一章 そうだ。龍に会いにいこう。
一 敢えて言うならアイアンメイデン。
魔王の魂の欠片を封印した宝玉を取り戻す為、旅客となったカリン、ミュウ、シルビア、お店のマスターは、一路緑龍が住むとされる深淵の森、ロクス・フォレストへと進んで……はいませんでした。
地下から出たカリン達を待ち受けていたのは、エリザ王女が心配で心配で、主人の帰りを今か今かと待っている犬の様に、ウロウロと入り口前を行ったり来たりしていた近衛隊長でした。
エリザ王女が地下での話をすると、近衛隊長の猛烈な反対を受けたのです。そして、駄々を捏ねる王女を馬車に押し込めて、姫様はお城に強制送還される事となりました。しかし、王女は旅立つ事を諦めてはいません。父親である国王に直訴するのだと、内心決意していました。それに巻き込まれる形で、カリン達は渋々お城へ向かっていたのです。
馬二頭で引く豪華な馬車に近衛兵が六人。背丈がやたらと低いメイドと普通サイズのメイド。商人風の男に露出狂の女。側から見ればこの異色の組み合わせは非常に目立ちます。
「それにしても姫様、良いんですかい?」
お店のマスターは、背中におっきなリュックを背負い、その割には他の人達と変わらぬ速度で歩いていて、意外に力持ちだったりします。
「何がです?」
ガタゴトとゆっくりと進む馬車の中から、エリザ王女は顔を出して聞きました。
「国王に反対されるのは目に見えてますゼ」
「そうです姫様! あんな危険な場所に姫様御自ら行かれる事はありません! この者達にお任せになって……「貴方は世界がどうなっても良いと言うのですか!?」」
近衛隊(通称、姫様追っかけ隊)の隊長の言葉を遮り、エリザ王女は声を張り上げて言いました。
世界が危険に晒されているというのに、カリン達にそれを任せて自分はのほほんとしているのは耐えられない。エリザ王女はそんな御方なのでした。
「
前行くカリンを蹴飛ばさぬ様気を付けながら、付かず離れずを心掛けているミュウが言いました。
彼女は黒いフロントレースアップビキニのトップを着けてはいるものの、足を前に進める度におっきなおっぱいが暴れまくり、尚且つムッチムチのホットパンツを履いているものですから、先程から男共の視線も上へ下へと忙しそうに暴れています。
ドラゴンは爬虫類なので自動で体温調節が出来ません。その為、服装で調節しないといけないのですが、ちょっと露出させ過ぎのような気もします。
一方カリンは、お屋敷焼失と共に普段着も燃えてしまいましたので、お仕事用のメイド服。ちなみにシルビアも同じです。
「言い出したら聞かないタチの様でちから、仕方ないでち」
「何か言いましたか?」
馬車から身を乗り出す様にして、エリザ王女はカリン達を睨みます。馬車の音もそこそこ五月蝿いのにも関わらず、ミュウに話した声が王女にも聞こえたようです。なんという地獄耳なのでしょう。
「世界の危機なのですから、お父様はきっと分かって下さいます!」
「ダメぢゃ」
白い髭を蓄え、派手過ぎない服装と装飾品でその身を飾り、頂に王冠を載せた人物は眉毛を逆ハの字にさせながら、エリザ王女を睨みます。
ここは辺境の小国エルフリートの王城。その謁見の間です。玉座に座り、エリザ王女の話を熱心に聞いていた王女の父親セルデ=エルフリートは、王女の言う事をバッサリと袈裟懸けしました。
「どうしてですかお父様?! 世界の危機なのですよ!?」
「ワシは世界よりも、お前を取る!」
格好良く、ロマンチックな言葉を吐いた国王ですが、為政者としては失格な言葉でした。
「ロディ、王女を部屋へ」
「畏まりました」
側に控えていたロディと呼ばれた、身長が二ルメト程で痩せ型の人物は、王様に恭しく一礼をすると、王女に向かってゆっくりと歩き出しました。
「さあ、エリザ王女。お部屋にお戻りを」
「きゃっ! ちょ、ロディ! 何をするのです?! 私に触れるなど無礼が過ぎます!」
「安心して下さい。王様より御許可戴いております故。……後でお仕置きですね」
「ひっ!」
ロディはエリザ王女を、その体格に似合わぬ怪力で以って軽々と持ち上げ、謁見の間から強制退場させてゆきました。お仕置きという言葉を聞いて、エリザ王女の顔が青ざめます。一体どんなお仕置きなのでしょうか?
