


 でないとまた、黄金色した聖なる水が滴り落ちる事になります。


「おっ、おおおおオムツなんて、はきはは履きませんわよ。もももっもも漏らしてなんていませんし」


 目が泳ぎまくってダラダラと冷や汗を流しながら言われても説得力はありません。


「大丈夫ですよ。今度は低空を飛んでいきますから」


 それならば。と、エリザ王女は内心ホッとしていました。その所為で、黒龍が途中までね。と、ボソッと呟いた事を聞き逃してしまいました。そして、真の恐怖がその身に降り懸かるとは、この時には思っていませんでした。こうして黒龍の背を借りて、一同は古龍帝の元へと再び空の旅人となったのです。




「ひぃあぁぁっ!」


 涙目になりながら口から発するエリザ王女の悲鳴も、黒龍の背後に立ち上る水柱の、ザバベボザバババ。と、いう爆音によって見事に消されていました。黒龍は公言通りに低空を飛行していますが、ソコを高速で飛ばれる程怖いものはありません。加えて海面には数多くの生き物が飛んだり跳ねたりしていますので、見つけた小さな点も瞬きして目を開けると次の瞬間には目の前に居たりします。


「結構揺れまちね」


「そりゃまあ、風や波の影響を受けますから」


 時折ビュッと吹く強い風や、ザバッとした高波を回避する為に高度を上げたり下げたしているのです。それはまるで安全器具が付いていないジェットコースターと同じです。ただし、速度は音速を超えていますが。


『少し高度を上げますか?』


「そうでちね。落ちたら堪らないでち」


 堪らないどころか、四肢がバラバラになること請け合いです。


「ひゃっ?! ひゅっ!? ひょぉぉぉっ!」


 急激な上昇をした所為で、エリザ王女はその叫びを残して瞑想状態に入ってしまいました。ビクリ。ビクリ。と、全身を小刻みに震わせ、下半身からはゆっくりとシミが広がっていきます。


「全く、王女の癖にはしたないな。だからオムツを着けろって言ったのに」


 肩書は王女でも彼女は十七の小娘です。


「少しはシルビア達を見習って欲しいもんだが……」


 ミュウが後ろを振り向くと、ソコには王女同様白目を向いて瞑想状態のお店のマスターと、狂った様に笑い声を上げ続けるシルビアの姿がありました。お店のマスターは低空での高速移動の恐怖に負けて、シルビアはジェットコースター以上の上下左右運動に、頭のネジが外れ掛けているようでした。それを見たミュウは、ソッと前を向いて見て見ぬ振りをします。そして心の中で前言撤回を呟いたのでした。


「黒龍さん。どれくらいで着きまちか?」


『私の翼で約四日くらいですね』


 四日もこの状態なのかとカリンは内心ため息を吐く一方で、エリザ王女達の精神が保つのか心配になりました。


『このまま飛んでも良いですけど、お三方がヨガリ狂いそうですから休憩を入れますね』


「休憩でちか? 何処かに休める場所ところが在るのでち?」


『ええ、途中にちょっとした島がありますから、ソコで休みましょう』


 そう言って黒龍は更に速度を上げたのでした。




 ペチペチ。


「んんぅ……」


 ペチペチ。


「はぁんっ……」


 小さな手の平で頬を叩くと、エリザ王女は甘い声を上げて身じろぎます。


「ん……ハッ!」


 目を覚ましガバリと身を起こすと、エリザ王女の眼の前には真っ白な砂浜と、瑠璃色の海が広がっていました。


「あ、あれ……? ここは?」


「やっと目が覚めまちたか」


「あ、カリンさん。ここは一体何処なのです?」


 降り注ぐ陽の光に、穏やかな波音が王女の身に安らぎを与えてくれていました。一瞬、天国でわ?! と、思いましたが、波打ち際で遊んでいるお店のマスターとシルビアを見て、それは無いな。と、結論付けました。


