三でちよ。

 あらすじ。

 魔王の魂の欠片を封じた宝玉が奪われてしまいました。エリザ王女のナイスな躰をぬめぬめっと複写したエンシェントドラゴンのミュウは、ちっちゃなメイド、カリンをお供に、奪われた宝玉を取り返しに出掛けようとしたのですが……。


「嫌でち」


「何で?! どうしてよ!? 世界がどうなっても良いの?!」


 ミュウの狼狽ぶりは尋常ではありませんでした。また、ミュウだけでなく、エリザ王女も人気スイーツ店のマスターもカリンの同僚シルビアも鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、ぽかんと眺めていました。


「世界が終わるというなら、それも一興でち」


 カリンはダークな顔でニヤリと口角を吊り上げました。本気な顔です。『ダメだこりゃっ!』その場に居る全員がそう思った時。


「じゃあ、オレと契りを結んでくれっ!」


 今迄、邪魔に邪魔されてきたお店のマスターの声がようやく届きました。


「論外」


「ぐはっ!」


 瞬殺されました。


「ちょっ、カリンさん! 本当にそれで良いの?!」


 エリザ王女はカリンに詰め寄ります。エロイ躰をしているとはいえ、彼女はこの国の王族。民の生活、幸せを守る義務があるのです。


「わたちは十分に生きまちた」


 長寿なフェリング族の五分の一も生きてはいませんが、カリンは御年八十歳なのでした。切実に語ったカリンを見て、ミュウはため息をつきました。


「そっかー、残念」


「それじゃ私と、私と契を!」


 柔らかそうな手の平を柔らかな胸元につけて、エリザ王女はズイッと前に出ました。


「その躰を蹂躙されても良いならね。人族じゃ私を扱う事は出来ないよ。逆に私がアナタのあんな所やこんな所まで全部支配しちゃうから」


「あんな……こんな……」


 エリザ王女は身の危険を察知し、その部分を手や腕で隠すような仕草をしましたが、ミュウが言っているのはソコではありません。


「勘違いちないで下さい。十分に生きまちたけど、まだ物足りないでち。嫌というのは、旦那様の敵も取れずに世界が滅んでしまう事でち」


「カリンさん……」


「カリンちゃん」


「……カリン」


 カリンが発した言葉に皆から感嘆の声が漏れました。エリザ王女は躰を蹂躙されずに済んだから、お店のマスターはまたしても婚期を逃したから、そしてシルビアは普通に感動したから。夫々それぞれの思いが言葉になって出たのです。


「それで、どうすればいいでちか?」


「うん。まずは私との契を……」


「分かったでち」


「……その、ありがとうね」


「まだ礼を言うのは早いでち。済んだ後に聞くでちよ」


「クスッ。そうね」


 柔らかな表情で微笑みながら、ミュウはカリンに告げました。エリザ王女もシルビアも釣られて柔らかな表情になり、お店のマスターはミュウにゾッコンになってしまいました。


 カリンは台座の前に立つと親指の皮を噛みちぎり、その手を台座の上に翳します。ジワリジワリと血が滲み、赤く丸い珠が指から離れてゆきました。


 ポタリ。


「ンッ! ……ンァァァァッ!」


 台座にカリンの血が滴り落ちた途端、台座とミュウの身体から、赤い気のようなモノが凄まじい勢いで吹き出しました。


「ンンゥ……ンンンッ!」


 ミュウは自分の身体を抱くようにしてビクリビクリと身悶えながら、ガクリと地面に膝を落としました。


「ハァッ……ンァァッ」


 エリザ王女とシルビアはその様子を何も言えずにただ見ていました。お店のマスターは前屈みになりながら悶えるミュウを見ています。


「アアアアッ!」


 ミュウが一際大きい声を上げると、ミュウから暴風が発せられました。その風に誰も彼も飛ばされまいと、必死に踏ん張ります。ただカリンだけは、台座の陰に隠れてやり過ごしていました。


「ハァッ……ハァッ」


 暴風が止むとミュウは立ち上がり、足が地に着いていないような足取りでカリンに近付いてゆきます。薄っすらと汗をかき、項に髪の毛を張り付かせながら、ミュウは左手を胸に添えてゆっくりとカリンの前に跪き頭を垂れました。


ご主人様マスター。今後はどうかよしなに……」


 カリンに頭を垂れるミュウの後ろ姿を見ながら、王女とお店のマスター、そしてシルビアは揃って生唾を飲み込みました。見た目は変わっていない(寧ろ、ほんのりピンク色した肌と、その肌にピタリとくっついた髪の毛で色気は倍増している)のに、今までとは全く違う存在感を感じ取り、冷や汗が止まらなかったのです。エリザ王女達は、この力は人の身では扱う事の出来ぬ力である事に、ここでようやく気付きました。


「それではご主人様マスター、行きましょう」


「ちょっと待って下さいでち。魔王崇拝者の本拠地が分かるのでちか?」


「いえ、その者達の本拠地は知りませんが、必ず訪れる所は知っています」


「それは何処でちか!?」


「それは残りの古龍王の元です」


 ミュウがいうには、魔王の魂の欠片が封じられている龍の眼ドラゴンズ・アイは、六匹の古龍王が管理しているそうです。ミュウが管理していた黄龍の眼が奪われた為に、残りは赤龍、青龍、緑龍、白龍、黒龍の五つ。魔王を復活させる為には、その総てに赴き眼を奪わなくてはなりません。


「まずは、この地より近い場所にある。緑龍が住まう深淵の森、ロクス・フォレストに向かいます。ご出立の準備を」


「その旅、私も参ります」


「姫様?!」


「姫!?」


 カリンとマスターは驚きの声を上げました。


「彼処は領土内でも特に危険地域に指定されています。磁気は乱れコンパスも使えず、内部は魔物の巣窟になっているとも噂されています。一度ひとたび入れば、二度と出る事叶わず。そんな物騒な場所にあなた方だけで行かす訳にはいきません。私の魔法は、きっと役立つ事でしょう」


「カリンちゃん。オレも行くゼ?」


「マスター! 何言ってるでちかトチ狂ったでちか? お店はどうするでちよ?」


「カリンちゃん達、料理なんか出来んのかよ。メシってのは大事なんだゼ? 店は弟子共に任せるさぁ」


 男前の顔でお店のマスターは言い切りました。そして、皆の視線がシルビアに注がれます。


「え……私? 私は……その……」


「シルビアは来なくていいでち」


 カリンはキッパリと言い放ちました。役立たずだからじゃありません。命の危険があるからです。


「いいい、行くよ行く! 私も逝くよ!」


 若干言葉のニュアンスが違う気がしたカリンですが、シルビアも行くという事で決定しました。


 こうして、共に立つ旅の仲間が揃ったのです。カリン達を待つのは、果たして一体何でしょうか? 栄光か挫折か? カリン達の、世界の運命は如何に? エリザ王女の貞操は守れるのか? シルビアの意外な才能とは? そして、お店のマスターの結婚相手は見つかるのか? 色々と気になる所ではありますが、序章はこれで幕を閉じます。

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