一行はそれを呆然と見送っていましたが、マスターだけは王女の霰も無いお仕置きの姿を想像してしまい、急遽お店の売り上げを考える事で、事無きを得ていました。
「見苦しい所を見せたな。伯の事は、誠に残念だとしか言いようがない。魔王崇拝者に関しては此方も行方を追う。伯の恨みを晴らしてやらねばならんしな。その他の事は、心苦しいがそなた達に任せる。おい、アレを」
王様が侍女に向かって手を挙げると、侍女は一礼をしてカリン達の前に革袋が乗ったお盆を差し出しました。ヂャラリとした音から察するに、中身はお金のようです。
「人的協力は出来んが、代わりにこれをそなた達に渡そう。かの地には魔物もウロついていると聞く、装備を整え万全を期して向かって欲しい。では、よろしく頼む」
そう言って王様は頭を垂れます。王様は頼むだけで動かない。
王城を後にした、カリン、ミュウ、シルビア、お店のマスター一行は、王様から戴いた革袋の中に金貨十枚。つまり十万ドラルが入っていたので、それで装備を整え、一晩泊まってから出発しようという運びとなりました。
「
ミュウが持ってきた服を取っ替え引っ替えあてがわれ、鏡の前で着せ替え人形状態となっているカリンは、深い、それは深いため息をつきました。
「ミュウ……」
「はい、何でしょう?」
「どうちて水着なんでちか?」
ミュウが持ってきた服は全て水着でした。それも、小さい子供が着るような水着ばかりです。
「こっちの方が体温調節し易いじゃないですか」
ドラゴンは爬虫類なので、自動で体温調節が出来ません。しかし、カリンは自動体温調節機能を備えたハイブリッド人種ですので、ミュウの様に過度の露出は必要無いのです。
「これから森に入るのに水着はないでちよ?」
そんなモノを着て森に入れば、熊さんに出会うどころか、木の枝や草葉で擦りギズだらけ、血だらけになる事受け合いです。
「えっ?!」
ミュウは驚きの声をあげましたが、その目は物語っていました。彼女は確信犯です。カリンはため息をつきました。
「いいでちよ、私が選ぶでち」
「ねぇねぇ、これなんかどうかな?」
隣の個室のカーテンがジャッと開けられ、中から出てきたシルビアがカリンの前でクルリと一回転して見せました。その姿を見て、カリンは更に深いため息をつきました。白のワンピースに麦藁帽子。モロ砂浜ルックでした。
結局カリンは、一般の冒険者が着る服をチョイスしました。カリンは革のジャケットの中に黒のシャツを着込み、短パンに白いタイツを履き、革のロングブーツという盗賊ルックに身を包みます。
シルビアはというと、白いノースリーブのシャツにシースルーの上着を纏い、赤いチェックのミニスカートに黒のニーソックスを履いて革のブーツをチョイス。おおよそ旅に出るような格好ではありませんでした。
「……シルビア」
「ん? なに?」
「アンタ、旅を舐めてるでちか?」
「え、だってこれ可愛くない?」
ガッツリ旅を舐めてました。本人がこれで良いと言うので、カリンは敢えて何も言わない事に決めました。
次は武器屋に向かいます。服屋で暇そうにしていたお店のマスターも、今度ばかりは少年の様に目を輝かせて、飾られている剣を手に取りその具合を確かめます。
「マスターは武器は扱えるのでちか?」
「おうよ。こう見えても若い頃には腕利きの冒険者になる事を夢見てたからな」
それはつまり、武器を扱った事が無いと意味していました。カリンは又してもため息を吐くのでした。
「すまんな。フェリング用の武器は扱ってないんだ」
武器屋のご主人は、申し訳なさそうに言います。フェリングの冒険者は、そこそこ居ますがそれ程多くはありませんし、エルク、ドルワフといった種族との交流がある為に、その辺の武器屋よりも余程良い装備を持っています。武器屋で武器を買うフェリングも珍しいのです。
「いいでち。これで十分でちよ」
カリンが選んだのは、刃の部分が幅広いダガーでした。普通の人間ならダガーなんですが、カリンが持つとシャムシールとまではいかないものの、それなりの大きさに見えてしまいます。ついでに投げナイフも幾つか買いました。
お店のマスターは、突くと叩っ斬るが出来るハルバード、それとトマホークをチョイス。そしてシルビアはというと……
「何で
「あれ? 言ってなかったっけ? 私、魔法使えるんだよ? ま、姫様程じゃないんだけどさ」
そう言ってシルビアは恥ずかしそうに頬を掻きました。シルビアの意外な才能に、カリンは驚きを隠す事が出来ませんでした。