「ここは運命の大海原デスティニー・シーの只中にある、オアシスとも呼べる島だそうでち」


「我々は運命の島デスティニー・ランドと呼んでいます」


 黒龍は腰に手を当て仁王立ちで海を眺めながら説明してくれました。某テーマパーク名に似ているのは気の所為だと思われます。ちなみに彼はブーメランパンツを履いていました。


「何で水着でちか?」


「え? この状況では凄く自然だと思いますが? 幻想的な色を醸し出す海! そして白い砂浜! とくれば、やっぱ水着でしょう?」


 波打ち際で遊んでいるお店のマスターとシルビアはいつの間にか装備していました。ミュウはというと浜辺に寝そべり日光浴ソーラー充電をしていて、潰れたマシュマロが男性陣の視線を誘います。


「さあさ、お二方もこちらに着替えて下さい。今日はノンビリとここでご休憩して、明日出発です」


 何処からともなく包を取り出した黒龍は、カリンとエリザ王女に手渡します。


「着替えって……まさかここで裸になれ、と?」


「ふむ、それもイイですね。ですがホラ、あそこにこうい室がありますから」


 手の平で指し示すその先には、『行為室・・・』と手書きで書かれた立て看板と、中で着替えるのに十分な大きさのボックスが置かれていました。


「如何ですか? 私の手作りです」


「字が間違っているでちよ」


「そうですわね。行為でなくて更衣ですわよね」


「いえいえ、色んな行為に使える万能ボックスです」


 何の行為だよっ! と、二人は内心突っ込みます。そんなシロモノを一体何処に持っていたのか不思議でなりません。黒龍が未来から来た某猫型ロボットなのではないか? と、思えた瞬間でした。


「あ、ちなみに一分経つとカーテンは自動で開きます」


 どうやらこの行為室は、昔あった某番組の生着替え的要素があるようでした。男ならば下だけ履き替えれば済む事ですが、女性の場合ですと服を脱いで下着を外してからになりますので、なんとかギリギリ…………ギリアウトの方です。


「何故にそんな機能を……」


「フフフ……海に来ると女性は開放的になりがちですからね。適度な緊張感を保って欲しいのですよ」


「ただ単に着替え中の裸目的だろうがっ!」


 背後から忍び寄ってきたミュウの拳が炸裂しました。日光浴をソーラー充電で堪能フルチャージしたせいか、その拳は半端なくキレがありました。


「いいから着替えて来い。くだらん機能は私が破壊しておいたから慌てなくても大丈夫だ」


「なっ! 何て事をしてくれるのですか!? 私の楽しみを奪わないでくだっ!」


 再びミュウの拳が炸裂して黒龍は見事な姿勢で中を舞い、そして砂に頭から突き刺さります。


「あ、有難う御座いますミュウさん」


 微笑んでお礼を述べるエリザ王女に、ミュウはソッポを向いて恥ずかしそうに頬を掻きました。


「ミュウ。やるでちね」


「そりゃまあ、ご主人様マスターの裸を見られても嫌ですからね」


 どうやらエリザ王女の事はどうでも良かったようです。




 トントン。トントン。小さな手の平が行為室の壁面を叩きます。黒龍から手渡された水着を着る為に行為室に入ったエリザ王女。結構な時間が過ぎましたが、出てくる気配が一向にありません。


「エリザ、まだでちか?」


「あ。は、はい。い、今出ますね」


 ジャッとカーテンが開けられ、中から姿を見せたエリザ王女。砂浜にも負けない白い肢体に淡い紫の水着がインスタ映えします。ただし、別方向のインスタ映えです。


「エロイな」


「でちね」


 王女が着たのは両人が思わずそう口に出す程のモノ。それもそのはず、王女に渡された水着は肌が七分に布が三分。もう一度言います。肌が七分に布が三分の水着だったのです。このテの描写は数ありますが、着ない。と、いう選択をしないのが不思議でなりません。


 ちなみに、シルビアは普通のビキニで、ミュウは露出度は高いものの平然としていられるレベル。カリンに至っては王女と真逆の七三(ほぼスク水)です。エリザ王女だけが異様に露出度が高かったりします。