「ファイヤぁ!」
シルビアが杖を頭の上にあげ、片足を持ち上げて可愛い仕草で呪文を放ちます。目標と定めた空き地の中央に置かれた小さい木箱が、
「じゃあ、次ね。ウィンドぉ! ……あれ?」
何も起こりませんでした。
「ウィンド! ウィンドッ! キャッ!」
お約束とばかりにスカートがペラリと捲れました。更にお約束でパンツは白と青のストライプの標準装備でした。
どうやらシルビアは、風よりも火の特性が強い魔法使いの様です。
「シルビアは火の特性の様でちね。他の魔法は使えないでちよ」
この世界の黒魔法は、無属性を除けば地水火風光闇の六元素から成り立っています。大抵の人はそのどれか一つしか使う事が出来ません。しかし、種族によっては複数の特性を持つ者もいます。
カリンは草原の民ですので、土と風の特性を持っています。森の種族エルクは風と水の特性を持ち、山の種族ドルワフは土と火の特性を持っているのです。ミュウはエンシェントドラゴンですので、これには当て嵌りません。
エリザ王女の場合は、人でありながら全ての属性を持っています。それは、
「え? そうなの?」
そんな魔法の基礎すらも知らずに、魔法を扱えるなどと言うのは言語道断です。
「……ミュウさん。旅の間にコイツに魔法の基礎を教えてやってくれないだろうか?」
「う、うむ。やってみよう」
初級のファイヤーで
最後に一行は冒険者ギルドにやって来ました。西部劇で良く見掛ける観音開きの扉を、キキキと軋ませながら開くと、中は結構な賑わいを見せています。
どうして冒険者ギルドへ来たのかと言うと、緑龍が棲むロクス・フォレストは危険地域に指定され、誰でも入れない様に関所が設けられています。ここに入るためには、ギルドでの登録と内部に入る為のクエストの受注が必須なのです。カリンはライセンスを所持していますが、残る三人は登録をしなければいけません。
カリンはフェリング用の台に乗り、それでも足らない為に爪先立ちでカウンターに張り付きます。
「どのようなご用件でしょうか?」
ギルド専用制服に身を包み、落ち着いた感じのメガネっ娘が、カリン達一行に一通り視線を巡らせてから言いました。
「登録とクエストの依頼状況を確認したいのでち」
メガネっ娘から見れば、何事もなくカリンの事は見えるのですが、後ろから見れば脚をプルプルと震えさせているのが見て取れ、女性冒険者や幼女趣味な輩の視線を集めています。
「はい、では
カリンは腰のポシェットから金属製のプレートを取り出して、ペシリとカウンターに置きます。ギルドへの登録は、ある程度の実績があり、身分がしっかりしている者が付き添わないと、登録が出来ない仕組みになっています。
「はい、確認しました。カーテローゼ様」
「カーテローゼだって?!」
「え、あの!?」
「あんな小さい子供が……」
受付嬢の言葉に、周りがざわつき始めました。どうやらカリンの名前は、コッチの世界ではそれなりに知れ渡っているようです。ただ、最後の子供扱いには、カリンも少しムカついたようでした。
「では、こちらの部屋にどうぞ」
受付嬢に案内された部屋は、物置の様な狭い部屋でした。部屋の中央には、人型をした得体の知れない
「では、お一人ずつこの中に入って下さい」
ガチャリ。ギギギギ……
雰囲気のある音を立て、その扉が開かれました。ギョクリと誰かの生唾を飲む音が、静かな部屋で聞こえます。ちなみに、針は付いていない安心設計です。
「ホラシルビア。入るでちよ」
「へっ!?」
素っ頓狂な声を上げて、シルビアはカリンに何かを訴えかける様な顔をします。
「え、あ。ほ、ホラ。私ってアレじゃない?」
何がアレなのかは知りませんが、カリンは構わず
「ちょっとぉー何すんのカリン!」
「ただの
子供っぽい外見の割に、怪力なカリンによってジワリジワリと
「シルビアちゃん。頑張れ」
「えっ! ちょっとぉぉ」
バタム。お店のマスターに裏切られました。
「はい。では、動かないでくださいねー。動くと……」
受付嬢はそこで言葉を終わらせました。
『はっ?! ちょ、ね、ねぇ。ハァァァァン!』
「はい。終わりです」
受付嬢が赤のボタンを押すと、光っていたアイアン・メイデンの目は元通りになり、扉が開いてブシュゥゥゥ。と、いう音を立てながら、中から吹き出す白い
次にお店のマスターが入ります。が、別に何かあった訳でもなく、フツーに出てきました。どこかしら残念そうな表情をしていたのは気の所為でしょう。そして次はミュウの番です。
「ミュウ。能力を抑える事が出来まちか? バレるとマズイでちから、わたち達に合わせるでちよ」
「分かりました。
後ろを向いてコソコソと話をして、ミュウはアイアン・メイデンに入ります。ミュウは絶滅した(世間的にはそう思われています)エンシェントドラゴンです。その能力値は計り知れないもので、最悪この
『んっ。んあっ! んんんんっ!』
流石はアダルティーなミュウ、迫力があります。ちなみにミュウの喘ぎは、スキャンによるものではなく、能力を抑える為のものです。終わった後受付嬢が、どうしてそんな声が出るのだろう? と、不思議な表情をしながら測定器の中を覗いていましたが、きっと気の所為でしょう。
こうして三人共無事にスキャンを終え、
「水を」
「ヤな客でちか、アンタは」
カリンに即座にツッコミを入れられていました。エンシェントドラゴンであるミュウは、陽の光を糧とする事が出来るので、それ程食事を必要としません。彼女の肌は超効率の良いソーラーパネルだったりするのです。流石に一人だけ何も食べないというのも変なので、ミュウはカリンと同じ草……もとい、サラダ。それと、お酒のハイエールを頼みました。
「どほへくはいれへきるの?」
「何言ってるか分かんないでちよ」
口に目一杯頬張り、まるでリスのように頬を膨らませながらでは当然聞き取る事など出来ません。シルビアは、ギョグリ。と、飲み物と一緒に飲み込んで、再度問いました。
「どれ位で出来るの?」
「ギルドにもよりまちけど、三人なら大体二時間でちよ」
食事を終えて一段落した頃には出来ているはずだとカリンは言いました。
「さっき依頼リストを見てきまちたが、ロクス・マッシュルームの捕獲という事で入ろうと思うでち」
ロクス・マッシュルームは、ロクス・フォレストの大体中域辺りに生えている真っ白なキノコです。大きさはカリンの手ほどもあり、味は濃厚で非常に美味なる食材です。煮て良し焼いて良し炒めて良しの高級食材なのです。
「一つにつき銀貨二十枚(約二千ドラル)でちから、沢山取ってくればそこそこ儲かるでち」
儲かるという言葉を聞いて、お店のマスターとシルビアの目がドラルマークに変わります。ですが、あくまでそれは建前だという事は、二人の脳からはスッポリと抜け落ちているのでした。
食事を終えた一行は、いそいそと冒険者ギルドのカウンターに向かいます。そこには、先程の受付嬢が笑みを浮かべて待っていました。
「あれ?」
受付嬢からIDを受け取ったシルビアが、プレートを眺めて不思議そうな声を上げました。
「カリンのカードと違う」
三人が貰ったのは褐色のプレート。ですが、カリンは白いプレートを所持してるのにシルビアは気が付いたようです。
「あ、はい。それについて説明させて頂きますね」
受付嬢は眼鏡のつるをクィッと上げて位置直しを行い、プレートの説明に入ります。
冒険者カードには、銅、銀、金、月長、白金、金緑。と、いった六段階の等級があり、夫々の素材を用いたプレートになっています。等級が上がればそれに応じた待遇を受けることが出来、危険度が高いエリアに足を踏み入れる事が出来るのです。
「カーテローゼ様は、長年素材の確保や魔物の討伐などを行って下さっている為、月長の評価を受けています。皆さんはまだ駆け出しですので銅評価です。頑張ってランクアップを目指して下さい」
「へぇぇぇ、カリンって凄い人だったんだぁ」
シルビアは尊敬の眼差しでカリンを見つめます。
「そんな事ないでちよ。上から三番目でち」
その三番目になる為には、並々ならぬ努力が必要なのです。お店のマスターは、カリンの名前を聞いて他の冒険者達がざわついた理由はこれだったのかと納得していました。
「それじゃ、この
カリンは先程言っていた、ロクス・マッシュルームの採取の紙をIDと共に受付嬢に渡しました。受付嬢は席に座ると、何やら打ち込みの作業を始めます。
「はい。これで登録は完了しました。出発は何時になさいますか?」
「明日の朝にするでち」
「分かりました。くれぐれもお気を付けて行って下さい」
受付嬢はそう言ってカリンにプレートを返します。カリンはそれに応えると、一行は宿に向かうべく冒険者ギルドを後にしたのでした――
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