「エロイって言わないでくれませんか?! 私だってこんなの恥ずかしい……」


 モジモジと恥ずかしがる王女を見て、黒龍は内心でグッジョブ私の称号を贈っていました。本当に何で着たのでしょう。着なきゃならない呪いでも掛けられているとしか思えません。


 そんな過激過ぎるエリザ王女の水着を一目見て、波打ち際で元気よく遊んでいたお店のマスターは現在、プカプカと浮かびながら波間を漂っています。鼻から流れ出た赤い液体が折角の瑠璃色の海を穢しているのでした。


「誰が見ている訳でも無し、別に良いではありませんか?」


「お前がガッツリ見てるじゃないか」


 頭のてっぺんから爪先まで何度も視線を往復(胸部の注視がやや長めでした)させながら言った所で説得力はありません。


「おっと、これは失礼しました。ですが、これ程までに綺麗な方を見ずして、一体何を見れば良いと言うのです?」


「え……?」


 歯が浮いた様な台詞が黒龍から飛び出し、王女は面食らいます。鼓動が高鳴り顔が熱くなっていくのを感じて、王女は視線を逸らしました。


「(き、綺麗……? わたくしが……?)」


 視線を逸らしたままで、葛藤を続ける王女の顎を黒龍はクイッと持ち上げます。


「女性は見られて美しくなるもの。その美しさの中に、一体どれ程の性欲を棲まわせているのか、今から確認しまごっ!」


「確認せんでいい」


 ミュウの拳が黒龍の頭を上から下へと打ち抜き、顔面から砂に埋もれました。


「ちなみにソレ、私も言われたからな」


 美しい情景とは真逆で、黒龍の内部は汚れきっている様でした。



 ひとしきり遊んだカリン達一行。王女ポロリによるお店のマスター流血事件などがありましたが割愛させて頂きまして、陽もだいぶ傾いてきたので、夕食の準備に取り掛かろう。と、いう運びになりました。


「さて、それじゃ行ってきますか」


 お店のマスターがそう言って、黒龍が何処からともなく取り出した釣竿を肩に担ぎます。


「あ、森班はネズミ男ラットマンに気を付けて下さい」


ネズミ男ラットマンでち?」


「聞いた事ないモンスターだな」


 ネズミ男ラットマンは数多居る獣人の一種族です。普段は温厚で危険度が低いですが、窮鼠猫を噛む。と、いわれる様に、追い詰めると攻勢に転じます。


「他には居るのでちか?」


「そうですね。湖には黄色いくちばしが特徴のカナール族、森には蜂蜜大好きウルス族、山には魔法を操るソルシエール族が居ますが、どの種族も温厚でこっちから手を出さなければ、何も問題は起こらない筈ですよ」


 どうやらこの運命の島デスティニー・ランドには様々な獣人が棲みついている様です。各々が頷き、夫々の担当地区に散らばってゆきました。ちなみに各班の詳細は、森班カリン、シルビア。海班エリザ王女、お店のマスター。湖アンド山班にミュウと黒龍。と、なっています。それでは、各班の様子を見てゆきましょう。



 海岸から少し離れた森の中。茂る木々は陽の光を遮って、涼やかな風が火照った身体に心地良く吹き抜けます。その中を軽快に歩いていた二人は足をピタリと止め、前方の木の陰を見つめていました。


「ね、ねぇ。アレってもしかして……」


 シルビアが指差す方向に、全身が毛で覆われた何かが蠢いていました。森に入ってすぐに遭遇エンカウントする事はよくありますが、流石に二人も戸惑います。


「ネズミには見えないでちから、ウルス族って奴でちかね」


「ふー。イタタ腰が……おや?」


 屈んで何かをしていたウルス族は、立ち上がって腰をトントンしました。そして、呆然と立ち尽くす二人に気付きました。


「こんにちは。美味しそう……じゃなかった。美しいお嬢さん方」


 お前、今何を言い掛けた!? と思う一方で、一瞬見せた獣の眼光に、シルビアの肌が粟立ちます。


「僕は熊のベアー。といいます」


 頭痛が痛い。みたいな名前が口から飛び出しました。


「お嬢さん方は……ヒトですよね?」


「そうでち。人は珍しいでちか?」


「ええ、この島にはヒト型の魔物は居てもヒトは居ないので。たまーに来る事もありますが、いつの間にか居なくなりますね」


 どうやらごく稀に、この島に漂着する人が居る様です。獣人や魔物が棲みつくこの島で行方不明になる。と、いう事は……ご想像にお任せします。


「ところでお嬢さん方」


「なんでちか?」


「お逃げなさい」


「「……は?」」


 ベアーの突然の逃げろ発言に、二人の目が点になりました。


「スタコラサッサとお逃げなさい。奴等が……来ます!」


「奴等……?」


 シルビアが呟くのと同時に、カリンの探知に何かが引っ掛かりました。それも複数です。


「結構数が多いでちね。何者なのでちか?」


「私達ウルス族と敵対している者達です。さあお嬢さん方、スタコラサッサとお逃げなさい! 私は逃げる貴方達を追い掛けます!」


「追い掛けないで下さい!」


 シルビアが即座にツッコミを入れました。そして、カリン達が茂みに隠れて間もなく、静かな森の中にブブブン、ブブン。と、した羽音が聞こえて来ました。


「アレが敵対者でちか……」


 姿を見せたのは蜂。それも熊のベアーと同格の巨躯を持つ蜂でした。巨大な蜂一匹とカリン程の大きさの蜂が十数匹。虫系が苦手な方もいらっしゃると思いますので、詳細は割愛します。


「ふふふ……この森の中で私を見つけ出すとはやりますね」


 ベアーの言葉に大きな蜂はブブブン。と反応します。


「仰っている意味がよく分かりませんね」


 蜂は再びブブブン。と反応します。


「ハッ! 言い掛かりも甚だしい! 何処にそんなモノがあると言うのですか!?」


「何で言葉が通じてるの……?」


「分からないでち」


 様子を伺っていたシルビアが呟きます。ベアーは普通に話をしていますが、蜂に至っては羽音を立てているだけです。言葉の壁を超えた何かがあるのかもしれません。


「……どうやら、話をしても無駄の様ですね」


 そもそも会話が成立しているのかどうかも不明です。


「宜しい! それではお見せしましょう。熊の演舞ダンスを!」


 熊のベアーが構えを取った途端、小さな蜂達がベアーを取り囲みます。


「ふふふ、雑魚如きがこの私に敵うとでもっ?! 良いでしょう掛かって来なさいっ!」


 数分後には地面に転がる熊のベアーの姿がありました。いかに強くても多勢に無勢です。一方で、ベアーをフルボッコにした蜂達は、スッキリした様子で何処かへ去って行きました。


「油断しすぎでち」


「いやぁ、お恥ずかしい所をお見せしました」


 頬を朱に染めて恥ずかしそうに掻くベアー。ですがそれは、恥ずかしいのではなく蜂に刺されたからで、痛痒いからでした。


「うっわー。痛そう……」


「なになに。これくらい日常茶飯事ですよ」


 そんな日常など欲しくはありません。


「で? 一体何をやったんでち?」


「どうしてそう思われます?」


「あれはただ単に縄張り争いじゃないでち。とても怒っている様に見えたでちよ」


「……お嬢さんはここへ来てまだ日が浅い様ですね。この島では弱肉強食の食物連鎖が成り立っています。強い者が搾取する権利を持っているのです!」


「つまり?」


「つまりですね」


 そう言ってベアーは、最初にカリン達が見た木の陰を何やらゴソゴソとし始めました。そして、ゴトン。とカリン達の目の前にソレを置きます。途端に甘い香りがカリン達の鼻孔を擽りました。


「蜂蜜をちょっと貰っただけです」


 シルビアの背丈の二倍程ある大きなかめに、並々と蜂蜜が湛えられていたのです。それは大幅にちょっとの域を超えていました。いくら大好きだからといってもこれは摂り過ぎな気がします。


「まあ、一生懸命集めた蜜を横取りされちゃ怒るでちね」


「何をおっしゃいますか。私のティータイムの死活問題ですよ」


 日々の生活には無くても問題の無い死活問題でした。


「まあま。こうして逢えたのも何かの縁ですし、すぐそこの私の家で一休みしては如何ですか?」


「そうは言ってもこっちは夕食の食材を採りに来たんでち。あんまりゆっくりもしてられないでちよ」


 シルビアもコクコク。と頷きます。


「そうなんですか? 蜂蜜仕立ての美味しいお菓子もありますが……?」


「晩御飯が食べられなくなるでちから、また今度寄らせて貰うでち」


 じゃあ。と、踵を返してもと来た道を戻ろうとした時でした。背後から不意に誰かがカリンの首根っこを抓みます。その誰かとは、コクコクしていたシルビアでした。


「ちょっと疲れたから寄ってこ?」


 その顔は疲れた。というより、憑かれた感が半端なく出ていました。シルビアの輝く目と、口の端から流れ落ちるモノを見れば、美味しいお菓子目当てなのは確実です。カリンはやれやれ。と、首を横に振って熊のベアーのお宅にお邪魔する事にしました。




「あの……わたくし、初めてなので……ご教授願いますか?」


 ザザン、ザザザン。と、寄せては返す穏やかな波。沖から吹き付ける潮風にエリザ王女の髪とスカートが靡きます。お店のマスターがゆっくりと王女に近付いてその手を取ると、お店のマスター自らの太い竿をその手に握らせました。


「そう……そうやって握るんですよ。あっ、先っぽはダメです」


「……こう、ですの? こっちとかこっちの方はダメなのですか?」


「そっ……それもイイんですが、やっぱりこっちの方がキモチイイ握り方……です」


「そうなのですのね。ではこれからこうスれば良いのでしょうか?」


「あっ……そんな事したら、ダ、ダメです。始めはゆっくりと上下に……そ、そうですそう。ビクン。と、したら激しく」


「んんっ、んふっ! あら……針に餌が付いてませんわ。……ふう、難しいのですね釣りって」


 釣りの話でした。


「それにしても、魚ってこんなので釣れるのですね」


 エリザ王女は餌が入っている容器に視線を落とします。中には海魚が好きそうなウネウネとしたモノで溢れていました。そのウネウネを気味悪がるどころか平気で摘み上げる所は、ミステリーハンターに精通する所があります。


「これを針に引っ掛けて……あっ!」


 エリザ王女に摘まれたウネウネは、刺されてたまるか。と、暴れまくった結果、その手を離れて顔を覗かせていた双丘渓谷に落ちてゆきました。


「ひぁぁっ!」


「どうした?! 姫サン!」


 王女の突然の悲鳴にお店のマスターも慌てて駆け寄ります。


「ウネウネが……んんぅ。暴れ……そ、そこはらめぇ!」


 地面にペタン。と、座り込んで、入り込んだウネウネを取り出そうと上半身をモジモジさせるエリザ王女。


「マスターさあ、んっ。お願い取ってぇ……」


 ギョクリ。涙目で懇願するエリザ王女の双丘渓谷の絶景に、お店のマスターも生唾を飲み込みました。取ってと言うならば。と、お店のマスターは鼻息を荒くしながらその手を谷間に向けてゆっくりと、しかも堂々と進軍してゆきます。


「あっ! 大丈夫です。落ちました……ってマスターさん? 聞いてます?」


 鼻息が荒すぎて全く聞いてませんでした。ペシリ。と、手を弾かれ、胸を隠されてようやく気付いたマスター。こうして、お店のマスターは双丘渓谷の攻略に失敗をしたのでした。


「(チッ、羨ましい奴だぜ。オマエなんかこうしてくれる!)」


 お店のマスターは、拾い上げた双丘渓谷の谷底まで落ちて帰還を果たしたウネウネを針にぶっ刺し、海に放り投げてあげます。結果、それで大物が掛かったのは、双丘渓谷の魔力によるものかどうかは不明なのでした。一方で、ミュウと黒龍のドラゴンコンビの方なのですが、大人の情事……いえ、事情により割愛します。

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